いつかみんなで一緒に
やっぱり、王城は伏魔殿らしい。
なおさら行きたいとは思えない。
黙ってしまったアレンを横目に見たバルバラは、言葉を続けた。
「シロナさんと勇者さまは、国境の要塞に入った後、そのまま故郷にお帰りください。できるだけ王兄殿下とも顔を合わさずに。王都や王城に行く必要もありませんわ。討伐報告などは、すべて私とアレンで行いますから」
それは、非常にありがたい申し出だが、それでいいのだろうか?
「バルバラ嬢、さすがにそれは――――」
「それくらい、なんとかしますわ。私は聖女で公爵令嬢ですもの。アレンも腐っても王子です。王族や高位貴族の十人や二十人、黙らせることくらいできるはずです」
止めようとしたアレンの言葉を遮り、バルバラは胸を叩いて断言する。
ものすごく男前の発言に、うっかり惚れてしまいそう。
「……腐ってもは、ひどいな」
呆気にとられたようにバルバラを見つめたアレンだが、やがてポツリとそんな抗議の言葉を漏らした。
「腐っていないと言うのなら、私に協力しなさい。できないなんて言わせませんわよ」
バルバラは、とても偉そうだ。さすが王位継承権第二位だけある。
アレンは、小さく苦笑した。
「……バルバラ嬢。君は、本当に変わったんだね」
「成長したと言ってくださいな。……それもこれも、シロナさんのおかげですわ。私は、シロナさんのためなら骨身を惜しみません」
本当に男前なバルバラだった。
アレンは、降参というように、両手を上げる。
「わかったよ。ごちゃごちゃ言う輩は、私と君で、全力で叩き潰そう」
どうやら話は纏まったらしい。
しかし――――。
「……本当にいいんですか?」
そんな我儘を押し通してしまったら、バルバラもアレンも立場上まずいのではなかろうか?
特にアレンは、今でさえ立場が微妙なのに。
心配する私に対し、二人は大きく頷いた。
「大丈夫。これでも王子だからね」
アレンは優しく微笑みながらそう話す。
「大丈夫ですから、ご心配いりませんわ。……ただ、代わりにお願いがありますの。――――すべてのゴタゴタが片づいてからでいいですので、私がお側に住むことを、許してくれませんか?」
バルバラは、そんなことを言いだした。
「え? お側に住むって――――まさか、私たちの村に住みたいってこと?」
「はい。移住したいんです。もちろん、領主の許可は取りますので。……よろしいですか?」
よろしいもよろしくないも、ただの村人の私に決定権なんてない。
けれど、バルバラはそれで本当にいいのかな?
「王位継承権者が、王都以外に住んでも大丈夫なの? 自慢じゃないけどうちの村は、なにもない田舎なのよ」
「地方に領地や別荘を持つ王侯貴族は大勢いますので、そのへんは大丈夫です。なにもなければ、私が持っていけばいいだけですから。……あと、私はシロナさんの村を永住地にするつもりですので、王位継承権は放棄します!」
サラッとバルバラが重大発言をする。
驚く私の前で、アレンが「それはいいな」と言いだした。
「私も王籍を抜けるから、君たちの村に移住させてほしい。……いや、いっそ私が領主となるのはどうだろう? 今の領主には、私の領地の一部を下げ渡せば、嫌とは言わないと思う。……それに、そうすれば、君と私の両親を王都以外で会わせることも可能になる!」
ちょっと、ちょっと、ちょっと待ってよ!
「おお、それはいいな、ご領主さま。俺も身辺整理をしたら、妻子を連れて嬢ちゃんの村に移住するつもりだから、よろしく頼むぜ」
ノーマン、あなたもなの?
「わ、私は、影ながらずっとシロナさんを見守ります!」
「私は、元よりシロナ……さんから離れるつもりはないぞ」
……ローザや魔王まで。
いや、魔王は監視も兼ねて側に置いておくつもりだったけど。
「みんな……そんな、どうして?」
驚く私に、全員が笑いかけた。
「そんなの、シロナさんの近くにいたいからに決まっていますわ」
「私は、君の兄だからね」
「嬢ちゃんの側なら、俺はもう一段階強くなれると思うんだ」
「シロナさんは、私の女神です!」
「……お前には、私をこんなにした責任を取ってもらわねばならないからな」
台詞は違うけど、みんな私の側にいたいと言ってくれる。
その声が、私の胸を打ち抜いた。
いや、もう、これ、どうしよう?
そういえば、こんなときいつも真っ先に反対するはずの兄が、やけに静かなような?
てっきり「シロナの側にいるのは、僕だけでいい!」とか、叫ぶと思ったんだけど?
「……兄さん、どうしよう?」
気になったので、私は自分から兄に聞いてみた。
みんなの気持ちは嬉しいけれど、素直に頷くにはいろいろ問題が多いと思ったから。
特に、バルバラやアレンは、そんなに簡単に今の立場を捨てられるとは思えない。
私と兄は一緒に暮らすのだから、問題点は共有しなければいけない。
すると、兄は予想もしない言葉を返してきた。
「好きにすればいい。……シロナも、他の奴らも」
ええっ?
本当に?
兄さん?
驚く私の頭を、兄はそっと撫でてくる。
「僕の一番はシロナだからね。シロナがいいのなら、多少目障りな虫が飛び回っていても、我慢くらいできるよ。……もっとも、シロナの一番の座は、誰にも譲らないけどね」
兄が……兄が……兄が!
兄が大人になっている!
私は、ジ~ン! と感動した。
「スゴいわ、兄さん! そんな我慢ができるだなんて!」
「シロナのためだからな」
兄は、ちょっと得意そう。
「兄さん!」
感極まって抱きつけば、兄も嬉しそうに抱き返してくれた。
「…………ちょっと、納得できないんですけれど」
「あの人、好きにすればいいって言っただけですよね? しかも、私たちのこと虫とか言っていましたし」
「あの程度のことで、あれだけ褒められるのは、おかしいだろう?」
「……羨ましい」
バルバラ、ローザ、ノーマン、アレンの順の言葉である。
「まあ、それだけ此奴が未熟だったということさ」
辛口評価は魔王から。
兄は、ギン! と魔王を睨みつけた。
「お前は、来なくていい」
「はっ、本音がでたな。やはりお前は狭量な子どもだ」
「狭量で結構! お前は、ここで死んどけ!」
兄と魔王――――といっても、可愛いひとつ目テディベア――――が睨み合う。
その後、あっという間に、バトルになった。
……うん、やっぱり兄は兄だ。
大人げなくテディベアと殺り合う兄の姿に、私はなんとなくホッとする。
それでも先ほどの譲歩は、兄の精一杯の優しさだろう。
それがなんとも嬉しい。
「もうっ! 兄さんったら、いい加減にしてよね! 魔王さんも、とりあえず王兄殿下対策を考えなくちゃならないんだし! ……そして、いつかみんなで一緒に暮らせるように頑張りましょう!」
私の村で、自由に、伸び伸びと。
思いをこめて叫べば、嬉しそうな笑顔が返ってきた。
こうして私たちは、ひとつの夢を抱いて、魔王討伐の旅を終えたのだった。
あと1話で完結です。