お城で見てはいけないものを見てしまいました
その後直ぐに、私は兄と一緒に長年暮らした村を旅立った。
私という安定剤を手に入れた兄は、今度は暴走することなく、旅路はいたって順調。七日後には、王都に着き王城に招かれる。
早々に兄以外の勇者一行に引き合わされた。
「アレン・ヴァルアックだ。これでも剣の腕には自信がある。会えて嬉しいよ。よろしく頼む」
爽やかな笑顔で真っ先に挨拶してくれたのは、柔らかな茶髪の王子さまみたいな青年――――だと思ったら、本物の王子さま。
『騎士』として勇者一行に加わるのだそうだが、大丈夫なのかな?
なんでも、代々の魔王討伐に王族が同行するのは決まり事らしく、幼い時から鍛錬を積んできたのだと、笑いながら教えてくれる。
「バルバラ・ダウラーラと申しますわ。癒しの力を持っています。……こんなに素晴らしい勇者さまにお会いできて幸せですわ」
両手を組み、白い頬を赤くして兄をうっとり見つめるのは『聖女』さまだ。キラキラとした大きな宝石のついた、お高そうな聖杖を持っている。
公爵令嬢らしく立ち居振る舞いが優雅なのだが、既に私には悪い予感しかしない。領主さまと神官さまが、条件その三をしっかり伝えてくれていることを祈るばかりだ。
「ローザ・サルヴァン……魔法使いです」
小さな声で名乗ったのは、黒髪を長く伸ばした女性。手には聖杖に比べれば地味な長い杖を持っていて、いかにも魔法使いらしい。
しかし、チラチラと兄に向ける視線は、ちょっと普通と違うような? かなり興味津々だということだけは、よくわかるんだけど。
なんだか、段々頭が痛くなってきた。
「ノーマンという。冒険者であちこち旅をしているから道案内は任せてくれ」
そう言って控えめに笑うのは、この中では一番年上に見える三十代の男性だった。体はよく鍛えられているし身のこなしにも隙がない。兄には敵わないだろうけど、かなり強いことがうかがわれる。たぶん、実戦であれば王子より強いのは間違いないはずだ。
「――――僕は、クリス。で、彼女は僕の世界一大切で可愛い妹のシロナだよ」
勇者一行から挨拶を受けた兄は、満面の笑顔でそう言った。
私の両肩に手を乗せると、ずずぃっと前に押しだしてくる。
「兄さん――――」
「シロナは、本当に優しい子なんだ。魔王討伐の旅になんか行かなくてもよかったのに、僕のために特別についてきてくれたんだから」
本気でそう思っているのが丸わかりの声で、兄は私を褒めまくる。無駄にいい声なのに、シスコン炸裂発言なのが、心底もったいない。
聖女さまは、せっかくの美しいお顔を歪ませギリギリと睨みつけてくるし、魔法使いも目を丸くしている。王子さまは緑の目をパチパチと瞬き、ノーマンの顔は引きつっていた。
「もうっ! ダメよ兄さん。私はあくまで兄さんの付き添いなんだから。他の人にとってはいないと同じ存在なの。皆さまが聞きたいのは兄さんのことなのよ。ちゃんと自己紹介してちょうだい」
私は仕方なく兄を叱った。
「こんなに可愛いシロナがいないと同じだなんて……そんな旅ならしたくない」
「そんなこと言わないで。ご領主さまと神官さまに約束したでしょう?」
「……したけれど」
「だったら約束は守らなきゃ。……私、約束が守れる誠実な兄さんが好きだな」
「本当?」
「本当よ。本当」
「わかった。じゃあ守るよ。――――あらためて、クリスだ。勇者に選ばれたそうなので、魔王を倒すつもりでいる。剣が得意だけど、槍も弓もそれなりに使える。魔法もだ。武器無しでも魔獣の二、三十頭なら余裕で倒せるから安心してほしい。旅の間よろしく頼む」
