12話 遺跡にて
環状墓所群バシュは大砂海中央に位置する1都市である。大砂海横断鉄道の駅が置かれ、砂漠内でも活気のある街だ。元々は大昔の妖精族の聖地であり、墓所でもあった遺跡を丸く囲むように円環状に発展した都市である。
遺跡内にはいくつもの石積みの塔がバラバラに分布している。塔は墓だと推測されていて、これらは全て泉の中に建てられており、砂漠内では珍しいオアシスを聖地とみなしていた説が有力である。
今はかつての墓守の一族が都市の有力者として今も都市を守護しており、現在は墓所の一部を観光施設として公開しているのだ。
依頼を受けた日の朝、レッドに言われた通りに遺跡前広場に行ってみると、同じような立場の老若男女が集まっており、妖精族の老人が受付を行なっていた。
「シ、ア!シア・オーニスです。探索者組合から来ました!」
「おお?なんだってぇ?」
「埒が開キませんネ」
老人は耳が遠いようで、シアは何度も名前を聞き返された。ちなみに前に並んでいた他の人々も聞き返されている。オブニは人選ミスだと思考した。
最後にオブニが我慢できずに老人の鉛筆を腕で奪うと、名簿にチェックを入れてようやくシアは受付を終えた。老人は自分の鉛筆をとられても
「おお…」としか言わず、文句もなかったのでいいのだろう。
◇◇◇
肝心の仕事内容として、シアとオブニはいくつもある墓所の一角の草引きを任された。
普通砂漠に雑草と呼べるほど植物はたくさん生えないが、墓所は中心に湧くオアシスから溢れ出た水でくるぶしほどの深さまで満たされているため、周辺に草が生えるそうだ。
この話を、シアは同じ班に分けられた羊獣人の少女から聞いた。なんでも、彼女にとってバシュは生まれ育った地元だそうで、今回も小遣い稼ぎで働いているらしい。
「シア〜!!それ、スリだぞ!気をつけないとダメだ」
黒色の巻角と白い髪に白い垂れ耳の少女はそう言った。
羊獣人は獣人族の中でも数が多く、少女の持つ色彩もバシュを始めとした大砂海内の乾燥地帯ではよく見られる色である。
「なくしたんじゃなくて盗られたってこと?」
シアは首を傾げた。少女は頷いた。
「最近物騒な輩が増えてんだ、悪ィな。せっかく観光に来てくれたってのに」
「ううん、元はと言えば私の不注意だし、それにイナンが悪いわけじゃないよ」
「最近は、行方不明事件なんかも出ててよ、シアも1人になるなよ!あぶねーから」
「うん、気をつけるよ」
件の少女であるイナンは早速シアの話の核心を突いていた。確かに財布はスられているのである。
今まで真相に全く気がついていないシアだったが、それでもイナンの発言によって犯罪の可能性に思い至り、冷や汗をかきながら行いを反省した。危機感が足りない。
「それにしても暑い!」
シアは支給されたタオルで汗を拭き、顔を仰いだ。太陽が中天に差し掛かり流石砂漠の昼間といったところだ。シアの住む街は標高が高いため、バシュほど暑くはなかったのだが、同じ大陸中央と言っても、流石に低地のバシュでは暖かい程度では済まない量の日光が降り注いでいた。
「あはは。無理はすんなよ〜」
「イナンは暑くないの?」
暑さ対策でこれも支給された氷魔石のかけらを握りしめてシアは尋ねた。
魔石にはいろいろな種類があり、不純物の多いいわゆる『クズ魔石』と呼ばれる石にも冷却剤や温石にすると言った使い道がある。
「んーまぁ慣れだな!慣れ!」
垂れ耳をパタパタと忙しく動かしているイナンはずっとバシュで暮らしているので慣れたものだ。
シアからはもうすでに日向に出たいという気持ちが失せていた。泉の水は冷たいので、そこから冷たい風が作業場にも吹いてくるのがせめてもの救いだ。
現在、建物の影でシアたちの班は昼休憩中である。
普段観光客が入れない場所も見ることができるとあって、近くの石積みの塔の周りには他の班の労働者たちが集まっていた。先ほど受付の老人は墓守の一族のようで、ガイドがわりに遺跡の説明をしている。
他の班はすでに仲のいいグループの輪ができていて、無口なのはシアの所属している班くらいのものである。実は商業組合など他のルートからもバイトは募集していて、友達と誘い合わせて来ている者が多かった。探索者組合から来ているのはシアだけだった。そういうわけで、もともと仲のいい者たちは休み時間に喋ったりしているのだ。
