その好意は、ご遠慮いたします
全身鎧の防御力は高く、剣で斬ろうとしても歯が立たないというのが常識だ。
反面、力任せの衝撃は伝わりやすい。
斬るより殴る方が効果があるというのは、兄から教えてもらった知識。
まあ、私は蹴ったんだけどね。
ドゴォ~ン! と吹き飛び壁に叩きつけられた首無し鎧から、剣だけ奪い取った。
そのまま壁沿いに走りだす。
私の走ったすぐ後では、壁際に並んでいた他の首無し鎧や、ちょっと不気味な彫刻たちが、次々と破壊されていった。
あ、断っておくけど、私のせいじゃないからね。
私を狙って破壊光線を発する魔王の仕業だよ。
まったく、自分の味方まで一緒に攻撃するとか……やっぱり、私の好みじゃない。
広いこの部屋の出口に辿り着いた私は、ピタリと立ち止まった
同時に魔王の攻撃も止まってしまう。
……ううん、残念。
勢いで、私の背後の閉まっている扉を壊してもらいたかったんだけどな。
まあ、そこまで都合よくいかないか。
「――――なにゆえ、逃げた?」
魔王が問いかけてくる。
とはいえ、その声に怒りや苛立ちは感じない。純粋に興味深いと思っているだけのよう。
「あなたが私の好みじゃなかったからです」
私は、正直にそう言った。
魔王は、虚を突かれたような顔をする。
すかさず私は、持っていた剣を魔王めがけぶん投げた!
同時に、ありったけの聖魔法を魔王に放ち、再び壁沿いを反対回りに走りだす。
動きを止めることなく、落ちていた鎧や彫刻の武器を拾っては魔王に投げた。
長剣、短剣、長槍に短槍、斧もハルバードも手当たり次第。
魔王の後ろに回って盾も叩きつけてみたけれど、ことごとく防がれてあんまり効果はない。
……くそっ!
聖魔法も物理も効かないとか、強敵すぎるでしょう!
一周回って、武器の中で一番使えそうな両手剣を構えて、再び魔王と対峙した。
「ちょこまかと」
でも、さすがに魔王も苛立たしそう。
ダメージは受けなくとも、煩わしかったのは間違いないだろう。
「私って鬱陶しい女でしょう。心の底から嫌ってもらってかまいませんよ」
むしろ、全力で忌避していただきたい!
そう思って私は、我ながらウザいと思われるポーズを決めた。
片手で髪をサッとかき上げたのだ。
魔王は、驚いたように目を見開き……やがて、プッと吹きだす。
「ククッ……私に嫌ってほしいのであれば、その場で怯えて震えるふりでもしておればよかったものを」
笑いながら、そんなことを言ってくる。
「でもその場合、問答無用であなたに殺されちゃいますよね?」
「……まあ、そうだな。卑小な存在に生かす価値は感じない」
だったらそんな選択できっこないじゃない!
ムッとして見返せば、魔王は考えるように目を伏せた。
「…………お前は、私に嫌われたいのか?」
今度はそんなことを聞いてくる。
「好みじゃないって言ったでしょう!」
まったく、人の話を聞いていない魔王である。そういうところも気に入らない。
「なぜだ?」
視線を上げた魔王は、心底不思議そうに聞いてきた。
……こいつは、自分が人類の敵である魔王だという自覚がないの?
「私は勇者の妹なのよ。兄と敵対している相手を好きになるはずないでしょう!」
決まり切ったことを言わせないでほしい。
この際だ。ついでに、先ほどから気に入らないと思っていたことも、全部まとめて言ってやろう。
「だいたい、人と話しているのに、偉そうに椅子にふんぞり返ったままなのも気に入らないのよ! 上から人を見下ろしてくるような相手に、好意なんか持てるはずがないでしょう!」
さっきだって、私の攻撃を椅子に座ったまま微動だにせずに防ぐなんて、腹立たしいったらありゃしない!
なにからなにまで気に入らないのだ。
こんなにイライラするのは、久しぶり。
そう。このときの私は、本当にどうしてここまでと思うほど気が逆立っていた。
後にして思えば、誘拐されてかなりストレスがたまっていたせいだとわかるのだが、それは落ち着いてからのこと。
仲間だと思っていたローザに裏切られた結果とはいえ、簡単に誘拐されてしまった自分自身の不甲斐なさも相まって、私のイライラは、頂点に達していたのだ。
――――だから、私らしくもなく、魔王に当たり散らしてしまった。
せめて、もう少し冷静になっていれば、この後の、あのとんでもない展開にはならなかったのかもしれないのだが。
そんな未来の自分の後悔も知らない私は、感情のままにキッと魔王を睨みつける。
魔王は「そうか」と頷いた。
おもむろに立ち上がると、フッと姿をかき消す。
次の瞬間、魔王は私の目の前に現れた。
――――瞬間移動の魔法だ。
「え?」
驚く私の前に……魔王は跪いた!?
「これでいいか?」
下から私を見上げながら、そう聞いてくる。
……………………うん。どうしよう?
