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魔法使いの焦燥(ローザ視点)

 ――――こんなはずではなかったのに。

 ローザは、内心焦っていた。



「私の獲物の方が大きいですわ」


 魔王城を目指す勇者一行が、本日遭遇したのは黒夸父(コクコホ)の集団だ。

 真っ黒な巨人で、図体の割に素早くて、一体だけでもてこずる敵が、五体の集団で襲ってきた。

 討伐ランクはAA。


「大きさがすべてではない。僕が倒した奴がこの集団のリーダーだった。僕の方が戦いに貢献している」

 自分の倒した黒夸父の大きさを自慢するバルバラに、クリスが敵の質を上げて反論する。

「私は二体倒しました」

「俺の獲物は、とんでもなく素早かったぞ」

 数を自慢するのはアレンで、素早さを強調するのはノーマンだ。


「大きさが一番ですわよね? シロナさん!」

「違うよ。リーダーを倒した僕が一番だよね? シロナ」

「二体倒したのは私だけですよ。シロナさん」

「嬢ちゃん、俺って早くなったと思うだろう?」


 そして、彼らは口々に勇者の妹シロナからの賞賛を求めた。

「みなさんスゴいと思いますよ」

 ちょっと困ったようにシロナは、みんなに笑いかける。


「他の奴らなんて褒めないで! シロナの一番は、僕なんだから!」

 中でも勇者が一番面倒くさかった。

 妹をギュッと抱き締めて、自分以外の人間を近づけないよう牽制する姿は、まるで駄々っ子のよう。


「ちょっと、シロナさんを離しなさい!」

 つい一ヶ月ほど前まで、勇者に首ったけだった聖女も、今ではシロナに執着していた。

 まあ、どんなに熱を上げても振り向いてくれない勇者より、自分を目一杯褒めて育ててくれたシロナの方に情が移るのは、人間として当たり前なのかもしれないが。


「そんなに力を入れたら、シロナさんが傷ついてしまいますよ」

 王子は、かなり前からシロナを気にしていた。

 旅を続け寝食を共にし、ますます親愛度が深まるのは、不思議でもなんでもない。


「……相変わらずシスコンすぎだよな」

 一歩引いて呆れているノーマンでさえも、シロナを大切にしているのは、疑いようもなかった。

 妻子持ちだという彼がシロナに抱いているのは、娘や妹に対する庇護欲みたいなものではあろうが、それでも好意であるのは間違いない。




 本当に困ったと、ローザは無言で頭を抱えた。

 これでは計画を大幅に修正しなければならない。

 まず、聖女を完全に孤立させ、勇者一行から排除する予定だったのに。

 大誤算もいいところだ。




 ――――実は、ローザは勇者一行の仲間割れを狙っていた。

 手はじめに聖女を追放し、回復や支援魔法を使えないようにしようとしていたのだ。


 いったい何故? と思われるかもしれないが、理由は単純。

 なんと、ローザは魔族の血を引く混血児だったのだ。

 父方の祖母が魔族で、ローザの魔法はその祖母仕込み。


 珍しいと思われるかもしれないが、実のところそうでもなかった。

 魔族の中には、人間とほとんど見分けがつかない外見のモノ(・・)がいるのである。


 一般に魔族というと、大きな角があったり、黒い翼があったり、手が六本に四つ足とか八本足とか、目立つ外見的特徴があるのが普通だが、要は、それだけバラエティに富んだ種族のいる多民族国家なのだということ。

