プロローグ
ずっとROM専でしたが、ちょっと何か書いてみたくなったので挑戦しようと思います!
「もう観念しろ、【灰被り】。死に体でこれ以上どうする」
血まみれの少年が硬い床に投げ出された。床はべっとりと少年の血に塗れている。
明らかに今の技術では作ることのできない遺物の数々が少年と彼に対峙する男を取り囲んでいた。その場所はわかるものが見ればラボだと言っただろう。
薄暗く人工的な光源が等間隔に配置された巨大な空間に男の声が響く。
「お前たちの目的は見え透いている。舟を奪還しようと言うのだろう?」
「ハハッ、さあな」
投げ出された先で力の入らない腕を無理やり動かし、それでも立とうとした少年は、壁をずるずると滑りそこで座り込んだ。染み出した血が床に鮮やかな水たまりを作る。
元は美しかったのだろう灰色の髪は血に汚れ、足や腹の一部が抉られている。着こんでいる現代風に改造されたローブが無残に破損していた。
「『鍵』をよこせば助けてやらんこともないが」
男が声色ですぐ嘘とわかる言葉を吐きながら悠々と歩いて来る。手からは少年のものだろう血が滴っていた。
少年の目の前に立った男は囁くように訊ねた。
「鍵は、どこだ?」
「くくくっ」
少年は男の質問には答えなかった。代わりに視線を下げたまま押し殺した笑みを漏らす。少年の顔はローブのフードで覗えない。男はいら立ちを隠さず詰めよった。
「おい、何を笑っている!こちらを見ろ!」
少年は答えずゆっくりと両手を上げた。両手も同様に傷だらけだったが、特に変わったところは見受けられない。
しかし、まるで降参のポーズにも見える態度とは対照的に少年は不敵な笑みを浮かべた。
少年の行動を訝しげに見ていた男はある事実に気づき顔色を変えて怒鳴った。
「お前!指環をどこにやったッ。それが『鍵』だな?!」
「へぇ?ッは、そんなもん、あったか?」
「ふざけるな!」
荒い息を吐きながら少年は飄々と答える。
男は激昂して詰め寄ったが、少年は答えなかった。
男は少年の襟首を掴むとぐらぐらと揺らした。少年はうめき声をあげて血を吐いたが、それでも何も言おうとしない。
「もういい。こいつは殺してしまおう。『鍵』はまた探せば良い。そうだ、そうしよう」
ぶつぶつと一人で興奮しながら話す男は懐から歪な形の短剣を取り出すと、それを少年に向けて振り翳した。
「死ぬがいい。かつて世界を滅ぼした悪の末裔よ」
芝居がかった口調が最後の時を告げていた。
靄がかかったような視界で少年は男の憎悪に満ちた濁った目を見た。男を少し哀れにさえ思いながらも、すかさず少年は懐に隠し持っていた魔力銃を男に向ける。男はそれを見て馬鹿にしたように笑った。
「今さら銃とは。魔術師も最期は杖ではなく道具に頼るのだな?」
「頭沸いてンのか?魔術も技術だ。選り好みなんてしねぇよ。使えるもんはなんだって使うぜ、僕は」
少年はそう吐き捨てながら躊躇なく男に向けて発泡した。使い込まれた銃の反動にさえ、ダメージを受けて血を吐く少年とは対照的に、男はなんなく魔力弾を防ぎ、さらに銃の届かない範囲まで後退する。
痛みに意識を朦朧とさせながらも少年は男を煽るような笑みを浮かべた。
そして少年はこの時を待っていたかのごとく残り少ない魔力を解放した。
「それに」
と少年は付け加える。
「テメェがペラペラくっちゃべってくれたおかげで猶予ができた」
【───証明完了】
その一言をもって少年は待機させていた魔術式を完成させた。力の暴走を必死に身の内に抑え込みながらも、あふれ出した魔力が手の中の銃を破壊した。
「何っ?!」
男は超火力の魔術行使の気配を感じとり、少年を殺すために駆け寄る。
最後の足掻きだ。ここが分水嶺。男はなんとしてでも少年を止めて目的を果たさなければならない。この場を破壊されるわけにはいかないからだ。
しかし、男の執念を少年の純粋な技が数秒上回った。
「一手、僕のが早かった」
「貴様ァ!フレイ・オーニス!!!」
鮮やかな色の炎がが少年を起点として巻き起こり、周囲の全てを巻き込んで暴発した。
(愛してるぜ、シア)
満足そうに笑った少年は何もかもが光の中に消え去る瞬間、心の中でつぶやいた。