「……魔王が簡単に跪くんじゃないわよ」
動揺した私の台詞が、これだ。
……自分で見下ろすなと言っておきながら、ちょっとアレかなとは、思うけど。
「だが、こうしないと、お前は私を好いてくれないのだろう?」
いや! そうは言ってない。
「跪いたら好くとか言っていませんから! そもそも、あなたは、私に好かれたいんですか?」
このとき、私の頭の中は、大混乱。
どうしよう? と、なんで? の言葉がグルグル回っている状態だ。
魔王は、考えるように首を傾げた。
「……フム。どうやらそうらしい?」
「なんで!?」
「私も不思議だ。……つい先ほどまで、面白そうなおもちゃだとしか思えなかったのだがな。壊してしまっても別にかまわないなとさえ思っていた」
怖ろしい発言を平然と言わないでほしい。
「しかし、お前に逃げられて胸がモヤッとしたのだ。好みじゃないと言われてショックを受けた。嫌ってほしいと言われて……嫌いになれないとわかったのだ」
そこは、わかってほしくなかった。
……………………いやいや、おかしいでしょう!
おもちゃだと思っていた相手に、どうして急にそうなるのよ?
逃げられて、嫌がられて……好かれたいだなんて――――魔王って、マゾなの?
「……私に被虐趣味はないぞ。加虐趣味なら、多少は理解できるがな」
私の心の声が聞こえるはずもないのだが、魔王はそんな言い訳をしてくる。
……ますますアウトな情報だ。
「私は、どっちも理解したくありません!」
「そうか。お前がそう言うのなら、私も理解するのは止めよう」
主体性がないにもほどがある!
混乱の極みにあった私の脳裏で……隻眼の美丈夫がクスリと笑った。
――――ひょっとしてこれは、私が女王の娘だからなのだろうか?
魔王は強いから、無条件で私に惹かれているのかも?
信じたくはないのだが、もうこの状況では、それ以外考えられないではないか。
ホント、どうしよう?
こんな遺伝、ほしくなかった!
とはいえ、今そんなことを言ってもしかたない。
ともかく、この状況に対応していくしかない。
私は、このまま魔王に好かれるメリットとデメリットを考えた。
――――魔王は、私の前で跪いたままだ。
背が高いので、その姿勢でも頭は私の胸の位置くらいで……悔しいけれど、顔がいい!
いや、それはどうでもいいのだが……魔王の様子を見るに、私に危害を加えることはないと思われた。
というか、命令待ちの大型犬に見えるのは、目の錯覚か?
ドーベルマンとかシェパードみたいな、カッコイイ軍用犬を思いだす。
この状況を見るからに……もしも、私が魔王の好意を受け入れたなら、目の前の人類最大の敵は、戦わずして私のモノになりそうだった。
そうすれば、魔王の脅威も、それに伴う魔族、魔獣の危険も消えて、人間側は、労せず無血の勝利を得られるかもしれない。
万々歳の結末で、たぶんこれが一番のメリットだ。
比してデメリットとして考えられるのは――――他ならぬ兄の存在だろう。
私が魔王の好意を受け入れると決めたとしても、果たしてあの兄が、それを認めてくれるかどうか?
今でさえ、私に好意を見せはじめたアレンやバルバラ、ノーマンを、面白く思っていないのが丸わかりなのに。
彼らと悉く張り合い、自分が私の一番にならないと気が済まない、あのシスコン兄が、あらたに現れた邪魔者を、敵視しないはずがない!
となれば起こるのは、兄VS魔王の死闘といったところか?
――――つまり、今と同じ状況じゃない?
……。
…………。
………………状況が変わらないのなら、魔王に好かれる必要は、ないよね?
結局、私はそう思った。
たいしたメリットもないのに、気に入らない魔王に好かれたいとは思えない。
「……あなたの感じる私への好意は、私の『力』で強制的に引き起こされたモノである可能性があります」
だから私は、魔王に教えてやった。
「強制的?」
「はい。……私には、強い者を惹きつける『力』があるのだそうです。強ければ強いほど、惹きつける力は大きいのだとか」
「……つまり、この想いは偽物だと言うのだな?」
「間違いありません!」
私は、胸を張って断言した。
傲岸不遜な魔王が、他者の能力によって強制的に抱かされた『好意』を面白く思うはずがない。
きっと、すぐさまその『好意』を疎ましく思うだろう。
自分の中から切り捨てようとするはずだ。
心配なのは、その過程で私ごと想いを消し去ろうとする可能性だけど……まあ、そのときはそのとき。
隙を見つけて逃げだせば、なんとかなるし、なんとかする!
決意もあらたに魔王の反応を見ていたのだが……思いの外、魔王は考えこんでいた。
悩む必要、なくない?
「……偽物の想いだから、お前は受け取れないと言うのだな?」
「はい?」
ついには、なんだか想定外のことを言いだした。
しかも、私の疑問形の「はい?」を肯定の「はい」と勘違いしたらしい。
「……そうか。しかし、お前の話が本当ならば、勇者も私と同じはずだな。……それなのに、なぜお前は勇者と一緒にいるのだ? どうして、奴の好意を受け入れている?」
………………えっと?
この人――――じゃなくて、魔王、自分と兄さんを比較しているの?
そして、同じだと思っている?
私は、大きなため息をついた。
――――同時に、心の片隅で、この場に近づく懐かしい気配を感じとる。
心臓がトクトク落ち着いて、とてつもない安心感が満ちてきた。
……ああ、もう、大丈夫だ。
「――――あなたと兄さんは違いますよ」
だから、私はそう言った。
「どこが?」
「見れば、わかります」
きっと一目瞭然だろう。
魔王は、驚いたように目を見開く。
次の瞬間――――ドゴォォォ~ン! という派手な音と同時に、この部屋の天井の一部が壊された!




