飼い殺しがお薦めです
ヒヨコは、パチパチとまばたきする。
「……そんなことを聞かれるとは思わなかったな」
「大事なことですから」
「フム」
魔王は、少し間をあける。
「……そのとおりだ。私の死と同時に、次代の魔王が魔国のどこかに誕生する」
やっぱり、そうなのか。
「――――その魔王は、あなたの記憶を引き継ぎますか?」
ヒヨコは、もう一度まばたきした。
なぜか、羽の中に嘴を突っこみ羽繕いをはじめる。
「聞き方を変えましょうか? あなたには、あなたの前の魔王の記憶がありますよね?」
ヒヨコは、ピタリと動きを止めた。
やがて、羽の中から頭を上げる。
「そうだ。……だが、なぜわかった?」
「あなたは、兄に会ったとき『此度の勇者』と言いました。その前に、私を連れてきたオルガにも『此度の勇者』と発言していましたし――――」
聞いたときは、まったく気にせず聞き流したのだが、よくよく考えたら少しおかしな言い方だなと思ったのだ。
『此度の勇者』ということは、『それ以外の勇者』も、この魔王は知っているのではないかと、思い至った。
「よく聞いているのだな」
「このくらい普通ですよ。――――魔王は、代々の記憶を引き継いでいる。……それで間違いないですね?」
「……………………ああ」
魔王は、肯定した。
その瞬間――――私の中にずっとあった疑問が、ストンと腑に落ちる。
ああ、やっぱりそうなのか。
「――――先ほど私がした、我が国の女王の話を、あなたは知っていましたよね?」
私の言葉に、兄がビクッと震えた。
あの日、私と王兄殿下の話を盗み聞きしていた兄も、この話は知っている。
「……………………ああ」
やはり、否定の言葉は、ヒヨコの嘴から紡がれない。
「――――それで、女王の系譜を手に入れようとしたのですか? ……生まれたばかりの私を狙ったのは、あなたですね?」
女王の力は、力を持つ者を無条件で惹きつけることと、その者の力を大きく育てること。
もしも、魔王がそれを知っていたのなら、その力を欲しないはずがない。
「そうだ」
魔王は、あっさりと肯定した。
――――そうよね。
おかしいと、思っていたのよ。
私――――女王の娘が狙われた事件の黒幕は、誰もが女王の妹だと思っている。
国民すべて、なんなら実の娘のバルバラでさえ、犯人は自分の母だと思っているふしさえあるほどだ。
……しかし、未だ犯人は捕まっていない。
これだけ怪しいと思われているのに、女王の妹は拘束すらされていないのだ。
つまり、それだけ調べても、彼女が企てたという証拠がでないのだろう。
よほどうまく隠滅したのだと思っていたのだけど――――もしも、そんな証拠がそもそも存在しないものだとしたら?
犯人が女王の妹でないのなら――――どれほど疑われていたとしても、証拠など、出てきようがないのである。
そして、女王の妹が犯人でないのなら、真犯人は別にいるはずだ。
犯罪――――しかも、一国の女王とその娘を狙うほどの事件を起こすのならば、そこには強力な動機がある。
今まで、それほどの動機を持っているのは、女王に娘さえいなければ自分が女王になれる妹だけだと思っていたけれど。
もしも、魔王が女王の血筋に潜む能力を知っていたとしたならば、魔王にも十分な動機があることになる。
私は、ジッとヒヨコを見た。
聞きたいことが、まだあるからだ。
「襲われた女王が、自分の娘を危険から逃すために転移させるだろうことも、あなたは予想していましたか?」
魔王は、もう悪びれない。
「もちろん」と直ぐに肯定した。
私の質問を待たずに言葉を続ける。
「その場合かなりの確率で、赤子の転移先がこの世でもっとも強い者の元になるだろうという予測も立てていた。女王が選ぶにしろ、生まれたばかりの赤子が無意識に選ぶにしろ、己を守る強者に庇護を求めるに違いない。――――私は、当然、自分が選ばれると思っていたのだが……」
魔王の口調に苦いモノが混じる。
選ばれたのは、兄だった。
「…………ひょっとして、私の住んでいた村の辺りに、強い魔獣がいたのって、あなたの嫌がらせですか?」
「あの程度の魔獣にてこずるような相手が、私をさし置いて選ばれるはずがないだろう? 嫌がらせなどではない、ちょっとした小手調べだよ」
……いや、間違いなく嫌がらせだったよね?
