15話 迷宮探索①
次の日2人が領主館の前で立って待っていると、大きな門の向こうから眠そうにトーラが出てきた。さすが領主の住む家とあって、見送りには使用人を引き連れた家人自らが出てきた。
「アイズナー殿、その方々が?」
「そうだよ。長居するつもりはないし、いいんでしょ?」
「もちろん、もちろん…」
そう言いつつ、妖精族の若者はトーラの肩越しに少女2人とロボを見やって苦々しそうな顔をした。あまり『もちろん』な表情には見えない。そもそも内々に秘めておくべき情報を謎の部外者に漏らしているので当然である。
(ほんとに領主館から出てきた…やっぱりトーラさんって結構偉いのかな)
呑気な感想を抱いているシアとは裏腹にイナンはビクビクしっぱなしである。生きてる間に会うかどうかの地元の名士が目の前に居て、自分を品定めしているからだ。
できるだけ目が合わないように視線を逸らし、直立不動でトーラとの話が終わるのを待っている。
(早くしてくれよ〜!!)
偽らざるイナンの気持ちであった。
その後つつがなく準備は終わり、案内役に連れられて目的地の墓所前に4人はやってきた。
その墓所は円状の泉の中に散開して広がる石積みの塔の中でも北東に位置する一角にあった。そう大きな塔ではない。
しかし、つい1ヶ月ほど前のある日、墓所の管理を行う墓守の1人が偶然墓所の壁が崩れているのに気がついた。そして、その奥を魔石灯で照らすと、地下に更なる巨大な空間が発見されたのである。
慌てて、一番近くの都市の探索者組合に連絡し、それが迷宮かどうか確かめたのだった。
墓所の前にはすでに何組かの集団が集まってきていた。泉の中なので、皆くるぶしほどまで水につかって立っている。シアたち含め探索者は水が染み込まないようなブーツを履いているので問題はない。
キョロキョロ周りを見るシアには皆が歴戦の猛者に見えた。皮鎧を着こみ、ナイフを手入れする小人族、ピッケルを背負った妖精族、自分の持つ付箋のついたノートをひたすら読む旅人族など、墓守主に招聘されて探索を許可された選ばれし人材であることは確かだった。
(あたし、変な格好してないよな?墓守様に睨まれねぇようにしないと…)
一方のイナンはせわしなく自分のローブや杖の様子を確認していた。貸し出されたものということもあって、イナンにはサイズが少し大きいのだ。イナンはこっそり隣に立つシアを見た。シアは鎧に魔力を通してみて、ちゃんと昨日のように軽くなることを確認していた。側のオブニも飛び回って留め具やベルトが外れていないか確認している。
シアは不安そうなイナンと目が合うと、にっこり笑って、
「心配しないで、似合ってるよ」
と安心させるように言った。
イナンは、何かあったらコイツだけは助けようと心に決めた。
そうこうしているうちに朝8時の鐘が鳴り響き、墓の入り口の前に立っていた妖精族の男が前に出た。今代の墓守主である。
「みなさん、お集まりいただきどうもありがとう。知っての通り、この我々が第7墓所と呼んでいる遺跡の中から迷宮が見つかった。その後先遣隊を派遣し、低層階の巨獣の不存在、罠類の解除を行ったが、他の階層があることも判明している。皆さんには探索、およびこの迷宮の危険度の判断をお願いしたい」
男性は言葉を切ると続けた。
「中で見つけたものは、石板、書物など記録に類するものは提出してもらうが、もしそれ以外の宝物が見つかれば報酬として摂取してもらって構わない。ただここは墓所。死者の眠りを妨げるようなことは避けてほしい。今後の我が街の繁栄のためにも、よろしく頼む」
そういうと、男は頭を下げ横に引いた。
隣に立っていた別の男が
「一階までの地図をお配りします。参考になさってください」
そういうと、2人は墓所の入り口を解錠した。万が一にも泥棒などが侵入しないように鉄扉を取り付けて施錠をしてあったのだ。
新しい扉が、ギギギと鈍い音を立てて開く。
「ではみなさんご武運を」
1人、また1人と暗闇へ歩いていく。
トーラはそれをじっと見つめていたが、探索者の最後の1人が入り口を潜ったあと、ようやく
「じゃあ僕らもいくよ、あんまり離れないようにしてね」
と言葉少なに少女たちに言うと歩き始めた。
2人は杖を握りしめるとゆっくりと後を追った。
◇◇◇
そもそもなぜイナンが今アルバイト三昧の日々を過ごし、こうして厄介な魔族に目をつけられているのかと言えば、単に夏休みで暇だからである。
