兄さんとお婿さんとお嫁さん
「え?」
「え?」
兄とアレンが、そっくり同じ動作で私を見てくる。
「私が、シロナさんの兄?」
アレンは、呆然とした。
「シロナの兄は、僕だけだ!」
一方兄は、いつもの台詞で――――あ、でも……考えたら、兄さんは知っていたことじゃない?
なんで、今知りました! みたいなショック受けているのよ?
「血のつながりなんて関係ない! シロナが兄と認めてくれるのは、僕だけだ!」
兄は、血相を変えてそう叫んだ。
――――ああ、はいはい。そういうこと。
「そうよ。私の兄さんは兄さんだけだわ。でも、それとは別に、アレンさんと私の血が繋がっているのは間違いないみたいなの。だから、私はアレンさんの気持ちを受け入れられないのよ」
これなら兄も納得してアレンさんを殺そうとしなくなるはず。
「……私が、シロナさんの兄?」
アレンは、まだ混乱中だけど。
「シロナの兄は、僕だけだ!」
――――あ、また兄さんは、さっきの台詞に戻ってしまった。
まさか、もう一度同じやりとりをしなきゃならないの?
エンドレスで繰り返すとか……ないわよね?
不安になったところに、救いの声が聞こえてきた。
「――――急にクリスさんが引き返すからなにかと思えば……そういうことでしたのね」
現れたのはバルバラで、彼女の後ろにはノーマンとローザも立っている。
「みんな――――」
「シロナさん……あなたは、私の従姉妹だったのですね」
すっかり話を聞かれてしまったようだ。
「まさか、嬢ちゃんが失われた王女さまだったとはな」
「シロナさま……さすがです」
驚いたふうなノーマンと、なにやら感動しているローザ。
「シロナは、僕の妹だ!」
そして兄は……変化なし。
もう、どうしようかと思っていれば、兄の前にバルバラが進みでた。
燃えるような赤髪の美少女は、兄に思いっきり呆れた目を向けている。
「……相変わらず視野が狭いのね。今の話は、あなたにとって幸いでしょうに。……勇者さま、あなたって、兄と妹は一生一緒にいられないことを、わかっていないのかしら?」
「シロナは僕の妹だ!」
一点張りもここまでくると、感心する。
「ええ、そうね。……で、勇者さま、お聞きしたいのですが、あなたのお家のお父さまには妹さんはいらっしゃらないの? もしくは、お母さまにお兄さまはいらっしゃるかしら?」
バルバラは、そんなことを聞いてきた。
兄と私の父――――私にとっては育ての父は、男ばかりの三人兄弟の次男坊。姉も妹もいやしない。
一方、母には兄がいた。同じ村で鍛冶屋をしていて、私や兄にも優しい伯父さんだ。
思いも寄らぬことを聞かれた兄は、訝しそうにバルバラを睨んだが、それでもきちんと返事する。
「……母方の伯父がいるが」
「そう。それでは、その伯父さまは、お母さまとご一緒に暮らしておられるのかしら?」
兄は、聞かれてハッとした。
もちろん母と母の兄は、別世帯だ。
同じ村内とはいえ、会うのは週に一、二度くらい。
愕然とした兄の顔を見て、バルバラは得意げに笑った。
「もうおわかりでしょう? 兄妹は、全部が全部そうではないけれど、普通は互いに結婚して独立し別々に暮らすものなのよ。つまり、あなたがシロナさんの兄である限り、いつかシロナさんは別の殿方と結婚し、その方と家庭を築き、あなたから離れていってしまうのが、世間一般の常識なの!」
自分の左胸に左手を添えたバルバラは、高らかにそう言った。
兄は――――ガックリとその場に両膝をつく。
「嘘だ! ……シロナが、いつか僕を捨てて他の男と出ていくなんて!」
ちょっと! 言い方!
それじゃ、まるで私が浮気して夫を捨てる妻みたいに聞こえるじゃない!
憤慨する私を余所に、バルバラはなおも兄にたたみかけた。
「あなたがシロナさんの兄でしかなければ、いずれ間違いなくそうなりますわ」
ホホホと楽しそうに笑う。
兄は、今度は両手を地面について項垂れた。
昔懐かしいorzのポーズである。
――――しかし。
ひょっとして、兄は今までその可能性を少しも考えなかったのだろうか?
それは、ちょっとショックだ。
……私は、この旅を続けている間に、少しは考えたのにな。
このシスコン兄では、私の結婚なんて許すはずもないから、他の誰かと一緒になるなんてできっこないかな――――とか。
同じ理由で、兄が私以外の人と結婚とかもありえないよね――――とか。
その場合、幸いにして私と兄の血はつながっていないから、私が兄をお婿さんにしてあげるしかないのかな――――とか。
困ったシスコン兄だけど、きっと私にとってはいい旦那さんになるわよね――――とか。
………………本当に一ミリも考えたことないの?
ずっとずっと兄妹として暮らしていくのだと思っていたのかしら?
