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旅立たなかった勇者と私の事情

 しかし、村長もさるものひっかくもの。

 神官と領主という無礼を働いたらまずい相手と兄が会う前に我が家にやって来た村長は、言葉巧みに話しだす。

「――――クリス、お前は勇者に選ばれたんだ。勇者がなにかは知っているな?」

「絵本で読んだことはある」

 本当は村長などと話したくない兄は、仏頂面を隠すこともなく返事した。兄がそっぽを向かないのは、村長が私のすぐ横に座っていて、嫌でも兄の視界に入るからだ。


 辺境のド田舎にある私たちの村にも、絵本はある。もっともすべて村の共有財産で、自由に読むことなどできないのだが、それらの本を教材にして子どもたちは文字を習う。

 その中の一冊に『勇者の冒険』という本があった。文字どおり、勇者に選ばれた男の子が仲間と旅をし魔王を倒す冒険譚で、村の子ならみんな知っている。

「そう、その絵本の勇者だ。シロナちゃんが大好きなお話なんだぞ」

「え?」

「え?」

 疑問符がふたつ。ひとつは兄で、もうひとつは他ならぬ私である。

 いや、別に私は『勇者の冒険』なんて好きだった覚えはない。嫌いでもないが、特に思い入れもなにもない、知っているだけの話のひとつでしかない。

 ちなみに、村長が私を「ちゃん」付けで呼ぶ理由は、そうしないと兄が怒るからだ。自分は呼び捨てにされても、私の呼び捨ては相手が誰でも許さない。おかげで私は村人全員から十五歳になった今でも「シロナちゃん」と呼ばれていた。

「ここだけの話、実はシロナちゃんは勇者に憧れているんだ。きっと、大好きなお兄ちゃんが勇者になって魔王を退治したら、もっともっとお兄ちゃんが大好きになるに決まっている」

 …………兄の背後には両親が立っている。

 二人は揃って両手を合わせ、私を拝んできた。

 どうやら村長と両親は、兄を勇者にするために私を利用しようとしているらしい。

 しかし、いくら兄でも、さすがにこんな手に乗るはずはない…………と思うのだが。

「本当か?」

 兄は、食いつき気味に私に聞いてきた。

 兄の視界から自分が外れたと判断した村長は、私の横で縋るような視線を向けてくる。両親はペコペコと頭を下げ、米つきバッタのよう。



「………………………………うん」

 大人三人の涙目に負けた私は、小さく頷いた。

「俺、勇者になる! 勇者になって魔王を退治する!」

 兄は、御年十八歳。私さえ絡まなければ、クールで頭脳明晰、できる男……のはず。

 ――――そう。私さえ絡まなければ。

 私が絡んだ案件についてだけは、兄はポンコツシスコンになるのだった。

 なんでこんな見え見えの村長の口車に乗るのかなと、呆れ果てる私をよそに、村長はそのまま兄を自分の家に連れて行く。

 怒濤の勢いで神官と領主に会った兄は、あれよあれよという間にそのまま村を旅立った。

 きっと村長が、兄の気の変わらぬうちにと思ったに違いない。


「俺は、五日ともたずに帰ってくる方にかけるぞ」

「五日なんて長過ぎだろう。絶対三日以内に帰ってくるね」

「私は、明日中には帰ってくると思うわ」

 兄たちを見送った私の後ろでは、村人たちが好き勝手言いながら賭けをはじめていた。旅だった兄が何日で帰ってくるかの賭けらしい。

「なんでそんなに短いの?」

 私は首を傾げた。

 魔王が居るという魔王城は、私たちの住む大陸の北端にあり、この村からかなり遠い。普通に旅すれば一年以上はかかる距離だと聞いていた。どんなに兄が規格ハズレの能力の持ち主でも、五日で往復なんて無理だろう。……十日くらいならなんとかなるかもしれないが。

 ひょっとして村人たちは、私に会えないのが寂しくて、兄が途中で帰ってくるとでも思っているのだろうか?

