騎士の覚悟(アレン視点)
「なんなの! なんなの! あの化け物!! あんなに強いなんて聞いていないわよ!」
バルバラがヒステリックに叫ぶ。
最近は見られなくなった光景で、なんだか懐かしいなんて思う私は、きっと現実逃避している。
「……隠していたんだろう。それか俺らに合わせていたか」
ノーマンの声の端に怯えが滲む。
周囲一帯荒野と化したこの風景を見てしまっては、それも無理もない。
実際、私の手も震えていた。
これほどの力を見せつけられてしまえば、震えずにいることなんて不可能だ。
「――――聞いてはいたんだ。勇者は、俺たちと合流する前にたったひとりで魔王を殺しに行こうとしたって。補給も助力もなにひとつ必要とせず、まるでちょっとした狩りに行くような気軽さで旅立とうとしたんだと。……本当のことだったんだな。たしかにこの強さがあれば、ひとりで魔王討伐も可能だろうさ」
ハハハとノーマンが乾いた笑い声を漏らす。
「だったら、なんで今まで実力を隠していたのよ!?」
バルバラも叫ばなければ正気を保っていられないのだろう。
「……シロナさんゆえだろう。シロナさんが止めたのか、それともシロナさんに嫌われたくなかったのか……どっちにしろ、クリスのやることすべては、シロナさんのためだ」
それだけは、わかりきった真実。
クリスの目には、シロナさんしか映っていない。
――――本当に信じられないシスコンだ。
私も伯父上を見ていて、シスコンには理解のある方だけど、それでもあれはあり得ないと思ってしまう。
……あんなんで彼は、シロナさんをお嫁にだすことができるのかな?
シロナさんにプロポーズするのは、命がいくつあっても足りないな。
遺書は何通必要だろう?
いや、私が書くわけではないけれど。
……どんな文面にしよう?
――――私は、フッと笑った。
私も大概だ。
この惨状を見ながら、そんなことを考えられるなんて。
クリスとのこれほど大きな彼我の差を見せつけられて、それでもシロナさんや彼から離れることが考えられないなんて。
「なにを笑っているのよ!」
私の笑顔を見とがめたバルバラが、怒鳴りつけてきた。
「ああ、すまない。……でも、笑う以外ないだろう? ここまで実力差があってはね。これからどれだけ努力しないといけないかと思ったら、気が遠くなるよ」
バルバラは、信じられないといったように、目を見開く。
「……あなた。まだ勇者と一緒にいようと言うの?」
「当然さ。私は勇者一行の『騎士』だからね」
どれほど実力差があっても、諦めるわけにはいかない。
そんなことをしたら、シロナさんと一緒にいられなくなってしまうから。
「君だってそうだろう? つい先ほどまで、クリスと一緒に行こうとしていたんだから」
「だってそれは、シロナさんを探すために――――」
言葉を切ったバルバラは、ギュッと唇を噛んだ。
やがて、ギラギラと輝く赤い瞳で私を睨みつけてくる。
「……ええ、行くわ。私だって『聖女』ですもの」
彼女のこんな表情は、見惚れるほどに美しい。
まあ、私の好みではないけどね。
「俺も行く。ここでスゴスゴ帰ったら、妻と娘に顔向けができないからな」
ノーマンも、そんな酷い顔色でよく言うよ。
とはいえ、私も同じような顔色をしているのかもしれないな。
――――あらためて、なにもなくなってしまった荒野に目を向けた。
こんな光景を作りだしてしまった相手を追いかけるのかと思えば、足が竦む。
しかし、私たちは勇者一行だ。
そして、この光景の向こうには、シロナさんがいる。
覚悟を決めて足を踏みだした。