それはそれで、私ばかりが空回りしていたようで、居たたまれない。
ちょっと落ちこんでいれば、兄は私の考えを肯定する言葉を発した。
「……シロナと僕は兄妹で、ずっとずっと一緒に生きていくのだと思っていたのに!」
――――やっぱり。
兄さんって、本当にバカよね。
……でも、地を這うような低い兄の声には、執念というより怨念のようなものが混じっていて、その想いの強さだけは疑えない。
そのあまりに未練がましくて、どうにも情けない声を聞いた私は、ついさっきのショックを、仕方ないなぁと一旦脇に置いておくことにした。
――――これが、私の兄さんなんだから。
「……兄さんは、妹じゃない私は嫌なの?」
だから、私から話しかける。
「違う! そんなはずないじゃないか!」
即座に返ってくるのは、全力の否定。
「シロナはシロナで、僕のたったひとりのシロナだ!」
――――いや、兄さん、それわけわからないから。
本当に、もう苦笑するしかない。
「私も兄さんは兄さんよ。でも、ずっと一緒にいられないのは嫌だから……兄さんでなくなってもいいかなと思っていたんだけど」
兄は、クシャリと顔を崩す。
「僕は、兄さんでなくなるの?」
そんなに不安そうな顔をしなくてもいいのに。
「ええ。兄さんじゃなくて、お婿さんでもいいんじゃないかなって?」
兄は、ポカンと口を開けた。
口だけじゃなく、綺麗な碧の目も限界まで見開かれている。
「え? シロナ、それって――――」
「兄さんは、私がお嫁さんじゃ嫌?」
兄は……言葉を失った。
「兄さん?」
言葉だけじゃなく、意識も失ったらしく、ピクリとも動かない。
もう、本当に仕方ないんだから。
「……………………お、お、お、お、お嫁さん!?」
しばらく待っていたら、ようやく復帰した。
「ええ、そうよ。兄さんがお婿さんで私がお嫁さんなら、ずっと一緒にいられるでしょう?」
今度は、プルプル震えだす。
「本当? 本当に? ……僕がシロナのお婿さん?」
「ええ。私がお嫁さん。私と兄さんで、父さんと母さんみたいに、ずっと一緒に暮らしましょう」
プルプルプルプルプルプル――――。
「やったぁぁぁっ!」
ずっと震えていた兄は、突如歓声を上げて跳び上がった。
ざっと十メートルくらいは、垂直跳びをしたのではなかろうか。
「やった! やった! やったぁぁっ!」
今度は、キャット空中三十回転。それも連続でクルクルクルクル回っている。
「……ちょっと、止めて兄さん。目が回る」
うっかり兄の動きを目で追いかけて、私の視界までクルクル回ってしまった。
「あ、ごめんシロナ! つい嬉しくって。……僕らは、一生共にいられるんだね!」
「ええ、そう言ったでしょう、兄さん。兄さんは、それでいい?」
「もちろん! よくないはずがないよ! ……シロナ、大好き、愛している!」
兄からの「好き」は、言葉でも行動でもいっぱいもらっているけれど……なんだか、ジンとする。
「私も好きよ、兄さん」
「シロナ~っ!!」
兄は、両手を広げて駆けてきた。
きっと私を抱き締めたいのだろうけれど、私にはその前にやることがある。
「ストップ! 兄さん、ステイ!」
片手を前に突きだし制止をかければ、兄はその場にピタッと止まった。
私は、体の向きを変えて、ずっと呆然としたままのアレンに目を向ける。
「――――ということで、アレンさん。私はあなたの告白には応えられません」
そう言った。
アレンは、ゆっくり私へと視線を合わせる。
その口が開く前に、私は言葉を続けた。
「だって、私はあなたの妹ですから。……アレンさんも、もう一度ご自分の気持ちを見つめ直してください。たぶんあなたの好意は、恋愛感情ではないと思います」
他人の気持ちを勝手に決めつけるのはよくないが、兄のしつこいくらいの愛情を毎日浴びていた私の目から見れば、アレンの気持ちは短慮でなんとも淡泊に見える。
もちろん、兄を基準に考えるのが間違っているのは知っているのだけれど。
「……僕が、シロナさんの兄?」
アレンは、結局そう言った。
まだ混乱しているのだろう。
「はい。そうです。信じてもらえるかどうかわからないのですが。――――私には生まれたばかりの頃の記憶があって、その中で見た私の母は、女王陛下と同じ顔をしていたんです」
きっと、この説明がアレンには一番納得してもらえるはずだ。
私と同じ緑の目が、大きく開かれた。
「母と――――」
「はい。……私の記憶の中の母は、必死に私を逃がしてくれました」
「……そうか」
アレンは、下を向く。
やがて、ゆっくりと顔を上げた。
「君が、私の妹。…………そうだね。そう考えると、なんだかしっくりくるよ」
優しい笑顔を向けられて、私の気持ちも在るべき場所に収まったような安らぎを感じる。
ドキドキはしないけど、トクトクと温かくって、ほんわかするような。
私とアレンが微笑み合っていれば、当然のように兄――――クリスが、そこに割って入ってきた。
「シロナは、僕の――――」
「はいはい、兄さん。落ち着いて。アレンさんは、私の兄さんだから、兄さんの兄さんにもなるのよ」
――――まったく嫉妬深いんだから。
この説明は、自分で言っても混乱しそうになってくる。
「……僕の兄さん」
やっぱり兄も、飲みこめないようだった。
「えぇ~?」
アレンも複雑そう。
二人で顔を見合わせると……どちらからともなく、目を逸らす。
「ホホホ! 少しは落ち着いたのかしら?」
そこに、楽しそうに割って入ってきたのは、バルバラだった。




