無理なものは無理です!
兄とアレンを上から目線で見やったバルバラは、なぜか偉そうに胸を張る。
「二人とも、自分の本当の気持ちもわからずに暴走して、他ならぬシロナさんにご迷惑をかけるだなんて、言語道断ですわ! けっして許されない行為ですわよ。夫だ兄だなどといっても、まだまだ未熟ですこと。この私のおかげでこの場が収まったことに、心底感謝して拝め奉ることね」
……いや、たしかに今回の騒動がうまく解決できたのは、バルバラのおかげと言えなくもないのかもしれないが、拝め奉るのはどうだろう?
「……それはちょっと、イヤかな」
「無理だ」
アレンと兄は嫌そうに顔を顰めた。
バルバラは、そんな二人を気にした様子もなく、手をパンと打ち合わせる。
「まあ、いいですわ。卑小な男どもが己の狭量さをさらけだしても、私は歯牙にもかけませんから。……それより、私たちは次なる事態に備えるための対策を練らなくてはいけませんわ!」
おお! バルバラがなんかカッコイイ。
それに、ちょうど私もそう思っていたところだ。
バルバラは、思っていた以上に頭の回る人なのかもしれない。
それとも、女王の姪として生まれ育った境遇が、そういった面を育て上げたのか。
アレンも、ハッとしたように表情を引き締めた。
「策略?」
しかし、兄は訝しそうな声を上げる。
これは、別段兄の頭が悪いわけではなく、なにかの対策なんて特別にしなくても、たいていのことは押し切れる実力を持っているせいだろう。
――――兄は小細工なんて必要としないから。
とはいえ、今回ばかりは無策で進むのは危険だった。
なにせ相手は、独眼竜政宗――――じゃなくて、王兄殿下である。
私の目標は、確実に要塞で待っているだろう王兄殿下から逃げることだ。
バルバラは、真剣な表情で私に向き合った。
「まず、シロナさんにお伺いしますわ。――――あなたは、我が国の次代の女王として君臨するおつもりがありますの?」
高い女性の声が、魔国の荒野に凜と響く。
ゴクリとノーマンが喉を鳴らす音が聞こえた。
アレンとローザも、ジッと私を見てくる。
「……は?」
兄は疑問の声を上げた。
すぐさまなにかを言おうとするが、私はその兄を制止し、声を上げる。
「ないわ」
迷う必要もない、明確な意思表示だ。
「なぜ? 君は、私の妹なのだろう!」
驚く声はアレンから。
バルバラは、私の答えを予想していたのだろう。驚く様子もなく頷いていた。
私は、アレンと視線を合わせる。
「――――私が、普通の村娘として育ったからです。今さら王族、ましてや女王になんてなれません」
シンデレラストーリーに憧れる人は数多いが、あれはあくまで物語だからいいのだ。
現実に身分の低い者が王子妃――――ましてや女王になることに、どれほどの苦労があるのか、おわかりだろうか?
どうしてそんな茨の道を、自ら歩もうとするだろう?
少なくとも私はごめんである。
「しかし。君は正当な王位継承者なんだよ」
「王位継承者は、他にもいるのでしょう?」
それこそバルバラとか、彼女の母とか。
幼いときから帝王教育を受けたであろう彼女たちの方が、私なんかよりよっぽど女王として相応しい。
王妹であるバルバラの母には、私を襲撃した疑惑があったけど、あの犯行は魔王の仕業だとわかったのだ。となればそれは冤罪で、彼女にはなんの罪もない。
それこそ、次期女王となっても安心な存在になったといえよう。
「君が第一王位継承者なんだよ!」
アレンは、納得できないらしい。
「女神の血筋を引いていれば、特に私である必要はないはずです」
私は、淡々と事実を述べて反論した。
女王として必要とされているのは、現女王や私が持っている強者を惹きつけ育てる女神の資質だ。
その力があれば、国は魔王の侵攻にも対抗できる。
事実、魔王を倒したのは兄だが、魔国の侵攻を防ぎ、当初からずっと国を守っていたのは、女王の王配や王兄殿下。
彼らの強さの根幹に、女王の力があったことは否めない。
女王の力を国が必要とし、その血筋を繋ごうとするのは当然のこと。
だからこそ、この国は代々女王を戴く王国なのだ。
――――しかし、此度の国難は、既に解決された。
魔王は私のペット――――もとい、配下となり、魔国も全面降伏している。
であれば、女王もまだまだ健在の今、国に私がいる必要はないんじゃない?
バルバラの母や、バルバラ自身、その他の女性王族もたくさんいるみたいだし、女王の血筋は、ちゃんと繋いでいけるよね?
まあ、次に女神の資質を持つ者が、私の娘やその子となる可能性もあるけれど……そのときはそのときだ。そんな兆候があったなら、即座に対応できるようにしておけばいいだけだろう。
私と違い幼いときから帝王教育を受けることができたなら、きっと立派な君主になってくれるはず。
――――ともかく!
私には無理だし、そのための努力をする気力も気概も持ち合わせがないので、次期女王とか止めてほしい!
「私は、私を育ててくれた村で、兄さんと一緒に平穏無事に暮らしていきたいんです。お城みたいな窮屈な場所は、私も兄さんも合わないわ」
たとえどれほど贅沢三昧できるにしても、絶対お断り!
私は、自由気ままに暮らしたい!
今さら私に、統治者の責任とか義務とか言われても、無理だから!
そもそも論として、転生前の日本で、国民主権・基本的人権の尊重・平和主義を基本理念とした日本国憲法の下で生きてきた私が、絶対君主制のトップになるなんて、できるはずがないでしょう!
よくあるラノベの主人公なんかは、簡単にその辺の価値観の違いを克服していたけれど……普通に考えてできっこない!
心の中で叫んでいれば、バルバラが「わかりました」と頭を下げた。
「っ、バルバラ嬢――――」
「シロナさんの望みが、私の望みです。私も、シロナさんがあの王侯貴族のドロドロとした政争に塗れて、疲弊する姿を見たくはありません」
バルバラの言葉を聞いたアレンは……口を閉じた。