可愛いは正義です
目をパチパチとしていれば、上着の裾をツンと引かれた。
「え?」
見れば、小さな手がキュッと私の服を掴んでいる。
その手をたどれば――――そこには、とんでもなく可愛い五歳くらいの子どもがいた。
肩口で切り揃えた黒い髪と、大きな黒い瞳。
白くてやわらかそうなほっぺはツヤツヤで、赤い唇はプルプルだ。
そして、子どもの頭の両側には、おもちゃみたいに小さな巻き角がついていた。
「――――まさか……魔王?」
おそるおそる尋ねれば、子どもはコクリと頷く。
「いかにも。かなり力を削られたのでな、このような姿になってしまった」
声と口調はこれまでの魔王と変わらなかった。
しかし……外見が幼すぎる!
これが、噂のギャップ萌えだろうか?
……どうしよう?
キュンキュンするんだけど!
「絶対違うだろう! きさま、わざとだな!」
叫ぶなり、兄が剣で魔王に切りつけてきた!
スッと避けた魔王は、今度は私の足にしがみついてくる。
「シロナから離れろ!」
「子ども相手に、大人げないぞ」
「どの口が、それを言う!」
兄は、器用に魔王だけを剣で狙い、魔王はそれを軽々と躱した。
私の周りをクルクル回りながら繰り広げられる戦いに、こちらの目が回りそう。
「もうっ! いい加減にして!」
ついに私は怒鳴った。
ピタリと動きを止める二人。
「とりあえず、兄さん、ステイ! そして、魔王、あなたその姿、本当にわざとじゃないの?」
兄は、不承不承といったふうに、待ての体勢に入った。
魔王は、幼子なのに尊大な仕草で首を縦に振る。
「勇者に心臓の九割ほどを消滅させられたのでな。体を小さくしなければならないことは、事実だ」
…………その言い方。
「意図して隠している事実は、なに?」
魔王は、目を泳がせた。
「兄さん、そいつを切り捨てていい――――」
「待て! 待て! 待て! 言う! 言うから!」
魔王は、焦ったように私を止めた。
大きくため息をついて、前髪をかき上げる。
五歳児なのに色っぽいとか……反則だろう。
「体を小さくしなければならないのは本当だが、特にこの姿でなくともいい」
「……具体的には?」
「魔獣や魔物の幼体の姿でも大丈夫だ」
そう言いながら魔王は、ポン! と姿を変えた。
現れたのは、魔腮鼠の子どもだ。ただし、小さな巻き角付き。
どう見ても、角のある赤ちゃんハムスターにしか見えないモノが、つぶらな黒い瞳で私を見上げてきた。
「ぐっ……鳳魔凰でもいけますか?」
「……フム」
再びポン! と音がして、現れたのは極彩色の……ヒヨコ。
やはり頭の両脇には小さな巻き角がついている。
「採用!」
思わず私は、サムズアップした。
「シロナ!」
「だって、可愛いんだもん!」
可愛いは、正義だ。そう思う。
私はヒヨコを両手ですくい上げた。
頬ずりしたくなるのを、なんとか我慢する。
「……二度と人間に手出しをしないと、誓う。お前の言うことには、なんでも従う。……だから、私をお前の側に置いてくれ!」
ヒヨコが、つぶらな瞳をひたと向けて頼んできた。
もう、それだけで「うん」と頷きたくなる可愛らしさである。
「そんな言葉、信用できるか!」
私の衝動を既のところで止めてくれたのは、兄の怒声だった。
「お前の信用は必要ない。私が得たいのは、彼女の信用だけだ」
「――――こいつ!」
カッとなった兄は、ヒヨコに剣を向けてきた。
私は、慌てて両手でヒヨコを包みこむ。
「シロナ!」
「兄さん、止めて。大丈夫よ」
とりあえず、止めた。
「……シロナ」
「わかっているわ。このヒヨコは魔王だもの。……人類の敵で、信用なんてできようもない存在だわ」
私は、兄の目をしっかり見て、そう話す。
「だったら――――」
「でも……いえ、だからこそ私には、魔王に確認したいことが、ひとつあるの。兄さん、この魔王は、私に任せて」
兄は、迷っているようだった。
「……危険だ」
「ええ。でも兄さんが私を守ってくれるんでしょう?」
「それは、もちろん守るけど――――」
「よかった。だったら安心ね」
私の言葉に、兄はギュッと唇を噛んだ。
「わかったよ。……僕は、シロナには勝てないからね」
ついには、そう言ってくれた。
「ありがとう。兄さん」
両手でヒヨコを持っているため、手の使えない私は、兄の胸にグリグリと頭を擦りつけて、感謝を表す。
「…………羨ましい」
ポツリと聞こえた声に、両手を開いた。
ジッとそこにいたヒヨコが、私を見つめてくる。
私は、コクンと息を呑んで、覚悟を決めた。
「あなたを側に置くかどうかを決めるために、教えてほしいことがあります」
「なんでも答えよう」
ヒヨコの魔王は即座に頷く。
私は、深く息を吸った。
「――――もしも、今ここであなたが死んだとしたら、次の魔王は直ぐに生まれますか?」