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少女大陸周遊記  作者: Tanaka葵
第2章
19/23

18話 囚われ

「ッ、ううん?」


シアは何か冷たいものが頬に触れているのに気がついて目を覚ました。

ゆっくりと瞼を開けると、体の下につるりとした石の感触がある。

どうやら自分は床に転がって眠っていたらしい。


(どこだ、ここ……)


シアは一瞬自分がどこにいるのかわからなくなっていた。次に


(そうだ!私、迷宮をイナンとトーラさんと探索してたんだ。それで、広間を抜けて、部屋に入ったら…ッ?!)


慌ててシアが上体を起こすと、そこは薄暗く小さな部屋の一室であることがわかった。本来灯りを置いておく場所には溶けて小さくなった蝋燭があるだけだ。当然窓もなく、固い石で囲まれた密室である。


部屋の奥の方には乱雑に木箱や布類が積んである。おそらく盗品と思われるものも見られた。旅行鞄はもちろん、大量の箱や大きな楽器ケース、新聞の束や小包などの郵便物まで様々だ。


(多分物置だ。でもなんで)


部屋の反対側には廊下があって、魔石灯の柔らかなオレンジ色の光がシアの影を作っている。しかしこの部屋から出ることは叶わない。

なぜなら廊下に面した部屋の一角は、固い鉄の格子が嵌っていて、硬く閉ざされているからだ。シアが閉じ込められている部屋は牢屋だった。


「な、なにこれ、なにこれ!」


シアは泣きそうになりながら鉄格子に手を触れる。その瞬間、バチっという火花が散る音がして手に鋭い痛みが走った。


「痛ッ!!!」


慌ててシアは手を引っ込めた。

鉄格子には魔術がかかっていた。中の人間が絶対に外に出られないように、触れたところから激痛が走るようになっている。シアは自身の掌を見た。痛々しく赤い跡が残っている。


よくよく見ると、部屋の中で鉄格子だけが新しい。周りの古びた石壁と異なり、後付けで取り付けたもののようだった。おそらくは、もともとはこの部屋は牢屋ではなく、先ほどシアたちが入るのを止めた、水がある部屋に似たものなのだろう。城塞ならともかく、迷宮にわざわざ人を捉えておく牢屋があるとは考えにくい。普段は物置兼牢屋として使用しているのだろう。


(石壁は確かに、人を閉じ込めておくのにちょうどいい。でもただの鉄格子だけじゃなく、魔術で錠をするなんて…大掛かりすぎる)


ここでシアは悟った。

「出られない……」


シアは絶望してその場にしゃがみ込んだ。

気絶している間に、オブニも誰かに没収されてしまったようだ。上の層に居るという探索者たちも、ここまで助けに来るかは怪しい。そもそも人がここで違法行為を行っているということ自体が想像の埒外である。しかし、シアを狙う理由も分からない。


「オブニ、イナン、トーラさん…」


シアはここにはいない仲間のことを思った。彼女たちも檻に閉じ込められているのだろうか。そもそも無事でいてくれているのだろうか。

付き合いは短い期間ではあるものの、シアは既に彼女たちに親しみを感じていた。


(とりあえず、部屋の中を探してみよう。出られないとは言っても、物置に閉じ込めてるってことは、相手は絶対私をナメてる)

(でも、たとえ牢から出られたところで私だけじゃ相手をどうすることもできない。また捕まるか最悪殺される)

(どうする、どうする、どうする?)


オブニを回収して、イナンとトーラと合流して逃げ出した方がここを出られる可能性は高そうだ。しかし仮にシアを捕まえた人間を倒しても、迷宮から出る必要がある。

シアは座り込んだままぐるぐると考えを巡らせた。


(まずは、観察だ。なにか使えるものがあればいいけど)

シアはそう判断し、部屋の奥の荷物を物色し始めた。


「これは……」

大きな箱の中身は大量の魔石だった。不揃いながらもクズ魔石ではないしっかりとした魔石だ。

他にも、衣服などの布類、生活用品などが見つかる。しかし、脱出に使えそうなものはない。


遠くからかすかに人の話し声が聞こえる。時折、甲高い笑い声も響いており、ここにいる人間は少なくとも集団であることが分かった。シアは音を立てないように細心の注意を払いながら、周りを伺った。