まあ、鳳魔凰は美味しかったので、かまわないけれど。
――――策を練り、実行し、満を持して待っていた魔王の元に、私は現れなかった。
母が望んだのか、それとも私が望んだのかは不明だが、私は辺境の村に暮らす、たった二歳の子どもの元に転移したのだ。
――――いやきっと、私自身が、兄を選んだに違いない。
なぜか、そう確信できる。
「さすが、私、見る目があるわ!」
自信満々にそう言った。
「……シロナ?」
「私は、出会う前から兄さんが大好きだったってことよ」
うん。概ね間違っていないと思う。
兄の顔が、クシャリと歪んだ。
「シロナ、シロナ、シロナ! 僕も大好きだよ!」
「うん、知っている」
ギュウッと兄が私を抱き締める。
私は、手の中の魔王を潰されないように必死で守るのに一生懸命だ。
その後、ようやく落ち着いた兄の目の前に、私はヒヨコを突きつけた。
「――――という訳で、この魔王は私と兄さんで面倒をみることになりました!」
「え? 待って、待って、待って、シロナ! なにが『という訳』なの?」
兄は、混乱顔。
「もうっ、聞いていなかったの? 兄さんったら。……いい? この魔王を、今この場でプチッと殺っても、別の場所で、同じ記憶と力を持った新たな魔王が生まれるだけなのよ。まあ、その新生魔王が大きくなって、また人間の国に攻め入ってくるまでは、また百年くらいかかるのかもしれないけれど……それより目の前のこの魔王を、未来永劫飼い殺しにする方が、世界的には平和になると思わない?」
魔王が、前世の記憶と力を持って転生する生き物ならば、これまでに、なんど魔王討伐を成し遂げても、歴史が繰り返されてきたのも頷ける。
この魔王を殺しても、同じ歴史が繰り返されるだけだろう。
ならば、この辺で断ち切るのも、立派なひとつの手段ではなかろうか。
「……飼い殺しとは、ひどいな」
「なんでもするから、私の側にいたいって言ったでしょう? 飼い殺しにされるくらいで、文句を言わないでください」
ヒヨコから上がった恨み節を、私はピシャリと遮った。
「僕は、百年後なんてどうでもいいから、今この魔王をプチッと殺りたいんだけどな」
兄は、相変わらず魔王を憎々しげに睨んでいる。
「まあ、それはそれで魅力的な案なんだけど……後からいろいろバレて、非難されたら嫌でしょう?」
「黙っていれば、わからないよ」
「壁に耳あり障子に目あり、なにより転生できる魔王には、口封じができないもの」
私が肩を竦めれば、兄は悔しそうに黙った。
たぶん、説得できたかな?
「じゃあ、兄さん、さっさと帰りましょう。まずはアレンさんたちと合流して王城へ。それから、私たちの村へ」
兄は、驚いたように私を見る。
「僕たちの村?」
「もちろんよ。父さんも母さんも、みんな私たちを待っているわ」
私の帰る場所は、いつだってあの村だ。
まあ、その前に、ちょっといろいろ面倒事がありそうな気もするけれど。
でも大丈夫。私には、魔王を討伐した勇者な兄がついているのだから。
いざとなれば、兄をけしかけると脅せばなんとかなるだろう。
兄は――――泣きそうな顔をしていた。
「うん。うん。帰ろう。シロナ」
「ええ、兄さん!」
兄は、やっぱり泣きだした。
本当。泣き虫なシスコン兄である。