シアはイナンも友達がいるのではないかと気遣ったが、イナンはあっさり
「いや、あたしはいいよ」
と断っていた。都市外のシアたちが珍しかったのかもしれない。
オブニは周りを見てくると述べて、そのままふらふらとどこかへ飛び去って行った。おそらく遠くまでは行っていないだろう。
シアはそのまま燦々と日の当たる空き地を見た。抜いた雑草がひとまとめにされて、また根付かないように乾かしている。乾かしたものはラクシャーと呼ばれる毛の長い家畜の餌になる。ラクシャーは草食だからだ。
昼食にはパンの間に潰した豆とそのラクシャーの肉を挟んでタレをかけたものが配られていた。初めて食べる味だったが、香辛料が効いていて存外美味しかった。シアはそれに遠慮なくかぶりつき口の周りを汚して、クスリと笑った。隣のイナンの口の周りもソースでベタベタになっていた。
なんだかんだ生まれ故郷を出ないと体験できないことをしていると、シアは感傷に浸った。
近くでポツポツと終始不機嫌そうな顔の魔族の青年や、ガタイのいい獣人族の少女、疲れた顔をした旅人族の老人など、同じ班員の面々も思い思いの休憩をとっている。
「でも、ホントに綺麗だね。大昔の妖精族のお墓なんだっけ」
口を拭きつつ、シアがふと気になることを尋ねると、イナンはゴクリとパンを飲み込み、
「詳しいことは研究中らしいけどな、なんかの宗教施設で、祭祀が行われてたかも〜とか、ただの塔だ〜とか色々説はあるみたいだぞ」
と淀みなく答えた。
「へー!!ロマンだね。歴史ロマンだ」
シアは目を輝かせて感心した。シアの故郷である星軌都市は歴史の浅い都市で、住民も他都市からの移民がほとんどの街だったため、昔から続く伝統や遺跡はない。歴史ある都市の研究は新鮮だった。
「700年くらい前に墓守の資料も散逸して、今はもうすっかり墓所の歴史も廃れちまったみたいだけど、御伽話や伝説として残ってるんだ。結構いい街だろ?」
「うん。来てよかったよ」
シアの言葉にイナンは得意げに胸を張った。長く都市に住む住人として、やはり他都市の人間に褒められるのはこそばゆくも嬉しいことのようだ。
2人でのんびり話していると、少女たちの頭上に影がさした。
「ねぇ」
同じ班に振り分けられた魔族の青年だ。魔族用に穴が開けられたつば広帽を深く被り、肩には暑いのかタオルをかけている。
夜闇のように黒い髪に血のような色の目に見つめられ、2人は思わず背筋を伸ばした。
青年は眉目秀麗な顔に似合わず暗い顔で不機嫌そうに、
「ちょっと聞きたいんだけど」
と尋ねた。声をかけられた2人はどちらに聞いているのか分からず顔を見合わせた。
「そっちの、獣人族のきみの方」
「あ、あたし?」
イナンは自分を指さした。青年は首を縦に振って、
「そう。ここの人なんでしょ」
さっき会話が聞こえた、そう言って青年は続けた。
「アンタ地元に詳しい?」
「そりゃ人並みには詳しいけどよ」
イナンは戸惑った。
青年は
「ソレミヤの孔雀石って知ってる?」
と端的に尋ねた。
イナンは戸惑いつつも頷いた。
「お、おう。砂の人の英雄ソレミヤの物語に出てくるやつだろ?」
「そう」
「それがどうかしたかよ?」
「その話、全部聞きたいんだけど」
ぶっきらぼうにそう言ったきり青年は黙った。そのまま沈黙がその場を支配した。シアは気づいた。彼は待っているのだ。イナンの返事を。
捲し立てられたイナンは数秒呆気にとられた後、自分が返事をしない限りはこの青年が目の前を離れないであろうことに気がつき、焦って隣のシアにコソコソ囁いた。
(な、なあシア!あたし、なんて返事すりゃいいと思う?)
(あんまり迂闊に答えない方がいいんじゃないかな?怪しい人かもしれないし…)
シアは素直にそう思った。名乗りもせず、相手の都合を確認もせず、彼が聞きたい物語を喋れとは、相当性格が変わってなければできない所業すぎた。
青年は無言で待ち続けている。沈黙が痛いくらいになった時、
「おおーい、休憩時間は終わりだぞう〜」
遠くから受付をしてくれた老人のしわがれた声が聞こえた。
「とりあえず…バイト終わりでも、いいか…?」
おずおずとイナンが答えると、青年は重々しく頷いた。
次回:「13話 昔の話」