 しかし、ああ見えて兄は、私に対してだけは律儀者なのだ。一度魔王を倒すと私に宣言したからには、途中で投げだして戻ってくるはずがない。

 すると、私の表情から言いたいことを察したのだろう、明日中に帰ってくると言った雑貨屋のおばさんが「違うわよぉ」と言いながら片手をヒラヒラさせた。

「クリスちゃんが魔王退治を自分勝手に止めるだなんて、私たちの誰も思っていないわ。村に帰ってこようってするのは、クリスちゃんじゃなく、同行している神官さまとご領主さまのことよ」

「え?」

「だってクリスは魔王を倒しに行ったんだろう? あいつのことだ、きっと魔王城を一直線に目指すに違いないや」

「だよなぁ。でも、神官さまやご領主さまは、一度王城に行こうと思っているんだろう?」

「そうそう。たしかお城で任命式だか出発式だかやるんだってよ」

「勇者の他にも聖女さまや騎士さまなんかと一緒に旅立つって聞いたぞ」

「でも、クリスちゃんなら、みんなまとめていらないって言うわよね?」

「絶対、城なんて寄らずに魔王城を目指すに決まっているさ」

 おばさんに続いて、村人たちがわらわらと会話に加わってくる。


 なるほど、言われてみればそのとおりだ。

 魔王討伐の旅とはいっても、そこにはいろいろプロセスがある。勇者に選ばれた兄を、王都から神官が迎えに来るのもプロセスなら、その勇者が王城で国王から正式な認定を受け、出発式を行うこともプロセスだろう。

 それに、村人の言うとおり、勇者は単独では魔王討伐に行かず、勇者一行と呼ばれるチームを組むというのが、古今東西のセオリーだ。事実「勇者の冒険」の中でも、聖女や騎士、魔法使いなど、勇者を助ける仲間と共に旅立っていた。

 彼らが王城で勇者の到着を待ち構えているのは、想像に難くない。


 ……まあ兄ならば、そんなプロセスや仲間なんて、まったく必要としないだろうが。

 そんな兄の思惑とは別に、同行した神官と領主が兄を王城に連れて行こうとするのは明白だ。そして兄が、彼らの言うことを聞く可能性が一ミリもないことも。

「暴走するクリスちゃんを止められる人なんて、シロナちゃん以外いないわよねぇ」

 おばさんの言葉に、村人は一斉にうんうんと頷いた。

 そんな中、村長が口を開く。

「一応、わしも領主さまにその辺の説明はしたんだがな。なかなか信じてもらえなかった。なんといっても、クリスは見た目だけは穏やかで立派な好青年だからな。きちんと話せば理解してくれるはずだと言い返されたよ。……むしろ『お前の言い方が悪いんだろう』とバカにされたくらいだ」

 ハハハと、村長は空笑いする。しかし、彼の小さな目は、暗い光をたたえていた。

「仕方ないから、クリスが暴走したとき用の対処メモだけ押しつけてやったんだ。嫌々受け取って鞄に放りこんでいたが……そのうち必死な形相で探しだして読むんだろうな。そのときの焦りまくった顔が、見てやりたい」