バシュにも学校はもちろんあって、イナンは次が最終学年なのでそろそろ身の振り方を考えなければならない年だ。とはいえ、イナンの家は成人から乳飲児まで兄弟姉妹を10人抱える大家族だ。
しかも家は特別裕福でもなかったので、イナンはそのまま進学ではなく就職を選ぶつもりだった。
ある意味レールの引かれた人生である。昔はそれを不満に思わないでもなかったが、夢を見る年頃でもなかった。
しかしそこに不機嫌顔のトーラが横から無理やり新たなレールを敷こうとしてきたのである。
今現在、一行は石造りの階段を降りて、一層にあたる広間へと進んでいた。中は外からは想像できないほど広い空間が広がっていて、あたりの壁は苔むしている。
先遣隊がところどころに魔石灯を吊るしてはいるものの、自然光の入らない地下は暗い。
広間は洞窟の壁を利用して、石で作った柱や壁が建てられており、それが部屋を作っている。
トーラは自身の杖を使って灯りを灯した。杖についている宝石の部分がぼんやりとした光を発している。追ってシアもオブニにライトをつけるように頼んだ。
シアはすでにオブニを杖型に変形させて準備万端だった。一つのケガもしない、そういう心持ちで今回挑んでいる。実を言うとトーラの依頼報酬は結構おいしかった。昨日問い合わせたところ、列車もそろそろ出ると聞いたので、これを完遂すれば次の街へ出られるのである。よってこのために、昨日オブニと結界の練習をしておいたのだ。
イナンだけが魔杖を持って居心地悪そうにしている。
しばらくイナンがもじもじしていると、トーラが唐突に横を歩くイナンに話しかけた。
「それでイナンくん、どこの魔術学校行くの?」
「え?なんだそれ」
イナンは気まずさも忘れてポカンと口を開けた。
「アマラントゥス?セイズ?ルイド?どこ」
「?!どこの魔術学校も行かねーよ!あたしは就職するんだから」
当然のごとく魔術学校にイナンが入ると思っているトーラは、イナンの返事が気に入らないようだ。
「なんで?僕の杖があるのに?」
「今のは借りてるだけだろ!これが終わったら返すよ」
「これはきみの適性を見るための仮の杖だよ、後でちゃんとした杖作って、それ使ってもらうから」
「やばい、こいつ話が通じねーぞ!」
イナンは初め、トーラが自分を揶揄っているのだと思っていた。成り行きとはいえ魔術師風の格好をしているからだ。しかし、トーラの曇りなき眼としつこい話ぶりに、段々彼が本気でイナンに魔術師になれと言っていることを理解しつつあった。
「そうだ!ていうかシアにも杖貸さないのはなんでだよ」
「シアくんに僕の杖なんかいらないでしょ、オブニくんがいるんだから。それに彼女に魔術師の適性はないよ」
全くもってその通りではあるが、シアは心にグサリとトゲが刺さるのを感じた。
「ま、待てよ!あたしにはあるってのか、その適性ってやつが」
「だからそうだってさっきから言ってる」
2人が言い争っているのを、すれ違う探索者たちが呆れて見ている。雑談している者はいても、騒いでいる者はいない。
「2人とも喧嘩しないで」
少し語気を強めてシアは言った。
2人はぴたりと押し黙った。
前衛としていざとなれば結界を張る必要があるため、強制的に前を歩くことになっているシアは後ろが騒がしいことに若干イラッときていた。
トーラの目的である孔雀石は闇雲に探して見つかるものとは思えなかったし、こんなに暗い場所で気を散らしているのが信じられない思いである。
「悪い…」
イナンは済まなそうに謝ったが、トーラはもう別のことに気を取られている。
「うーん」
「どうかしました?」
振り返らずにシアは尋ねた。
「なんか最近見つかったにしては綺麗すぎない?普通、埃とか溜まってるものだと思うんだけど」
胡散臭そうにトーラは崩れかけた壁を指でなぞった。ざらざらとした壁には年季を感じさせる深みがあった。そして指には蜘蛛の巣1つつかない。
「ここの階だけじゃないか?最初の調査のあとに掃除くらいするだろ」
「そうかな」
「気のせいだって」
イナンはトーラが気にしすぎだと笑い飛ばした。微妙に納得いかない顔のトーラだったが、目の前に大きな石造りのアーチがあるのを発見して、意識が逸れた。アーチには飾り彫りで文字が彫ってある。
前の雑記帳に似ているがまた異なる文字である。
3人はアーチの前で立ち止まり、それを見上げた。薄暗くて何が書いてあるのかは判別できない。
トーラは唸った。
「古い妖精文字だ。僕は読めないけど」
