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VS 魔王?

 順調に魔国を旅していた私たちだったが、けっして油断していたわけではない。

 常に索敵は怠らなかったし、自分たちの力に慢心し魔物を侮ることもしなかった。

 隙を見せず、予測不能な事態にも対応できるよう体勢を整え、万全を期して戦っていたのだが――――しかし、それらの根幹にあったのは、仲間に対する信頼。

 勇者一行五人プラス勇者の妹ひとりという限られた人数の中では、裏切り者がいた場合の対策なんて立てられるはずもなく、そもそもそんな可能性を考えたなら、魔王討伐の旅そのものが成り立たなかった。



 ――――結果、この窮地である。


「……ローザさん。なぜあなたが?」

「ごめんなさい! でも、魔国滅亡を防ぐためには、こうする以外なかったの!」

 縛られ捕らわれた私に対し、ローザは平身低頭謝ってくる。


 ここは、どことも知れぬ部屋の中。

 天井は高く、壁は石造り。窓もない中、壁際に松明が燃えている。


 換気とかしなくって大丈夫? と思ったが、部屋の広さのせいか、それとも通気口がどこかにあるためか、空気はそれほど悪くなかった。

 それが、救いといえば救いなのかもしれないけれど……。


 ◇◇◇


 ――――今日の魔族の攻撃は執拗だった。

 敵はアンデッド系で、魔獣のゾンビやスケルトン、デュラハンや吸血鬼と勢揃い。

 倒しても倒しても湧いて出て、バルバラは大張り切りだ。


「私の聖魔法の見せ場ですわ!」


 その言葉は嘘ではなく、彼女の回復魔法はアンデッドにとっては即死魔法となり、バッタバッタと敵を倒していく。

 もちろん、兄やアレン、ノーマンもいつも通りの大活躍。

 私たちの周囲には敵の死体が山となり、終始優勢で戦いは進んでいた。


 ……ただ、敵も怯まない。

 どんなに倒されても挑みかかってくる敵に、私が違和感を覚えたのは、戦いがはじまって二時間ほど経ったときのこと。


「兄さん、この敵は()()()()わ。なにか他に目的があるのかもしれない」

「わかった。一旦退こう」


 兄の判断も素早かった。

 広い戦場でばらけて戦っていた私たちは、別々に退却して前日に野営した場所で再集合することに。

 あらかじめ決めてあった魔法を使った合図を打ち上げ駆けだした私の横に、ローザが近づいてきたのは、退却をはじめてすぐのことだった。


 打ち合せとは違う動きに、あれ? となったけど、まあそういうこともあるかなと思う。

 気にせず走っていた私の足に力が入らなくなったのは、突然だ。


「……え?」

「ごめんなさい。シロナさん」

 ローザの謝罪の言葉が聞こえて……私は意識を失った。


 ◇◇◇


 ――――そして、今ここである。

 私は、ローザに裏切られ誘拐されたのだ。


「……魔国を滅亡から防ぐためって、どういうこと?」

 ローザはたしかにそう言った。

 勇者の妹でしかない私を誘拐することと、魔国の滅亡がどこをどうしたら繋がるのだろう?


 ……まさか、ローザは私が女王の娘だって知っている?


 いったい、いつ、どうしてバレたの?


 戦々恐々した私だったが、幸いにしてこの懸念は外れた。

「この前、シロナさんは言ったでしょう。――――あなたが勇者に『滅ぼして』と願わない限りは、彼は魔国を滅ぼさないって――――私の祖母は魔族で、私は祖母から魔国の滅亡を防いでほしいって頼まれているのよ」


 へっ……マジ?

 まさか、そんな事情があったなんて思いもしなかった。


 しかし――――バカなの、ローザ?


「だったら、これは逆効果でしょう!」

 私は思わず叫んでいた。



「え?」


「たしかに兄さんは、私の言うことなら無条件になんでもきくシスコンよ! だからこそ、ローザさんが魔国を滅ぼしたくないのなら、私から兄さんに「魔国を滅ぼさないで」ってお願いするように働きかけるべきだったのよ! ……なのに、こんなことをして――――私を誘拐された兄さんが、怒り狂って魔国を滅亡させるとは、思わなかったの?」




「――――あ」


 あ、じゃない! あ、じゃ!

 間違いなく、あの兄ならきっとやる!

