11話 探索者組合
黒髪の旅人族に連れられて入った建物は、赤みのある屋根と白い壁の見た目の建物は新築の匂いがしていて、この辺りでよく見られる石造りである。中に入ると、窓が小さいせいで中は薄暗いものの、魔石灯の光で温かみのある雰囲気が漂っている。
一方の壁には大きな掲示板のようなものが貼られていて、その上に何枚か紙が貼り付けてあった。
部屋の中央には丸机と椅子が数脚置かれ、部屋の奥にはカウンターがあり、たくさんの本や閉じられた書類が並んだ棚が見える。さらに奥は従業員専用のようだ。中庭があり、噴水と色とりどりの美しい植物で豪華に飾ってあった。
中にはほとんど人がいなかった。唯一、カウンターの奥にはこれまた暇そうな眼鏡をかけた小人族の男が座っており、シアが背中を押されて入ってくると驚いて椅子を蹴倒しながら立ち上がった。
女性は、
「ジャジャーーン!!!」
とシアとオブニを両手で紹介し、小人族は目を擦った。
「オレ、とうとう幻覚見始めてんのかな〜?お客様が見えるなんて、ウソだよな。連日の過労のせいに違いないよな」
「え?幻覚じゃないですよ?!」
幻覚扱いされたシアは慌てて組合を訪れた目的を述べた。
「お仕事紹介していただけるって聞いてきたんです」
「おいおいおい現実じゃねぇか、いや、まさかオレは何者かに今攻撃されてるのか??」
「されてマセンヨ。何言ッテンダコノ人」
にわかには信じがたい現実に、何かしらの超自然的な力の作用を疑う男に対して、女性は勝ち誇った様子で腕組みをした。
「どうよ!私の実力!!」
「ウソ…だろ…?あんな接客カスのレッドシフトが?美人だけどポンコツな?レッシフが??」
「う・る・さ・い・ぞ」
レッドシフトと呼ばれた女性はとても痛そうなデコピンを小人族の額にお見舞いすると、痛みに悶える小人族を放置してシアとオブニを机に案内した。そのままカウンターの奥に一度引っ込むと、グラスを3つ取り出し、冷たい飲み物を入れて意気揚々と帰って来た。
2人はおずおずと席に着き、その向かいにレッドシフトがどっかりと座った。飲み物を進められて、オブニは
「弊機は水分を摂取シマセン」
と丁寧に断った。代わりにシアが飲み物を飲んだ。柑橘の爽やかな味が喉を通る。
そして、これ以上ないほどの笑顔で接客が始まった。
「私はここの探索者組合の支部長【レッドシフト】。今日はお仕事探しにきたんだよね?あなたたち、お名前は?」
「シアとオブニです。…あのお財布落としちゃって…働かないといけないんです」
「シアちゃんとオブニちゃんね。あるある、そういうことよくあるよね〜」
支部長はうんうんと頷いた。
よくあってたまるものか、とオブニは思考した…ホイホイ財布を落とす人間ばかりでないと思いたいのが、オブニの偽らざる本音である。
しかし、音声には出さなかった。下手に会話を切りたくなかったからだ。
そんなことをオブニが考えているとはつゆ知らず、シアは同意してもらえたことに安心して、おずおず
「その私、探索者組合?に詳しくなくって。とりあえずアルバイトみたいなものですか?」
と訊ねると、レッドシフトはうーんと腕組みをして答えた。
「まあそれに近いけど、そもそも組合は知ってる?商人組合とか鉄工組合なんかは有名だよね」
「はい。」
組合とは同じ職種で働く人々が協力し合う団体のことで、都市間を跨いで緩やかに形成されていることが多い。所属することで利益を確保したり、利便性が向上したりする。商人組合などは一般人にも知名度があるが、その業界でしか知られていない組合も存在する。
そして、どこにでも全ての組合があるわけではなく都市によって様々である。
「探索者組合っていうのは、元は尖塔都市ラビュリュス発祥ってのもあって主に迷宮探索や巨獣の討伐を行う人たちの組合なんだよね。もちろんそういう依頼もあるよ!でも、今は一般の人でも登録できて、他の組合からの依頼や危険じゃない依頼…例えばゴミ拾いだとか、皿洗いなんかも受けられるようになってるの」
「は、はぁ」
シアは気圧されて頷いた。
「しかも、うちの組合は同盟からも出資されてる!つまり超クリーン!そして会費を払うと付属の施設が全都市どこでもタダで使えます!どう?!入らない?」
