無理寄りの無理です
一方、魔王城。
魔王に話しかけられた私は、少しだけ考える。
「えっと、とりあえず、このロープをほどいていただけますか?」
ダメ元で、聞いてみた。
そう。実は、私、手足を縛られたままなのよね。
これじゃ話しかけられても、まともな会話は難しいと思うのよ。
魔王は、ちょっとだけ目を大きくした。
「なぜ、私がそんなことをしなければならない?」
「あ、いえ。質問されたから、きちんと向き合って答えたいなと思いまして」
手足を縛られて寝転んだ状態では、相手の顔を見ることも難しい。この状態で話し合いとか無理だろう。
私の答えを聞いた魔王は、少し考える様子を見せる。
やがて、ほんの微かに指を動かした。
すると、たちまちロープが消えていく。
ああ、よかった。
……まあ、実はやろうと思えば自分で縄抜けぐらいできたんだけど、あまりそういう技術は見せない方がいいものね。
ホッと息を吐いた私は、ゆっくりその場で立ち上がった。
「はじめまして、魔王さま。私はシロナといいます」
初対面の相手には、きちんと挨拶を。
それが敵だろうとなんだろうと、常識だと思う。
「はじめまして、か? ……その余裕は、勇者が必ず自分を助けてくれると信じているからか?」
魔王は、そんなことを聞いてきた。
「まあ、それもありますね」
実際兄は、今この瞬間も私を助けるべく走っているはずだ。
今までは、道中の魔族を倒しつつ進む旅だったが、私を攫われた瞬間、兄の目標は私の奪還以外なくなったに違いない。
そんな、なにより最優先の目標を持った兄が、この場に駆けつけないはずがないではないか。
少なくとも、私はそう信じている。
「……それも、か? では、他の理由はなんだ?」
あ、ちゃんと気づいたのね。だったら、教えてあげようか。
「まず、ひとつ。――――あなたが、ずいぶん退屈そうだなと思うからです」
私は、顔の前で指を一本立てた。
「退屈?」
魔王は、片眉を上げる。
「はい。見るからにつまらなそうな顔をしていらっしゃいますよね? そういう人は、自分の元に現れた珍しい相手を、そうそう簡単に殺したりしないんです」
好奇心は猫も殺す――――たしか、イギリスのことわざで、猫は九つの命を持っていると言われるくらい死とは遠い生き物だけど、その猫でさえ好奇心が強すぎれば死ぬことがあるという意味だったはず。
言い換えれば、そんな死の恐怖を知りながらも、好奇心は抑えがたいということで、たぶん目の前の魔王も、それは同じ――――いや、退屈を感じていれば感じているほど、好奇心に抗うのは難しいだろう。
勇者の妹という私の危険性がわかっていても、己の興味の方を優先してしまうに違いない。
論より証拠。闇そのものだった魔王の黒い瞳には、今、微かなきらめきが灯った。
「そして、二つ目。――――あなたが自分の強さに相当な自信をお持ちだと思うからです」
「ふむ。たしかに私は強いからな」
なんの気負いもなく、魔王は自分の強さを認める。
「お前には、私が強いゆえに勇者など敵と思わず、お前を殺す必要はないと判断するように見えたのだな?」
今度は、魔王自らが私の考えを推察してきた。
「はい」
……まあ、それだけじゃないんだけどね。
私は心の中で、こっそり付け加える。
このとき、私の脳裏に浮かんでいたのは、隻眼の美丈夫だ。
王兄でもある彼は、女王が『力を持つ者を無条件で惹きつける力を持っている』と、私に教えてくれた。
そして、私にもそれと同じ力があるのではないかと疑っていたのだ。
――――魔王は強い。
兄に比しても、純粋に力だけを見るならば、大差ないと感じられる程度には、強いと思う。
だとすれば、私は魔王を惹きつけるのかもしれなかった。
なににも興味を持てない子どもだった兄が、私を拾ってきたように、この世界のすべてに倦んでいるように見える魔王も、私を望むようになるのかも?
……。
…………。
………………いや、それは嫌だな。
自分の考えに沈みながら魔王を見ていた私は、自分で自分の問いかけを全力否定した。
無理、無理、無理、無理、無理寄りの無理だ!
はじめて知った。
どうやら私は、偉そうな俺さま男は、趣味じゃないらしい。
この魔王に好かれるなんて、絶対ごめんである。
確固たる意志で、そう思う。
――――となれば、私のとる行動はひとつだろう。
即断即決、即実行が、私のモットーだ。
次の瞬間、パッと壁際に走った私は、首無し鎧の一体を、思いっきり足で蹴り飛ばした。