 私には、魔族すべてを蹂躙し、魔国の大地を焼き払う悪鬼のごとき兄の姿が見える。


「……そんな。どうしよう?」

 どうしようもなにもないでしょう!

「ともかく、一刻も早く私を兄さんの元に帰して! 怒って暴れだす前になんとか宥めなくっちゃ!」


 私の言葉に、ハッとしたローザは、慌てて私を縛っていたロープをほどこうとする。

 しかし、この場には他にも人――――いや、魔族がいた。


「おい! なにを勝手に逃がそうとしているんだ。せっかく苦労して捕まえたのに」


 そう言って、ローザを止めたのは、頭に二本の角を持つ鬼人だ。

 どうやら私の誘拐には、この鬼人も協力したらしい。


「でも、オルガさん! 今の話を聞いたでしょう?」

「聞いたけど、それがなんだって言うんだよ!」

 オルガと呼ばれた鬼人は、私をギロリと睨みつけた。


「勇者がそいつを大事にしているって言うんなら、そいつは勇者に対する人質になるだろう? そいつを盾にして、勇者にこっちの言うことをきかせりゃいいだけじゃないか!」

 オルガは、馬鹿にしたようにローザを怒鳴りつける。


 しかし――――甘い! 甘々だ!

 あの兄が、素直に私を人質に取られたままでいるはずがない。


「無理よ! 兄さんが、私を人質になんてされて、黙っているはずないでしょう!」

「お前が大事なら、勇者は手を出せないだろう。喉元に短剣突きつけて脅してやる」


 そんな手が通じるような兄ではない。


「兄さんなら、あなたがぴったり私に貼りついていたとしても、一瞬であなた()()を真っ二つにできるわ! もちろん、私にはかすり傷ひとつつけることなくね」


 その程度のこと、兄なら朝飯前なのだ。

 私の喉元に短剣を向けた時点で、哀れオルガの二枚おろしができるだろう。


「……な、なら、お前は勇者の前には連れて行かない! ここに閉じこめたままで脅してやる!」

 ちょっぴり顔色を青ざめさせながら、オルガは叫んだ。


「……そんな暇があったらいいわね。今この瞬間も、兄さんは私を探しているわ。兄さんの索敵能力は、スゴいわよ。――――子どもの頃、私が深い森の中に落とした小さなボタンひとつ見つけるのに、ものの数分もかからなかったもの」