堂々とサムズアップを決めたレッドシフトだったが、イマイチ乗り切れないシアは首を傾げた。
「あの、【レッドシフト】?さん」
「レッドでいいよ」
「えっとじゃあレッドさん、その同盟ってなんですか?」
「あ、あ〜〜〜〜!!そうだよね!ごめんね!そこからだよね!」
レッドはしまった!という顔で額を叩いた。奥のカウンターでは先ほどのデコピンの衝撃から復活した小人族が笑い転げている。
レッドはそれを睨みつけると、カウンターの横に雑に置いてあったチラシのようなものを持ってきた。
「これね、この人たちの中で誰か知ってる人いる?」
そこには何人かの男女の絵姿が写してあった。その絵の下にはおそらく本名ではなさそうな名前が書かれている。あまり質のいい紙ではないが、なんらかのポスターだろうか。そして残念ながらシアにもわかる顔は描かれていなかった。
「いえ、すみません」
「うーんそうだよねぇ」
シアが首を横に振るとレッドは悩みながらまたカウンターの方に歩いていった。
シアが多少申し訳ない気持ちになっていると、隣からオブニが袖を引いた。
「お嬢。コレ、コレ」
「ん?なあにって、わ!!」
レッドが持ってきた紙の束とは別のポスターの山が隣の机の上に築かれている。その無造作に置かれた紙の中に見覚えのある顔があった。
そこには満面の笑みの兄が写っていた。多少美化されているような気がしなくもない。が、間違いなくシアの兄のフレイである。シアは慌ててカウンターのレッドに声をかけた。
「知ってる人いました!」
「エッ!!ほんと〜〜?どれどれ」
レッドはウキウキで戻ってきてシアの持つ一枚のポスターを覗き込んだ。
「お、そっちの紙は同盟…じゃないけど、【灰被り】じゃん!珍しいね〜。確かに腕はいいけど、目立つタイプじゃないのに」
レッドは妙なあだ名でフレイの名前を呼ぶと、訝しそうな目で2人を見た。どういった繋がりかわからなかったのだ。
オブニがその疑問に自慢げに答える。
「フレイ様は弊機ノ製作者ニシテお嬢ノ兄君。腕ガタッテ当然デス」
「え!シアちゃんあの子の妹なの!しかも機械いじりもできるとか、やっぱ器用なんだね」
「兄をご存知なんですか?」
「3年前くらいに何回か一緒に仕事したかな?今は何してるのか知らないけど…元気にしてる?」
「いえ、私は兄がどこにいるか知らなくて…」
暗い顔になったシアを見てレッドは慌てた。
「ご、ごめんね!そうだよね、家族とはいえ知らないこともあるよね」
「大丈夫です、気にしてないので…」
行き先を告げられていないことは腹が立っていたが、実際シアは気にしていなかった。兄が自由人なのは昔からだからだ。
レッドは散らばったポスターをひとまとめに片付けて、ある小人族の男が載っている面を一番上にしてテーブルに置き直した。
「でも、【灰被り】くんは同盟には入ってないし…あなたたちが知ってる人なら実感も湧きやすいと思ったけど、まあこの人でいいか」
「すみません、無知なもので」
シアは恐縮したが、
レッドは
「そんなの気にしなくていいよ!知名度が低いこの人らが悪い!」
と豪快に笑った。
「同盟って言うのは、秩序同盟の略。同盟は世界中でも一握りの有力者が所属してる結社みたいなもので、まあ選りすぐりの善人集団と思ってくれたらいいかな。そのうちの1人がこの人」
そう言ってレッドは一番上のポスターの表紙をトントンと叩いた。
「組合ノ会長さんデスね」
オブニが確認し、レッドも頷いた。
「あんたの方は知ってんのね。そうそう。この人はアイエン。現探索者組合の会長で同盟の一員でもある」
「うそ!オブニは知ってたの?!」
シアは驚きを隠せなかった。この中で何も知らずに情報をあたふたと整理しているのは自分だけだったのだ。オブニはゆっくり旋回しながら同意した。
「兄上によりアーカイブに記録されています。そもそも同盟の方は有名人も多いですよ、ラジオなんかでもよく話題になってますし」
「そうなの…私が流行に疎いだけ???」
シアは軽いショックを受けたが、レッドは首を振って、
「自分の所属都市に同盟と縁のある人間がいなかったらそんなものだと思うよ?」
慰めた。