「オブニは読める?」
シアは尋ねた。
「ウーーム」
オブニは一度通常形態に戻ると、ライトで照らして浮遊しながら高い位置のその文字を見たが、残念そうに戻ってきた。
「ところドコロ欠ケていて読めませンネ、妖精文字は1語に多くノ意味が含まれマスから、欠けてシマウと文章が大幅に変わってシマウんです」
「なんとなくは?」
トーラが尋ねた。
「ソウデスネ…この先は何らかの儀式…ソレモ試練に類スルモノが行われる場というヨウナ記述でショウカ。部屋の名前カモシレマセン。その内容はワカリませんが」
「儀式ってことは神殿か?」
獣人族のイナンが言った。獣人族はそれぞれの部族神を信仰している者たちが多い。特に重要視されているのが大地の十神で、世界各地に神殿が存在する。よってこの迷宮に流れる独特の空気感にも覚えがあった。
しかし、その意見に反対する者がいた。
「でも、妖精族に神話とかあったっけ?」
シアである。
妖精族は大陸東部に多く住む魔族とは異なり、大砂海内で目にすることのできる長命種である。彼女の故郷にも妖精族はいたが、魔族や獣人族とは異なる感覚を持ったものが多い印象である。
「確かにあんま聞かねーな」
イナンも首を捻るが
「まあ神殿だけが儀式の場じゃないしね」
石のアーチにも触れながらトーラが言った。
迷宮は時に人々に試練を与える。人工にせよ天然にせよ、どういう成り立ちで迷宮ができたかは未だ謎が多い。学者の中には高濃度の魔力が過去の強い思念に影響されて形成されると主張する者もいる。なぜできるのか?いつできるのか?いまだに世界中の迷宮学者たちを悩ませる難題である。
また杖形態に変化しなおしたオブニが思い出したように尋ねた。
「ソウイエバ気になってマシタが、聖都の孔雀石が偽物だとナゼわかったんです?」
「確かに!見てわかるものなんですか?」
トーラは「ああそれ」と言って両腕を組んだ。
「だってどう見ても魔石だったから」
「魔石ぃ?」
イナンが聞き返す。
トーラは頷いた。
「うん。宝石じゃなかったね。サイズが子どもの顔くらいあったから、あれはあれで価値が高そうだけど、流石に魔力の塊と宝石を見間違ったりしないよ」
宝石にも魔力は多く含まれるが、流石にほぼ魔力そのものの魔石とはレベルが違う。しかし、宝石と魔石では産出量や希少価値が違いすぎて比べものにはならないのだ。他にも、魔石はそれに含有しているだけの魔力しか使えないが、宝石には魔術を増幅する効果もある。目的が違うと言えよう。
ただ、見た目だけなら似ていなくもないのだ。
今回、トーラが見たものはそれだった。確かに色合いは似ていたが、職業柄宝石も魔石も扱うトーラにはそれが孔雀石ではないとすぐにわかった。
「素人は騙せても僕は騙せないね」
初め、それを孔雀石だと言われた時、それが孔雀石という名前の魔石なのではないかと思ったほどだ。次に感じたのは怒りである。この程度も見抜けない人間だと思われている。トーラは自分が馬鹿にされているのだと感じた。
気分を害し、聖都から早々に居を構える小さな町に戻った後、しばらくしてバシュから招待状が届いた。元々はそれを無視するつもりだったが、聖都のことを思い出して何となく見物に来たと言うのがこれまでの大まかなトーラの経緯である。
「妖精族の人たちは、それが魔石だって気づいてなかったんでしょうか?」
シアが素朴な疑問を呈した。
「あのときはムカつきすぎてすぐ帰ったから分からないな…仮にアイツらが気づいてなくて、大真面目に孔雀石だと思ってんだとしたら面白いよね」
トーラは少し笑った。もちろん嘲笑である。
(使えないナこの人間…)
オブニは呆れた。
「うーん。じゃあ孔雀石って記述の方が間違えて伝わってて、ほんとは魔石だったって線はないか?やっぱ宝石の方が見栄えがいいしな」
「ソレミヤが生きていた時代は約1000年前デスカラ、その時代にその大きさの魔石を精錬する技術がアッタカハ不明デスネ」
「う、そうかよ…」
渾身の説をあっさりオブニに否定されたイナンは顔を赤くした。
魔石の精錬技術が生まれたのは200年ほど前だ。それに対して宝石彫刻師は技術は未熟でも、少なくとも1000年前にはすでに存在している。
「とりあえず、通って先に行ってみますか?」
「まあ、そうだね」
トーラはなおもじっとアーチを見ていたが、シアに促されて先に進むことを決めた。
次回:「16話 迷宮探索②」掲載予定