 角や翼は、ある意味能力の象徴だ。

 高位魔族になればなるほど派手な特徴を持っているというのは、魔族の一般常識だったりする。

 反対に、下位魔族の多くはそういった特徴が小さかったり無かったり……つまり、外見だけでは人間と区別のつかないモノがほとんどだった。


 力こそすべての魔国において、下位の魔族が生き辛いのは言うまでもない。


 しかし、そんな彼らでも、魔族としては弱くても人間に比べれば、十分強かった。

 つまり、人間の国ならば、下位魔族も魔法使いとして大成できるのだ。

 故国で辛酸を嘗めているモノが、他国で一旗揚げようと考えるのは、魔族も人間も変わらない。

 結果、魔国から非合法に人間界に紛れこむモノが、昔からある程度いるのだ。


 とはいえ、魔国はもちろん人間の国でも、彼らの存在は公式には認められていなかった。

 その分、同じ境遇の仲間同士の連帯は強くなる。




 魔法使いとして有名になり、勇者一行に選ばれたローザに、祖母から内々に依頼がきたのは、旅立ちの少し前のことだった。


「……人間を裏切れとは言わないよ。ただ、魔王を倒すのはともかく、魔族を根絶やしにするのは止めてほしいんだよ」


 久しぶりに会った祖母は、ローザにそう頼んできた。

「ええっ! ……で、でも、いくら勇者一行だって、私を入れて五人でしかないのよ。魔族の根絶やしなんてできっこないんじゃない?」

 そんな心配は不要なのではないかと、ローザは祖母に言う。

 実際、勇者一行の目的は魔王の殺害のみで、その後の魔国平定は人間国家が連合してやることになっている。


 それになにより、ローザは人見知りの気があるのだ。

 まったくコミュニケーションが取れないわけではないのだが、会話は必要最低限。

 引っ込み思案の自分に、勇者一行についていくことはともかく、彼らの邪魔なんてできるとは思えない。


 しかし、祖母は白くなった頭を横に振った。

 よく見れば、その白髪の中に豆粒みたいな小さな角が見える。


「今代の勇者はどうも規格外(・・・)みたいなんだよ。仲間内に未来視を持つ奴がいるんだけどね、下手をすると魔族は絶滅するって言って怯えているのさ。……まあ、私は今さら魔国がどうなろうとかまいやしないんだが……仲間の中には、故国を捨てきれない奴も多くてね。下手に滅ぼされたりしたら、そいつらが暴走する怖れがある。そのとばっちりを食ったら、さすがにまずいだろう?」


 たしかにそれはごめんだった。

 せっかく秘密裏に潜んでいるのに、暴かれたあげく追われる立場になったら笑えない。




 結局、ローザは祖母の依頼を受けた。

 とはいえ、とりあえずは様子見だ。勇者の仲間としてこっそり観察しながら、できれば彼らの力を削いで、魔族の絶滅を防ぐ方法を探すことにしたのである。


 そんな思惑を持って参加したローザだったが……勇者が本当に規格外だということは、彼の魔法を見てすぐにわかった。

 冗談抜きに国のひとつやふたつ滅ぼしてしまいそうな強さを、勇者クリスは持っている。

 剣技のみならず魔法も凄いとか、反則だとしか思えない。

 魔王というのは、ひょっとしてこの勇者の方を言うのではないかと、疑ってしまうくらいだ。


 これほど強くては、勇者につけいる隙などありはしない。

 第一印象は、親バカならぬ兄バカだったのに、今では側に寄ることさえも……怖い。



 しかし、勇者個人は完全無比だったが、勇者一行という面で見れば、このパーティーは問題ありまくりだった。なにせ、ローザ自身が魔族の手助けをしようとする裏切り者なのだから。