「彼ラは慈善事業や教育などにも力を入れてイマスし、同盟が関係している組織の信用度は高いと思考しまス。そもそも組合を名乗っテイル時点で怪しい事業ではナイはずですが」
オブニは付け加えた。
実際新しく組合を立ち上げようと思うと、かなり厳しい審査が入る。少なくとも3都市の承認が必要である上、国際的に様々な都市に設置する場合は、最も高い水準を合格して当たり前だからだ。
シアは知らないことだったが、探索者組合は世界中に展開しているわけではないものの、その歴史はかなり古いものである。
レッドはポスターを机の端に寄せると、先ほどカウンターからとってきた機械と金属製らしきプレートを机の上に持ってきた。
「ま!とにかく探索者組合は怪しくない、至ってフツーの組織だってわかってもらえた?」
シアはこくりと頷いた。レッドはニコリと微笑むと
「よし!じゃあ記念すべき探索者組合、環状墓所群バシュ支部の会員第1号は〜〜〜!!!シア&オブニね!!!」
と声を張り上げて宣言した。
組合への登録はいたって簡単だった。名前(仮名でもいいらしい)と、所属都市、埋められるなら特技など、履歴書のような用紙に必要事項を記入し、金属製の板に魔力を通すだけである。
(免許証みたいなものかな?)
シアはそう考えた。書けた用紙を提出し、レッドがその中に抜けがないか確認した。そして満足げに頷くと
「じゃあその機械と板に手を当ててね!触れるだけでいいから」
と言った。
「はい」
文字が染み込むようにプレートをつたい、登録は一瞬で終わった。
「ナンカ…光ッタリ、色が変ワッタリとかナインデスカ」
レッドは哀れなものを見るような目でオブニを見て、
「そんなのないよ」
と言った。
オブニは若干残念そうだった。
2人は早速登録、発行されたカードをまじまじと見た。発行日や登録支部名が裏に、表には支部のロゴらしきマークと見慣れた名前が載っている。
レッドは得意げだ。
「よし!発行できた!」
「ありがとうございます…?」
「いやー嬉しいなあ、こんな場末の組合に新しい会員が入ってくれるなんて…」
レッドは感極まって目尻を拭うそぶりを見せた。人員補充が相当嬉しかったらしい。勧誘は今まで本当にうまく行っていなかったのかもしれない。
シアもこのようなカードを作ったのは生まれて初めてだったので、興味深く何度もひっくり返してはじっくりと見た。見た目ではなんの変哲もない金属片のプレートに見える。
レッドは彼女の様子を満足そうに頷きながら眺めていたが、
ぽんと一つ手を叩くと、
「そうだ!」
と声を上げた。
「シアちゃんも今日から探索者なんだけど、注意事項が何個かあるからよく聞いて」
「はい」
シアは頷いた。
「まずは、当たり前だけどそのカードを無くさないこと!個人情報の宝庫だからね。なくしたらすぐ最寄りの探索者組合に連絡して、それと───」
レッドはつらつらといくつかの注意事項を語り、
「さっき言ったことは、詳しくはこのパンフレットに書いてるから、忘れちゃったり気になったりしたらこれを見ればいいからね」
と言って薄い小冊子をくれた。表紙に『新たなる冒険、ともに成長 探索者組合』と書かれている。パラパラとめくると、先ほどレッドが説明してくれたこと意外にも、初心者におすすめの装備や迷宮などが解説してあった。
シアは全部覚えられる気がしなかったので、後でそれをオブニと一緒に見ようと思った。
そして、
「これが一番重要かも」
と前置きした。2人はレッドの説明に聞き入った。
「どんな依頼の場合でも、他人に軽々しく自分の魔法を教えちゃだめ」
今日で一番真面目な顔でレッドが言う。
「子どものとき、大人によく言われるやつですよね」
「理由トカあるンデスカ」
訝しげにオブニが疑問を呈する。
「探索者は魔法を使う機会が多いからよ。魔法と真名。これは私たち人間にとって一番大切なもので、いわば心臓。知り合いならともかく、見ず知らずの他人にこれが知れたら命をほんの少しだけれど、その人に握られる」
魔法とは人間が例外なく必ず一つ持つ異能のことである。魔術と異なり人々が現実に引き起こすことのできる、正真正銘の奇跡。とはいえ、一瞬目を良くしたり、水のなかで呼吸できるようになったりと、人によっても効果は千差万別だ。実際、列車戦でもアリアが使っていたし、もちろんシアもここにいるすべての人間が持っている。
