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聖女の思惑(バルバラ視点)

 ―――時は、少し遡る。


「この世界に、あんなに美しい人がいたなんて!」

 バルバラ・ダウラーラは、興奮を隠せず声に出していた。

 彼女が勇者クリスに出会ったのは、つい先ほど。非の打ち所のない完璧な美貌を持つ青年に、彼女はひと目で恋に落ちてしまった。

「あの人こそ私に相応しいわ! 女王となる私の隣に立つべき人よ」


 もっとも、クリスに会う直前までのバルバラは、勇者と旅をするなんてごめんだと大声で公言していた。

 なにせ勇者は平民。しかも辺境の村人だと、バルバラは聞いていたからだ。

 なにが悲しくて、高貴な自分が下賤な平民などに会わなければならないのだろう。今後、魔王討伐の旅に同行しなければならないことを考えれば、嫌悪は増すばかり。

「たしかに、勇者は魔王を倒す英雄よ。でも、いくら英雄でもただの村人だわ。平民の中でも下層階級の男が、この私と行動を共にするなどあり得ないことだわ。……そんなことをすれば、美しい私の虜になるに決まっているのに」

 眉間にしわを寄せ、バルバラは美しい顔を顰める。

 それは彼女にとって、疑う余地もない真実。この時の彼女は、英雄になった勇者が自分に惚れ伴侶になりたいと望むに違いないと思っていた。代々の勇者は、魔王討伐後に女王の伴侶となり共に国を治めていたからだ。

 しかし、それはあくまで今まではそうだったということでしかない。決まり事でもなんでもないはずなのに。

「いくら勇者でも平民なんてお断りよ。私は、この国で一番尊い人間なのよ」

 王位継承権第二位ということはそういうことなのだと、バルバラは頭から信じている。


 ――――もちろん、彼女の言葉は間違いだ。

 人類皆平等とかそういうことではなく、バルバラの価値観からすれば、一番尊いのは現女王のはずだから。次点は女王の妹でバルバラの母であるダウラーラ公爵夫人。バルバラは三番目でしかない。

 それでも彼女は、常日頃から自分の尊さを声高に公言していた。

 なぜならバルバラは、自分の母はともかくとして、現女王に敬意を持っていなかったから。

「伯母さまは、お綺麗な理想ばかりを述べる偽善者だもの。なにが『民の支えがあってこそ国が成り立つ』よ。現実乖離も甚だしいわ。実際は、私たち王侯貴族が愚鈍な平民を管理し正しく使ってやっているからこそ、国が機能しているのに。……そんな甘いことばかり言っているから、大切な跡継ぎを喪ってしまうのだわ」

 本来、女王の後継者は女王の娘だった。

 そう、女王はアレン王子を産んだ後に、次代の女王となるべき女の子を授かっていたのだ。それなのに、なにを置いても守らなければならなかった後継者を、女王は喪ってしまった。

「誰の得にもならない正論なんて振りかざしているから、暴漢に狙われたりするんだわ。……自業自得よね」

 バルバラの言う『誰』は、厳密には王侯貴族を指す。であれば、狙った者もまた『誰』であったかなど、火を見るより明らかなこと。


 実際バルバラは、女王の娘を狙った黒幕が自分の母だろうと推察していた。――――いや、娘だけでなく女王自身も狙った可能性さえある。

 産後間もない女王の私室に押し入った賊は、女王自身にも刃を向けたと聞いていたからだ。

「……でも、お母さまも詰めが甘いのよね」

 女王は寸でのところで駆けつけた夫らに助けられ、一番先に狙われた赤子も女王の魔法で転移させられ、とどめは刺せなかったと聞いている。

「まあ、産まれたばかりの赤ん坊が、どこともわからない場所に転移させられて無事でいるはずもないでしょうけど。……どんなに必死に捜索しても見つからなかったのだし、魔獣のエサにでもなったに違いないわ」

 バルバラは、ひっそりと口角を上げた。

 結果、バルバラの母は王太子となり、バルバラ自身王位継承権第二位となったのだから、多少の詰めの甘さも許せる範囲だ。

「どんなに平民を大切にしたって、なんの力も無い者が守ってくれるはずないのに。伯母さまは愚かだわ」

 バルバラは自分の考えこそが真理で、平民などなんの価値もないと信じていた。



 ――――今、この瞬間までは。



 そう、勇者クリスに出会い、彼の美貌に夢中になったバルバラは、その考えの一部を変えられてしまったのだ。

 自分が尊いのは変わらない。しかし、平民の中にもクリスのような特別な存在がいる。

「いいえ、きっと特別なのはクリスさまだけに違いないわ! 彼は、泥の中に咲く蓮の花。大地に隠された至高の宝石なのよ! 私が拾い上げ、私を飾るべき得難い宝だわ!」

 バルバラの中で、既にクリスは自分のものだった。

 自分に跪き愛の言葉を捧げるクリスの幻影に、彼女はうっとりと頬を熱くする。



 ――――しかし、実際のクリスはバルバラが挨拶してもニコリともしなかった。かと思えば、自分の挨拶の番になった途端、満面の笑顔で妹を紹介しペラペラと話し出す。

 そんな笑顔でさえ美しいと思えるのだから、彼は罪深い。


 バルバラは、苛々が収まらなかった。

 なおかつ、その後女王からクリスの妹に対して最大限の礼儀を尽くすようにとの命令が下ったのだから、たまらない。勇者のたかが妹でしかないはずなのに、魔王討伐の旅における重要人物だというのだ。

「そんなはずがないわ! 今まで勇者の妹が旅に同行したなんて記録はないもの。……きっと、平民贔屓な伯母さまが、なんの役にも立たない女を重要そうに見せて、平民の価値を高めようとしているに相違ないわ!」

 考えれば考えるほど、バルバラの怒りは募る一方だ。

 自分には愛想笑いのひとつも見せないクリスが、妹に対しては大切で大切でたまらないといった態度をとるのも気に入らなかった。

「私に好意を向けない男なんているはずがないのに……あの女が、妹という立場を利用してクリスさまの優しさにつけこんでいるに決まっている! ……なんて卑劣なの。絶対、懲らしめてやるわ!」

 怒り狂ったバルバラは、叫んだ後で親指の爪をガシガシと噛む。


「あの女なんて、あんな平凡な容姿なのに……どこにでもいそうな茶色い髪と冴えない緑の目とか、平民中の平民じゃない」


 この国の大多数の人間は、茶髪で緑目だ。クリスのような金髪碧眼は、辺境にはいても他の地方では見かけない。

 バルバラの赤髪赤眼は、異国の貴族の血が入ったダウラーラ公爵家の特徴で、自分の持つ稀少な色をバルバラはなにより自慢に思っていた。


 ――――ちなみに、女王も王子も、ついでに言えばバルバラの母である王妹も茶髪で緑目だ。この髪と目の色は、この国の象徴とも言えるものだが、バルバラにとっては平凡の代名詞でしかない。


「美しい私の横には、美しいクリスさまが相応しいのよ! いくら妹とはいえ、私とクリスさまの邪魔をするなんて許せない。あんな平民女、追い払ってやるわ」

 もはやバルバラの頭には、女王の命令など欠片もない。たとえあったとしても、それに従うつもりもないのだから、同じことかもしれないが。



「今に見ていなさい」



 形よく整えられた爪が無残に欠けるのも気づかずに、バルバラは低く唸っていた。


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