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契約はしっかりと

 ところが、私が頑張って作成した『魔王討伐旅行における注意点』は、残念なことに日の目を見ることがなかった。

 兄の暴走にほとほと手を焼いた領主さまと神官さまが、兄に対する一番の抑止力として、私自身を一緒に連れて行くことにしたからである。


「え~?」

「頼む、シロナちゃん!」

 村長と両親に加え、領主さまや神官さまからも頭を下げられてしまっては、なんとも断りづらい。

「シロナと一緒に旅に行けるのか? …………嬉しいっ!」

 兄は、もちろん大喜びだった。

 魔王討伐の旅とか、ちょっとは私が危険だと思わない――――んだろうな。兄なら。むしろ魔獣とか魔王軍とかとの戦いで、自分のカッコイイところを私に見てもらえてラッキーとか思っていそうである。

 まあ私自身、兄が一緒で自分に危険が迫るなんて、ちっとも思えないのだけれど。


 仕方ないので条件をつけてオーケーした。



 条件その一。きちんと賃金を支払うこと。


「賃金?」

「ただ働きはしませんよ」

 兄を含めた勇者一行には、魔王討伐成功後に王さまから「望みはなんでも叶えよう」なんていう太っ腹な報酬が約束されている。

 しかし、その勇者一行の中に、兄のストッパー的役割の私が含まれるとは思えない。

 もちろん私は、将来的にはその兄から養ってもらう気満々でいるのだが、それは私が魔王討伐の旅に参加するしないに関わらずもらえる確定報酬。それとは別に働くのだから、その分の賃金は、きっちり支払ってもらいたい。

 世の中には、人類の敵である魔王討伐の旅なんだから、報酬なんて度外視で協力するのが当然だなんて言う聖人君子もおられるのかもしれないが、そういうサービス精神は、自分は良くても他人に迷惑をかけるだけである。


 思い出すのは、前世の会社の先輩だ。

 前世で私は、特にブラック企業というわけでもない、ごくごく普通の一般商社で事務の仕事をしていた。そして、たまたま一時間の時間外勤務をしたのだが、当然のこととして時間外勤務手当の申請をしたら、上司が「君の前任者は、一時間くらいの超勤では申請しなかったんだけどね」と呟いたのだ。

 なんと、私の前任者の時間外申請は、二時間を超えてから。一時間程度の超勤は、自分の仕事の段取りが悪かった場合もあるからと言って、つけていなかったらしい。

 もちろん、この場合正しいのは私だ。時間外勤務手当は就業規則にしっかり明示された当然の権利。通常時給の割増賃金に時間数をかけて、会社は社員に実績に応じた時間外勤務を支払わなければならないと、労働基準法で決められている。

 なのに、サービス精神旺盛な前任者の先輩のせいで、当然の権利を要求したはずの私は、お金に細かい強突く張りのレッテルを貼られてしまったのだ。

 もちろん先輩だって、後任の私にそんな思いをさせようだなんて思っていなかったに違いない。ひょっとしたらその先輩はお喋りな人で、仕事中世間話に花を咲かせ、それなのに仕事が終わらず時間外勤務をしてお金をもらうのは申し訳ないと思っていたのかもしれない。……実際、私もそういう奴が堂々と時間外申請をするのを見ると、イライラしたりもするけれど。

 しかし、権利は権利。お喋りな奴は、時間内に注意しない上司が悪いのであって、時間外勤務を請求するのに遠慮なんてする必要はないはずだ!




 …………えっと、私はなんの話をしていたんだっけ?

 あ、そうそう。つまり仕事には正当な対価を要求するのが当たり前だということだ。

 ということで、賃金は支払っていただきたい!


 私の要求に、領主さまと神官さまはちょっと引きながらも頷いた。



 さて、条件その二。アフターケアーはしっかりしてほしい。


「アフターケアー?」

「旅だった後のことです。まさか、面倒くさい仕事を押しつけるだけ押しつけて、後は知らんぷりなんてするつもりじゃないでしょうね?」

 魔王を倒す勇者一行は、最終目標こそしっかりあるものの、軍でいうのなら遊撃隊だ。王国軍と魔王軍の正面切っての戦闘とは別に、魔王城へ至る様々なルートから臨機応変に道を選び、必要に応じた戦いをして、最終的に魔王を倒す。

 とはいえ、軍は軍だ。軍の部隊が動くなら、当然補給が必要になる。いくら少数精鋭でも食料や消耗品、あと現地調達するのならその分の金銭の補充は不可欠だ。

「も、もちろんだ。必要な品々は旅立ち時にも十分に渡すが、その後も勇者一行が立ち寄りそうな各地に手配済みだし、それ以外でもご要望があれば適宜渡せるよう準備は整えている」

「その中に、私の分はありますか?」

「あ……」


 そんなことだろうと思った。いくら余分に用意してあるとはいえ、十人二十人にひとり増えるのと、四~五人にひとり増えるのとでは、割合が違う。ましてや私は女性。勇者一行に女性が何人いるかはわからないが、ひょっとしたら聖女ひとりだけということもあり得るのだ。その場合、女性用品は二倍準備してもらわなくては困る。

「私が不自由すると、兄が怒ります」

「……っ、わかった」

 領主さまと神官さまは、顔色を悪くした。余程兄が怖いのだろう。



 そして、最後の条件その三。私に嫉妬しないこと。これが一番重要である。


「嫉妬?」

「主に、聖女さまとか、聖女さまとかなんですけど」

 重要なことなので、二回言いました。

 領主さまと神官さまは、酸っぱいものを食べたような顔になる。


 ――――兄は、イケメンだ。そりゃあもうカッコよく、兄を見た女性の十人中十人は惚れるんじゃないかというような美々しさっぷり。

 …………なのに、シスコンなのだ。

 おかげで、私は幼い頃から兄狙いの女性に嫉妬されまくっていた。兄に恋する女性たちは、みんな私を、自分の恋の障害物だと認定し、私さえいなければ兄の気持ちは自分に向くのだと思いこむ。

 実際は、まったくそんなことはないのだが。

 たとえ私がいなくとも、兄がその人を愛するかどうかは不確定なはずだ。

 なのに、なんでみんな、私さえいなければ自分が選ばれると信じてしまうのだろう?

 しかも今回兄の近くにいる女性は、限られることになる。最悪聖女さまだけだという可能性もあるが、その場合聖女さまは、私さえいなければ兄の一番になれると思いこむに違いない。


「私は、皆さまにお願いされて、嫌々、渋々、心ならずもやむにやまれず、兄と同行することになったのです。そのことを勇者一行の女性陣、特に聖女さまに、きっちり、しっかり、ばっちり言い聞かせてくださいね!」


 私は、くれぐれもと念入りに領主さまと神官さまに依頼した。本当は、一緒に行く女性全員から血判を押した宣誓書を出してもらいたいくらいなのだが、さすがにそれは諦めた。

 よほど私は必死だったのだろう。領主さまと神官さまは、若干引きながらも「わかった」と言ってくれた。



 まだまだ不安だが……まあ、今の時点ではこれ以上できることはない。

 こうして、一抹の不安を抱えながらも同行を決めたのだった。


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― 新着の感想 ―
まあ間違っても兄と血が繋がってませんとは言わん方が良い案件。 逆により狡猾な女性なら、将を射んとする者はまず馬を射よで彼女に近づいて仲良くなってだろうが。
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