するとしばらくして

「おい!娘はどこだ!」

通路の奥から若い男の声が聞こえた。シアは身を竦ませて、木箱から離れた。

そのまま耳をそばだてて会話を聞き取る。

「へい、3つ目の通路の物置に閉じ込めてます」

別の男が受け答えする声がうっすらと聞こえた。


(多分私の話だ。荷物を漁ってたこと、バレないようにしなきゃ…)

シアは開けていた荷をさっと片付け、牢屋の近くに座ると顔を伏せた。


やがてコツコツと足音がし、声がかかった。


「おやおや目が覚めたようですね」


シアはのろのろと顔を上げた。


目の前の魔石灯の光を遮るように男が立つ。男は薄汚れて皺のあるローブを着てにやにやと下卑た薄笑いを浮かべていた。脂っぽい髪に痩せた頬、目だけが猛禽類のように光って見える。


「あなたが私をここに閉じ込めたの?出してよ!!」

シアはわざと部屋から男の意識をそらすため、牢屋越しに食ってかかった。


男はその様子を面白そうに見ると

「おやおや、なにも出来ないくせして威勢のいいことだ」

と笑い飛ばした。

そして、

「別にあの時殺してしまったってよかったんですよぉ?でもあなたは生かすことにしたんです」

と凄んで見せた。


「ッどういうこと?!私を捕まえてなんになるっていうの?それにイナンとトーラさんはッ!!私の仲間はどこ??」

「そちらもまだ生かしておいていますよ、今のところ彼らも私の商売道具ですから」

「商売道具ってなに」

「もちろん売るんです。人手ってのは世界中で慢性的に不足してますからね」

「それって、人身売買ってことだよね」

シアは男を睨みつけた。人を商売道具扱いするなどロクでもない人間だ。間違いない。この男は犯罪者だ。


「人聞きの悪い!職業斡旋ですよ、まったく」


男は余裕の表情でシアを見下ろしていたが、唐突にいらいらと爪を噛んで

「それにしてもあの魔族(ジン)、いちいち癪に障るやつだ…あとで痛めつけてやる必要があるか…」

と呟いた。

おそらくトーラが反抗したのだろう。シアは察した。シアは一瞬自分の今の状況も忘れて激昂した。


「2人に酷いことしないで!!」


2人は別々の牢にいるのか、同じところにいるのかはわからない。

しかし捕らえられた上、あまつさえ痛めつけられているなど許せるはずがなかった。

シアは目を爛々と光らせて要求した。


男はシアの方に冷たい目線を向けると、

「それはあなたの態度次第ですよ、あなたが従順にしていれば彼らの運命もいささか伸びるかもしれませんし」

と吐き捨てた。

シアは

「なんで私なの……」と怒りを堪えながら尋ねたが、

「それはあなたは知らなくていいことですよ」


男はにべもなくはねつけた。


「ああ、なんて気分がいいんだろう。魔術師なんてクソどもが這いつくばるところを見るのが、私は一番好きでしてねえ。昔から特権階級ヅラをする奴らをぶちのめしたいと思っていたんです。特にプライドが高くて能力もあるやつがみっともなく泣きわめくところなんてもう最高ですよ。このために私は仕事してますからねぇ」

「私たちは絶対あなたの思い通りになんかならないから」


シアは吐き捨てるように言った。


「あっははははははははは!!!!いいですね、最初はみなさんそう言うんですよ」


高らかに哄笑すると、男は牢の外から手を伸ばしシアの襟首を掴んだ。

今までの慇懃な対応してから一変して


「あまり私を怒らせない方がいい。私は確かにお前を生かすことにした。が、逆に言えばお前は生きてさえいればどうなってもいいんだぞ。例えば、」


そういうと、男はシアの頬を強く殴った。

シアはバランスを失ってふらつき尻餅をついた。


「このように手が滑ることもある」

「〜〜〜ッ!!」

「しばらくそこで大人しくしていろ」


男はそう言い捨てると倒れ込んだシアを上から見下ろした後、通路から去っていった。

黒々とした影が伸びて、やがて消えていく。シアは強く唇を噛んだ。



◇◇◇




牢屋では完全に影が消え去り、静けさが戻った。


「…ふッ、う~~~!!!」


ぽたり、ぽたりと石の床の上に水滴が落ちる。

シアも心細い旅の中、ずっと我慢してきたのだ。行方がわからない兄のお使いをなんとかこなすため、一度も旅などして来なかった少女が外に出て右も左もわからないうちに死闘を経験し、意味もわからず捕らえられている。今の状況は完全にシアの許容できる精神的容量を超えていた。