 そして、ローザ以外でも問題はあった。

 一番は聖女である。

 女王の姪で、とんでもなく自尊心が高く我儘な聖女には、協調性は皆無。その上、勇者に一目惚れして、自分だけのものにしようとしているのだから、愚かという他はない。

 聖女は、魔王討伐などは眼中になく、勇者のみに心血を注いでいた。


 まあ、聖女の気持ちも、少しはわからないでもないとローザも思う。

 勇者はとんでもなく美しい青年だったのだ。

 ローザだって、あまりに異常な彼の強さを目にしていなければ、熱を上げていたかもしれない。


 そういった意味合いでは、クリスの規格外を目にしてなお、彼を己がものにしようと考えられる聖女はスゴいのかもしれなかった。

 ……単に、考えなしなだけだという疑惑は消えないが。


 このまま放置していれば、早晩聖女は自滅するだろう。

 あまり強いと思えない聖女だが、聖女は聖女。勇者一行から回復役の聖女が抜けるのは、大きな戦力ダウンになるはずだ。


 聖女の愚行を見守りながら、少しだけ戦力ダウンへの期待をしていたローザだったが、その期待が木っ端微塵に砕けたのは、勇者の妹シロナのせいだった。





 ――――なんで聖女が、前衛として覚醒しちゃっているの?

 まったく意味がわからない。

 しかも、聖女以外もパワーアップしている。


「シロナ、シロナ! 九竜(クル)を捕ってきたよ! 褒めて、褒めて!」


 とんでもなく大きな竜の頭を引き摺って帰ってきたクリスが、無邪気にその金色の頭をシロナにさし出していた。

 見慣れたくないけど見慣れてしまった、勇者が妹にご褒美を強請る図だ。

 九竜というのは、地下に棲む魔竜で、見つけるのも倒すのも高難度。

 討伐ランクは、なんとSSという伝説級の生き物だ。


「もうっ! 兄さんったら、九竜は滅多に地上に出てこないから、害がない限りは基本放置だって言ってあったでしょう!」

「だって、シロナが他の奴らばかり褒めるから」

「兄さんだって、褒めたでしょう?」

「他の奴と同じなんて嫌だ! シロナは僕の妹なのに――――」


 妹だからなんだと言うのだろう?

 グリグリとシロナに頭を擦りつけるクリスは、駄々っ子そのもの。

 大きくため息をついたシロナは、グシャグシャとそのクリスの髪をかき乱した。


「もう兄さんったら、今回だけよ。今度九竜を捕ってきても褒めてあげないからね」

「うん。わかった。別のヤツにする」

「解体が面倒なヤツはダメよ。……そうだ! 鳳魔凰(ホウマオウ)がいいわ! そこまで大きくないし、なにより美味しいもの!」


 ……鳳魔凰とは、全長一メートル、翼を開いた長さは二~二.五メートル程度の極彩色の鳥だ。

 たしかに竜族に比べれば小さいが、その殺傷能力は負けずとも劣らない。

 超強力な炎魔法を使い、出会ったときは死を覚悟しろと言われるほどの魔鳥だったはず。

 討伐ランクはSSである。


 その鳳魔凰が美味しいなんて、どうして知っているのだろう?

 普通は、極彩色の羽根目的で捕獲されるものなのに。


「ああ! たしかにシロナの作る鳳魔凰の唐揚げは、絶品だよね」

「六人分だから、三羽もいれば十分だわ。前みたいに捕りすぎちゃダメよ」

「僕がいっぱい食べるから五羽捕ってもいい? 焼き鳥にもしたいし」

「仕方ないわね。五羽だけよ」

「うん、約束する!」


 ……鳳魔凰の羽根は、部位にもよるが一枚で平均金貨三枚。一羽捕獲すれば一生遊んで暮らせると言われるほどの価値がある。

 その鳳魔凰を肉目的で五羽も狩ろうとする兄妹に、ローザは目眩を禁じ得なかった。


 しかも、この兄妹の言動からは、肉を得た後の羽根を穴に埋めて廃棄する未来しか見えてこない。

 ローザは天を仰ぎ、心の中で祖母に手を合わせた。



 ――――魔族の全滅を防ぐのは、ちょっと無理かもしれません。



 なんとかできるとすれば、勇者一行の中心人物となりつつあるシロナからかもしれないが……あれだけ勇者が執着している彼女に手を出すリスクは大きすぎる。



 八方塞がりなローザだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 信頼関係の構築出来てないのもあるし人柄なんかよくわかってないから、言えんのかも知れんがシロナに相談なり出来れば解決策見つかりそうだけどね
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