 あのとき私は森で遊んでいて、自宅に帰ったらボタンがひとつ取れていたのだ。

 どこにいつ落としたのかもわからなかった子ども服のボタン、しかも迷彩柄を、兄はあっという間に見つけてきた。

 けっして家の近くにあったとか、分かり易い場所にあったとかいうわけではない。

 後日「ここに落ちていたんだよ」と兄に教えてもらった場所は、森の奥の奥。草木の生い茂る藪の中だった。


 どうやって見つけたのかと聞いた私に、兄は「シロナが一度でも身につけたモノを僕が見つけられないわけないだろう」とニッコリ笑って答えてくれたものだ。


 ……さすが、シスコン――――いや、シスコンという枠で一括りにしたら、他のシスコンに悪いレベルのシスコン兄である。



 私の言葉に、オルガはますます顔色を悪くした。

「くそっ!」

 悪態をつくなり、私の側に寄ってくる。


「オルガさん! なにをするつもりなんですか?」

 焦ったようにローザが叫んだ。

「こいつを連れて行くんだよ! 勇者に見つかっても大丈夫な場所にな!」

 言いながら、オルガは縛られたままの私の腕をとる。


「待って、オルガさん!」

「転移!」


 ローザとオルガの声が重なって――――。

 気づけば、私は先ほどとは違う屋内にいた。




 前の部屋よりもはるかに高い天井と、広い空間。

 やはり窓はないのだが、室内のあちこちに燃え盛る松明が、部屋と壁際に並べられた不気味な彫刻を照らしだしている。

 素材のわからない黒い壁に黒い床。

 奥まった場所には、一段高い壇があり、そこに奇っ怪な形の椅子がある。

 捻れた樹が絡みついたような形の椅子の色は、血のごとき深紅。



 ……うわぁ、座り心地悪そう。

 思わず私はそう思った。

 私なら絶対座りたくないその椅子には、酔狂にもひとりの男が座っている。


 長いストレートの黒髪。

 闇をそのまま閉じこめたような黒い瞳。

 瞳を囲う人間であれば白目の部分は赤だ。

 蝋のような白い顔は、整いすぎて作り物のよう。

 そこに紫の唇が弧を描いている。


 座っていてもかなりの上背があるとわかる男の頭には、オウムガイみたいな立派な巻き角がついていた。




 ――――ひょっとして、ひょっとしなくても。


()()()()! お願いがございます!」


 私が怖れていた名前を、オルガが大声で叫ぶ。



 ……そうよね、やっぱり。

 どこからどう見ても、目の前のその人(?)は、魔王らしい。


 私はガックリと肩を落とした。

 まったく、どうして選りに選って魔王のところになんて連れてくるのだろう。


 項垂れる私を余所に、オルガは私が勇者の妹で、誘拐して人質にしたいのだと、魔王に説明をはじめた。



 その話をまとめると――――。

 どうやら、ローザみたいに魔族の血を持つ人間はそれなりにいるらしく、非公式に組織化され、その一端は祖国である魔国にも繋がりがあったらしい。

 今回の勇者による魔国殲滅予言も、当然のように情報共有されていて、この件に関する魔国側の代表がオルガだった。

 ローザから、勇者の規格外すぎる強さと、その勇者を唆せる私の存在を伝えられ相談されたオルガが発案したのが、私の誘拐だったのだ。

 あの、後から後から湧いて出るアンデッド系モンスターを用意したのもオルガで、その隙に乗じて私を誘拐したのはローザ。

 その後、私の話を聞いて、勇者から私を隠すために魔王の力を借りたいのだと、オルガは順序立てて訴えていた。



 いや、必死さはわかるんだけど……これってかなり身勝手な話じゃない?

 ここで今、こうやって説明しているってことは、事前にきちんと計画を提出していたって感じじゃないし?

 勝手に誘拐をしておいて、我が身に危険が迫ったら助けてほしいなんて言われても、私なら怒るんだけどな?


 魔王は、オルガが話している間、ジッと私を見ていた。

 お綺麗なその顔には、なんの表情も浮かんでいない。

 やがて、チラリとオルガに視線を向けた。



「――――つまりお前は、私も魔国も此度の勇者に()()()と言いたいのだな?」



 低く、冷たい声だった。

 ああ、そっか。そう言われれば、そういうことになるわよね。


「あっ! い、いえっ! けっしてそのようなことはありません!」

 オルガはブルブルと震えだした。

「では、どうしてその娘を誘拐したのだ?」

「ま、万が一の可能性を潰したかったのです!」

「万が一でも、私が勇者に負けると?」

「そ、それは――――」


 オルガの顔色は真っ青だ。


 まあ、でも、そうだよね?

 魔国が滅亡する心配をするってことは、魔王の勝利を信じていないってことだもの。

 そこを指摘されちゃったら、言い逃れなんてできっこない。


 このまま失禁でもするんじゃない? ってくらい怯えるオルガに冷たい目を向けていた魔王は、微かに片手を動かした。

 同時に、この部屋の壁際にあった頭のない鎧の置物の一体が、ガチャガチャと動きだす。



 ……え?

 ひょっとして置物じゃないの?


 置物――――もとい、首無し鎧の魔物は、容赦なくオルガを捕まえた。


「くっ! 離せっ、魔王さま、俺は――――」

 ワーワーと喚くオルガを引っ立てて、鎧は出ていってしまう。



 ……そっか、あれってデュラハンの一種だったんだね。

 首なし馬に乗っていなかったから、わからなかったわ。

 考えてみれば、天下の魔王城に頭の取れた置物を飾っておくはずないもの。


 …………ひょっとして、他の不気味な彫刻たちも、本物だったりするのかな?

 あの、でっかい三葉虫みたいな頭部を持った彫刻が動いたりしたら、かなり嫌なんだけど。


 私は、怖々と不気味な彫刻たちを眺め回す。

 ――――うん。考えないようにしよう。

 密かにそう決意していた。


 そして、いつの間にか周囲が静かになっていることに、気づく。



「……物怖じしない女だな。私が怖くないのか?」



 話しかけてきたのは魔王だった。


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[一言] >「シロナが一度でも身につけたモノを僕が見つけられないわけないだろう」 ・・・ノーコメントで。 言わない方が良いことも有るよね・・・。(死んだ目)
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