「ぐッ、うあ……ひっく……」


また男が戻ってこないようにシアは漏れる嗚咽を我慢しながら涙を流した。声を上げて泣くなど、男の思い通りになっているようで癪だったこともある。悲しみ、怒り、くやしさ、全てがないまぜになった表情で、シアは腫れを持ってきた頬に流れる涙を乱暴にゴシゴシと拭った。


「最悪、ッなんで、こんなことにならなきゃいけないの…」


その時、突然近くからガサガサと物音が聞こえてシアは完全に固まった。

明らかに衣擦れの音だ。先ほどのやり取りを聞かれていた可能性が高い。


「?!誰?!」

シアは周りを即座に見回した。


「あ~~~その、あんま顔擦らん方がええんちゃう?後で目ぇ腫れてまうで」


気まずそうな声は、向いの牢からだった。


明るい廊下と比べて明りのない牢の中は暗くて見えにくいため、今の今まで気がついていなかったが、廊下を挟んで向かい側の牢屋にも誰かが閉じ込められていた。

涙でぼやける視界の中、シアは向い側に目を凝らした。


「怖がらんでええ、俺も囚人仲間や」


赤銅色の髪に緑の瞳、褐色の肌の魔族(ジン)の男が、牢の奥から鉄格子すれすれまで近づいてきて座った。トーラとは異なり、双角が側頭部ではなく額から生えている。男はそのまま胡坐をかいてシアの様子を伺った。


その男はいたって普通の恰好をしていた。まるで家の近くに散歩に出かけてそのまま捕まったかのようだ。唯一異様なことに、首に服装に合わない金属製のチョーカーを付けていた。


「ッく、なんですか、泣いたらダメってことですか」

泣き顔を知らない人間に見られたシアはやけになって答えた。


「いや、アカンとは言わんけど」

独特の訛りの喋り声が低く響く。


「あんまアイツに逆らわんほうがええで、魔術師やからな、何されるかわからん」

「あなたも、魔術師じゃ、ないんですか」

シアは涙を拭いつつ尋ねた。魔族は魔法族だ。生まれつき魔術が使えるものが多い。現にトーラはその例だ。魔術師にならずとも、魔術が使えてもおかしくなかった。


しかし、

「俺かって万能ってわけじゃない。現に俺はここから出れへんし」

男は心底嫌そうに手を振った。腕には枷のようなものがついている。


「コイツのせいで魔力が封じられてんねん。檻にも魔術で錠がかけられとる。」

「魔封じ…」


シアは呟いた。魔封じは巨獣の封じや魔術犯罪を防ぐために使われる道具で、自分ではとることができない。これを付けられている間は、魔力が使えなくなるのだ。


「そうや。よお知っとんな?俺はあいつらに騙されてまんまとこん中におるわけや」

「そうですか」

「嬢ちゃんは?なんの枷もつけられてへんやん。舐められてんちゃうか」


おどけるように男は尋ねた。シアは全く笑いたい気持ちではなかったので

「舐められているとは思います。実際出られないし」

とそっけなく答えた。男は

「そーか」

と気のない返事をした。もともと大した返事は求めていないようだ。


思わずシアは皮肉げに

「あなたは元気そうですね」

と言った。

「ん?まあ、俺は嬢ちゃんみたいに殴られたりもしてないしな」


見たところ男は捕まっているにも拘わらず悲壮感はない。むしろ余裕そうだった。シアは男の今の処遇から見てもこの男はただ者ではないのだろうと当たりをつけた。自分が何の封じもされずに閉じ込められているのと比べても何かある、と。

その彼が言うのだから相当堅固な檻なのだろうとも。


「お兄さんは出られないんですか」

「ん~~出れへんなあ」


方や非力な娘一人、方や何もできない男一人。お互いにここから出る方法を持ち合わせていないことは明白だった。

特に何もする様子のない男を尻目にシアはまた物色を始めた。


(さっきの人のせいで上の段はまだ見てなかったな…一応確認しよう)


上の方の箱も背伸びして覗いたが、そこに入っているのも魔石の山だった。確かに魔石は生活必需品だが、一般人が簡単に手に入れられるものではない。この迷宮で産出したものだろうか。どんな入手経路にせよマトモではないのは確かである。箱は端に寄せて積まれており、崩れて下敷きになればひとたまりもないような重さだった。


(他の部屋にもこれがあるとしたら、1日や2日で運び込める量じゃない)

(ここの人たちは何をしようとしているんだろう?)