問題は、魔法の成り立ちである。魔法とはそれを持つ本人の人生、信念、経験、全てが溶け合い混ざったもの。よって魔法を他人に知られることは、己の心の内を暴かれることと同じなのだ。どの種族であっても例外なく心臓を握られるにも等しい行為として、世界中で忌避されている。
「わ、わかりました!気をつけます」
シアは生唾を飲み込んで頷いた。
「と言ってもうっかり使っちゃったくらいじゃなんともならないから、正直そんなに気に病むことはないんだけどね。有名な探索者だと魔法から効果まで知られてる人もザラだし」
真剣なシアの顔とは裏腹にからからとレッドは快活に言った。
「えっと、そうなんですか?」
「うん。知られたからってそれのせいで死んだり、なんでも命令されたりするとかじゃないよ。ただ魔法を知られてない時よりは縁を結ばれやすいってだけ。探索者の中には魔術や呪いを扱える人もいるから、自分で対処できるようになるまでは、そういう悪どい連中に関わる可能性を下げたほうがいいでしょ」
「確かにそうですね」
呪われるのはすごく嫌だ、とシアは思った。魔術も呪いもシアには使えない。それにいくら護衛といっても人間でもないオブニにその手の対処は無理である。万が一何か呪いをかけられてもシアには対抗策がない。
バイト中は他人にはできれば魔法を使わないようにしよう。とシアは心に誓ったのだった。
「とにかくこれでキミたちもアルバイトができるってぇ〜ワケ!やったね!!」
満面の笑みでレッドは拍手した。もうよっぽど嬉しいのが透けて見える。
カウンターの奥から額に赤いあとが残ったままの小人族の青年が歩いてきた。
「決まったんなら、ほい!」
と、あまりまだ分厚いとはいえないファイルを机の上に広げた。
「こん中から好きな依頼を探しな。難易度の低そうなやつをピックアップしといたから」
「ワーユ、あんたやるじゃん」
「オレも職員なんだから働きます〜」
「最近はサボってたくせに」
「俺は受付担当の事務員なの!お前が1人も会員連れてこないから暇なんだろ」
「にゃにおう〜〜!!」
とレッドはワーユと軽口を叩き合った。
立ち上がって頭上で話し合いを続ける2人を尻目に、シアは真剣な顔でページを捲り考え込んだ。どの依頼を受けるかで、シアたちの旅の再開が早くなるか遅くなるかが決まるのだ。
「ニデ芋の皮剥きと皿洗い…魔道列車の荷物の運び下ろしの手伝い…どっちも日給9500D…このくらいならできるかな…」
「弊機が居るコトモお忘れナク」
「あーそうだ。オブニがいるから人の邪魔になるところはダメだもんね」
「弊機は今、お嬢ノ使い魔扱いデスので」
2人が悩んでいると、
「これなんかどう?」
ピッと一枚の依頼書を取り出してレッドが言った。
シアは首を傾げた。
「それは?」
「墓所の清掃業務!三日間で日給は9000D!つまり合計27000Dね。業務内容は草引きやゴミ拾いなんかがメインかな」
「悪クないと思いますケド、ナンデそれなんですか?」
オブニが疑問を呈した。レッドは腕を組むと、
「あなたたち、ほんとは観光に来たのに遺跡とか見れてないんでしょ?バイトがてらだけど、バシュといえば墓所の遺跡だし。貴重な体験だからオススメってこと」
「レ、レッドさん…!」
シアは感激し、
「お前どした?そんな配慮今まで見せたことないだろ」
ワーユは得体の知れないものを見たときの表情になった。
「ぜひ、お願いします!」
シアはオブニと共に頭を下げた。
口々に褒める(?)周囲に気を良くしたレッドは、得意げな表情を見せた。
「じゃあ明日の朝8時に遺跡前広場に集合ね。寝る場所はこの建物の2階を使いなさい。あと、先方への連絡はこちらでしておくから」
「持ち物トカはないデスカ」
「必要なものや昼食は向こうが用意するそうだから安心してくれていいわよ」
「ありがとうございます!」
シアは勢いよく礼を言った。旅に出て以来幸先の悪いスタートだったが、運良く寝床にもありつけ、最悪の事態は免れた。
この夜、2人はぐっすりと眠った。
次回:「第12話 遺跡にて」掲載予定