 ――――村長の笑顔は、たいへん黒かった。きっと領主とのやり取りの中で、かなり鬱憤がたまったに違いない。

「……なんてメモしたんですか?」

「もちろん、一発でクリスが村に帰って来る呪文さ。『シロナちゃんが泣いているからすぐ帰れ』って書いたよ」


 それは、間違いなく効果抜群だ。たとえどこでなにをしていようと、すべてを放り出し駆けつけてくる兄の幻影が、目に浮かぶ。

「俺も明日に賭けるぞ!」

「俺だって」

「むしろ今日明日中にそのメモが見つからなきゃ、領主さまも神官さまもクリスに置いてけぼりにされるんじゃないのか?」

「本気のクリスについて行くのは、無理だからな」

「……てことは、このまま魔王城まで暴走往復で、十日後かな?」


 兄が、北の果ての魔王城まで十日で往復可能というのは、村人全体の共通認識らしい。

 賑やかにかけを続ける村人たちを、私は呆れかえって見つめていた。




 ――――幸いにして、兄は翌日早朝に村へ帰ってきた。

 領主さまと神官さまが、ボロボロになっていたのは、言うまでもないだろう。





 さて、ここらでひとつ、私のことについても言及しておこうと思う。

 既におわかりの方もおられるかもしれないが、私は前世日本人の転生者である。

 おかげで、生まれた時から自分の環境を認識できていた。

 とはいえ、あくまで自分視点なので、確実なことまでわからない。


 転生した私が生まれたのは、見た目豪華な部屋だった。母と思われる女性と二人のメイドに世話されて『ひょっとして、私って悪役令嬢?』などと思ったのだが、そこに黒覆面の悪漢が数人押し入ってきて、命の危機にさらされた。

 あっという間にメイド二人を倒した悪漢は、母に抱かれていた私に手を伸ばす。

 絶体絶命と思われたその瞬間に、母がなにやら怪しい呪文を唱えた。

 そして次の瞬間、私は気づけば大きな木の下にひとり放り出されていたというわけだ。


 おそらく母は魔法使いで、私はあの場から逃がすために転移させられたのだろう。

『悪役令嬢モノかと思っていたら、捨てられ幼女モノだったの?』

 そう思い、我が身の不運を泣き叫んでいた私を拾ったのが、兄だったのだ。


 その後、今日まで本気で自分が『捨てられ幼女』だと信じて疑わなかった私だが、どうやらこの世界は『悪役令嬢モノ』でも『捨てられ幼女モノ』でもなく、正統派RPGの『勇者モノ』だったらしい。

 他ならぬ兄が勇者に選ばれたのだ、間違いない。


 私も些か(・・)普通とは違うと思っていたのだが、兄に比べれば能力の差は歴然だ。

 容姿から見ても、兄が主人公なのは、一目瞭然だと思う。




 ……いやいや、ちょっと恥ずかしい。

 転生したから自分がヒロインだと思いこむなんて、自意識過剰も甚だしかった。

 そういえば、昨今のラノベでは、脇役転生者なんてザラだったな。


 そもそもゲームやラノベでは、主人公の数奇な運命にスポットを当てがちだが、現実に考えれば主人公以外の多くの人々――――所謂モブの中にも、特殊な事情の持ち主はいるはずだ。

 生まれてすぐに悪漢に襲われて、山の中に転移させられた人だって――――きっと、千人にひとりか一万人にひとりくらいは……いるに違いない。


 ……いるよね?





 ――――まあいい。

 私は『勇者モノ』の脇役モブだった。それさえわかれば十分だ。

 今後は勇者の妹として、魔王を倒した兄が王女あたりと結婚して得る不労所得のおこぼれに与って、細々と生きていければ御の字だ。

 あれだけシスコンな兄が、私以外の人間と恋に落ちるところなんて想像もつかないが……いや『勇者モノ』で、勇者が魔王を倒し王女と結婚するのは出来レース。きっと奇跡の出会いとやらがあって、兄は真実の愛に目覚めるに違いない。


 となれば、この後の私の役目は、兄に「ちゃんと王城に行きなさい」とか「王さまにタメ口きかないでね」とか「パーティーの仲間と仲良くしなきゃダメよ」と言い聞かせることだろうか?


 ……結構いろいろありそうだから、一覧表にしておこうかな?

 今度は、途中で帰って来ないようにしなくっちゃだし、表を作ったら父にもダブルチェックが必要か。



 この後作った一覧表は、羊皮紙五枚に及ぶ大作になった。


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