シアは考え込んだ。

「気になるか?」

シアの方を見ていた男が尋ねた。

シアは少し迷ってから無言で頷いた。


「これはな、盗掘品や。迷宮で掘った魔石は本来勝手にパクったりしたらあかん。組合に届け出る必要がある。でもこの町やと、大陸横断鉄道の職員やらにグルが混じっとって、密輸に使われとんねん。特に砂漠地帯は列車も整備のために止まりがちやしな」

「でも迷宮が見つかったのは最近だって、」

シアは反論した。

「それはバシュ内の入り口が、やろ。表では知られてへんけど、都市外にここの迷宮につながる入り口があって、何年か前から組織的に探索されとう。やからやつらも今回焦ったはずや、まさか墓所主が探索者を呼ぶとはな」


男は檻の中から説明した。

列車を動かしているスチルベル鉄道会社は世界中に駅と支局を持つ超巨大企業だ。確かに隅々まで目を光らせるのは容易ではないだろう。しかしそれだけに管理も厳しいとシアは聞いていた。


「でも、鉄道はあのスチルベル氏が運営しているはずじゃ」


うんうんと頷いて男は言った。

「確かにあのオッサンは苛烈らしいな。ただ上はともかく末端は腐りやすい。特にこんな大きい組織で辺鄙な場所やとなおさらな」

「そんな…人身売買に加えて魔石の密輸まで?」


シアは相当組織的な犯罪に巻き込まれたのだと理解した。男の話では密輸は常習化しているとわかるし、それはおそらく人身売買の方もそうなのだろう。


「そんなわけでその箱には役立つもんはない」

「なんで…そんなに詳しいんですか?」

「そら俺が密売人どもの護衛やったから」

唐突な告白にシアは驚いた。

「え」


思わずシアが後退りすると、男はブンブンと首と手を振った。


「あぁ〜〜ちゃうちゃうちゃう。いや護衛は間違うてないんやけど、さっきも言うたやん騙されたって」


不審そうに遠くから見るシアに男は身振り手振りし

ながら説明した。


「まあ俺はわけあってまともな職にはつけへん。かと言って犯罪組織でごちゃごちゃ命令されてこき使われるのも嫌いや。せやからな、護衛で食ってんねん。そんで今回も仕事しよ〜って思ったら犯罪の片棒担がされそうなって慌てたわけよ。そんで辞めようと思てたら多分薬かなんかで眠らされてこうなった」


身振り手振りも加えて男は説明した。シアは疑惑の目で男を見ていたが、

「じゃあ、強いってこと?実はここから脱出出来たりしますか?」


と期待に目を輝かせた。しかし男はあっさり首を振って、

「今は無理、多分輸送の時にここ出るから、俺はそれまで様子見やな」


とのんびり答えた。

おそらく、男は逃げられる算段があるのだろう。しかし、シアを助けてくれそうにはなかった。

 

(いや、人に頼ろうとしてる時点で私は弱いんだ…)


やはり、魔術がかかっている鉄格子の扉から突破する方がまだ現実的かもしれない。突貫で立てているなら工事も甘い可能性がある。

そう思ってシアはフラフラと立ち上がった。


「私、ここから出ないと。やることがあるんです…」


そしてシアがもう一度鉄格子の前に立って手をかけようとした時、男はまた声をかけた。


「諦め、どういう事情があるかは知らん。けど今のままやと嬢ちゃんは明日一緒に売っぱらわれるか、死ぬかや。せめて大人しくしとき」


男はいたって真剣にシアを諭そうとしているように思えた。自分は悠々と助かるくせに、何もできない娘が無駄な足掻きをしているところは止めるのだ。

そのくせ他人に親身になろうとする気持ちは存在しているらしい。その真剣さ真摯さが今はシアの癇に障った。


(冗談じゃない)