シスコンから勇者に変じた兄は、キリリとした表情で流暢な自己紹介を済ませた。
実は、村から旅だった翌日からこっそり練習していた挨拶である。そうでないと、私以外の他人にまったく興味のない兄が、なにを言いだすか――――いや、ひょっとしたらまったくなにも言わないか――――わからなかったからだ。
背筋を伸ばし真っ直ぐ前を見て堂々と話す兄は、文句なくカッコイイ。聖女さまと魔法使いの頬は赤くなるし、王子さまと冒険者も「おおっ」みたいな顔をしている。
いつもこうならいいのだが――――。
挨拶を終えた兄は、クルリと私の方を振り向くと、パッと花咲くように笑った。
「どうかな、シロナ? うまく挨拶できたかな?」
いつものように、膝を折って姿勢を低くして、顔をうつむけ頭を私の方に突き出してくる。
正直止めてほしいのだが、頑張った兄にご褒美をあげないと十日は拗ねまくるので、私も対応せざるを得ない。
「ハイハイ。とってもよかったわよ。兄さんが挨拶できて私も嬉しいわ。国王さまとの謁見もこの調子で頑張ってね」
私は、いつも通り兄の頭を無造作にわしゃわしゃとなでた。そういや散髪し損ねたなと、長い襟足の髪を見ながら思う。
私の手を頭に乗せたまま、顔を上げた兄の碧い目がジッと見上げてきた。
「――――シロナ、本当に嬉しい?」
「ええ。もちろんよ」
「そっか。…………ヘヘ、僕も嬉しいな」
ここまでがワンセット。王城であれどこであれ、兄は平常運転だ。とても幸せそうにニヘラと笑う。
ものすごく締まりのない笑みなのに、聖女さまと魔法使いは耳まで赤くして、王子さまは口をポカンと開け絶句した。
「…………大丈夫か、この勇者」
冒険者のノーマンの呟きに、激しく同意したい私だった。
◇◇◇
「――――勇者クリス、騎士アレン・ヴァルアック、聖女バルバラ・ダウラーラ、魔法使いローザ・サルヴァン、戦士ノーマン……そなたたちに魔王討伐を命ずる」
厳かな雰囲気の王城の大広間に、女王の声が響く。
一段高い玉座の前に跪いていた兄たち勇者一行は、左胸に右手をあて一斉に頭を下げた。
「承りました」
代表して兄が返答する。惚れ惚れするような美声と絵画の一幕のような姿に、勇者一行の出発式を見守っていた周囲からは「ほうっ」とため息が漏れる。
うんうん、よかった。今のところ、兄は余計なことはなにもしていない。まあ、昨日きっちり予行演習をさせ、このとおりにしなければ今後十日間口をきいてあげないと脅してあるので、おそらく大丈夫だとは思うのだが。
粛々と行われる出発式。この間、私は大広間の左端中央付近で領主さまの隣に立っていた。勇者一行と一緒に旅するとはいえ正式なメンバーではない私は、厳密にいえばこの場にいる必要はない。ただ、兄がなにかしでかしたときのストッパー役として参列して欲しいと、領主さまに頼まれたのだ。
あと、それとは別に、兄も私と一緒じゃなければ出発式になんて出ないと駄々をこねたせいもある。自分の隣に並ばせようとする兄を説得するのは、なかなか大変だった。
式を見ながら、冒険者のノーマンは『戦士』として参加するんだなぁなどと、のんびり考えていた私だったが――――とあることに気がついて、それどころでなくなってしまった。
兄の目の前。玉座に王冠をかぶって座っている女性が、私の産みの母だろう人物とそっくりだった件。
ちょっと、思考停止してしまった。
もちろん、私が産まれたのは十五年前で、短くはないその歳月がもたらした変化はあるけれど。……それでも、彼女が私の母なのは間違いないと思う。
……………………いや、これもう、どうしよう?