とシアは心の底から思った。なぜこんなところで命の危機に晒されないといけないのか。

沸々とまた怒りが湧きシアは男に言った。


「冷やかしなら黙って」

「え…」

男は驚いて目を見開いた。まさか言い返されると思っていなかったのだ。


「あなたは丈夫だから死なないし、迷宮を出る手段があるのかもしれないけど、私はそうじゃない。捕まってる仲間もいるし、死んでもここから出る。外に連れてかれるまで待ってたら、仲間が殺されちゃうかもしれない!」


矛盾していることを口にしている自覚はあった。それでもシアはここから出たいと願った。こんなことを頼んできたフレイの顔を拝み、一発殴らなければ腹の虫が収まらない。そのためには魔術で腕を焼き尽くされてもいいと思うくらいには。


男は呆然とした様子でシアの顔を眺めていたが、何かが琴線に触れたかのように声をあげて笑い始めた。


「あははははは!!!」

シアは腕を組んで

「何が面白いんですか。」

と聞いた。 


男は笑いながらスマンスマンと謝り

「そらそうやな、嬢ちゃん怒るに決まってるわ。俺、偉そうに言いすぎた」

と言った。

「別に…」


シアは憮然として返した。なんとなく馬鹿にされたようで恥ずかしかった。

しかし、男は先ほどよりもやる気を取り戻したように見えて、すっきりした顔をしている。

試しに檻の錠を触っては痛みに顔を顰めてもいた。


「しっかしまぁ、この魔術さえなんとかなれば後は俺が何とでもしたるんやけどなぁ」

「なんとかできるんですか?」

シアは驚いた。


「当たり前やろ、外におるやつなんかカスやカス。ここ出れたらあっちゅう間にのしたるわ」

男はぼやいた。

「でも捕まってる」

シアは皮肉を言った。

「それは、まぁそうやけど!とにかく俺はそこそこ強いんやで」


ぶつぶつとつぶやく男を見てシアは考え込んだ。実際のところ魔術をなんとかする方法”だけ”ならある。簡単な話だ。おあつらえ向きの魔法をシアはたまたま持っている。


(魔法を使えばこの人に魔法が握られる。レッドさんにもダメって言われた。それに助けてもらう前にそもそも逃げられるかも。でも使わなきゃ私はずっとこの中だ。アイツは今は生かすって言ってたけど気が変わってもおかしくない。どちらがマシ?よく考えて)


シアはたっぷり数分ほど悩んだ後に通路の方に近づいた。男は顔を上げた。


「なんや、どした?なんか見つけたんか」

男の言葉を無視してシアは檻の前にしゃがみ込んだ。そして

「ここから…魔術をなんとかすればいいんですか?」

と訊ねた。

「は?」


シアの問いに一瞬思考が固まった男はシアの真剣な顔に気押されて頷いた。


「お、おう。できるんならな」

「出られたら、ついでに私もここから出してくれる?」

「それくらいの恩は返すけど…でも俺が逃げたらどうすんの」


男の返事にシアは不敵に笑う。さっき魔石を見たとき最悪の方法を思いついていた。

「その時は、この魔石全部私の魔力で爆発させる」

男は目の色を変えた。

「はあ?!」

魔石は強い魔力を外部から流し続けると爆発するという特性がある。どれだけ強いと言っても部屋中の魔力の爆発を止められるほど、男に余裕はない。シアはそれを逆手に取ったというわけだ。


「どうしますか?!助けてくれるの?くれないの?」

シアは畳み掛けるように男を問い詰めた。男は完全に混乱していたが、

「わかった、助ける。雷帝に誓う」

と宣誓した。


シアはそれを見届けると頷くと深く息を吸って、目をゆっくりと閉じた。


(ここからは賭けだ。絶対成功させてみせる!!)


魔力光がシアの体から霧散していく。

まるで部屋の中で時間の流れが遅くなったようだった。静寂の中で魔力は銀で出来た厚ぼったい雪が降るようにして広がっていった。


雪のような魔力の粒は、次第に蒼色を帯び、落下する速度をさらに遅めた。 

男はまるで月光が部屋中に満ちたような錯覚を覚えた。


「…魔法か」


唯一の切り札をシアは切った。


「【ノス・ノート】」


次回:「18話 反撃」掲載予定

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