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9 初任務始動



私はミハエルお兄様からの命で、任務としてカリン男爵令嬢を調査することになった。


アリアは女子学生からの情報収集を、ベルは男子学生からの情報収集を。

2人とも学生に人気の存在だからすぐにある程度の情報が集められる。

よって、いつも一人で存在感の薄い私は、カリン嬢を見張る任務を受けた。



カリン嬢は綺麗というより、かわいいという表現の合う令嬢だった。

ピンクの髪に、小柄な体。

しかし出ているところは出ている。

うらやま……。ではなく男性に好まれる容姿をしている。



ミハエルお兄様の話だとカリン嬢が生まれたボールック男爵は長年貿易で活躍し、財政状況はかなり良い。

両親の男爵と男爵夫人は国への忠誠も高く、人柄も良いそうだ。


それなのになぜカリン嬢が……?

というのが私たちの総意だった。



カリン嬢の見張りを始めて、いつも私の頭の中は疑問符で溢れている。

カリン嬢は毎日、昼食の時間になると食堂のシーラス様たちの元へ訪れる。

もちろん中にはアル兄様とミハエルお兄様がいる。


彼らの婚約者様たちも同席していることも多い中

「私も一緒にたべていいですかぁ?」

と突撃する。


カリン嬢の周りには令息や令嬢が数人いるのにも関わらず、それが失礼に当たることだと誰も注意しない。

むしろ微笑ましく見ている。


シーラス様やアル兄様が即刻拒否をしてもめげることなく笑顔で

「では、また明日」と去っていく。


その姿が少し気味悪く感じる。




休み時間にも何度か一つ上のシーラス様の教室に行ったりしている。

他のクラスや学年に行くことは禁止されているわけではない。

しかし兄弟でも友人でもない、そして婚約者でもない異性を訪ねて他学年の教室に行くことはかなり異常である。

その時もカリン嬢の周りには、何人か令嬢令息がついている。




中でも私がカリン嬢の行動で一番疑問に思った事がある。


ある日の放課後、珍しくカリン嬢が誰も供をつけず歩いていた。

向かった先は運動場で、そこにはシーラス様の側近候補で騎士団長子息ルマン様が剣をふっていた。


今日は生徒会がある日なので、役員のシーラス様、もう一人の側近候補の令息そしてアル兄様は会議でいない。


その時間、ルマン様は運動場で鍛錬をしているのは私も知っていた。

ただカリン嬢がそれを知っていて、いつも一緒の供もなしで一人、ルマン様の元に向かうことに違和感がある。



「ルマン様は頑張りすぎですわ。

あなたが強くなることで助けられる命があるのは確かですが、自分を大切にしてください」


ルマン様にカリン嬢が言っている。

まぁ言っている意味は理解できるが……。


仲が良いわけでも、近い存在でもない人間に言われるのはどうなんだろうか?

と私が考えているとルマン様も同じように思ったのか不思議そうな表情をされている。


「ルマン様が傷つかれるようなことがあれば、カリン悲しいですわ」


目もとをハンカチで拭いながら言うカリン嬢にあっけにとられながら

「……ありがとう」となんとか返事をするルマン様に同情を覚える。


そこへルマン様の婚約者の辺境伯令嬢キャロライン様が、木剣を持ち濃い青に近い水色の髪をなびかせ辺境伯騎士の姿で現れた。


この国で指折りの騎士隊を持ち、辺境はいざこざの多い隣国との唯一の境で他の辺境伯とは格が違う。

そして辺境伯が辺境伯騎士団長も務められているという完全な騎士家系のご出身だ。


女性にしては珍しくキャロライン様も剣を嗜み、腕もルマン様と変わらないとの話だ。

将来の王妃筆頭近衛と噂されており、言わずもがな女性人気が高い。



「おや、令嬢がこんなところへ珍しい」


笑顔でカリン嬢に声をかけるキャロライン様と反対に、怒りの表情を浮かべるカリン嬢。


「婚約者のあなたが、ルマン様がご無理をされているのに気づかないから……。

私がルマン様にご無理なさらないように言っていたのよ」


自信満々にそういうカリン嬢を見てキャロライン様はルマン様の方を向き

「君は無理な鍛錬をしていたのか?」

と心底わからないという顔で聞く。


「いや?

俺よりも君の方が一日の鍛錬時間が長いんだ。

女性だからというわけではないが君こそ無理しないでほしい」


「そうだよな?

いつも私が言われることだ」


2人で顔を見合わせ笑っている、ルマン様とキャロライン様。

それを見て顔を真っ赤にして「ひどいっ!」と言って走り出す。



取り残された二人は

「「なんだったんだ?」」

と声を揃えて言っていた。



その声を背後に聞きながら、私はカリン嬢を追いかけつつ心の中で

「本当になんなんだ」と呟いた。






そして別の日の放課後、この日もカリン嬢は一人で歩いていた。

今日は図書館に向かうようだ。

図書館にはシーラス様のもう一人の側近候補。

宰相子息で公爵子息のパベル様とその婚約者、モニカ様がいた。


モニカ様は歴代王宮図書館、筆頭司書を務めるオスリア伯爵令嬢で才女として有名である。


2人は向かい合って勉強をしているところに割り込んで

「パベル様の知識はすごいですね。私にも勉強を教えてください」

許可も得ていないのにパベル様の隣に座る。


それに気づいたパベル様が眉間に皺を寄せる。

それに気づかない様子のカリン嬢。


「今日はアザールの歴史を知りたくて……。

教えてくださいますか?」


笑顔でパベルに言いながら本を差し出す。


「君。アザールの歴史を知りたければ、それにあった本を差し出したまえ。

それはギリンガムの本だ。

それに、アザールの事を知りたければ目の前にもっと詳しいものがいるだろう?」


本を指さしながらモニカ嬢を見ながらパベル様が言う。


「え……? どういう?」


本当に意味が分からないようで小首をかしげて、パベル様を見るカリン嬢にパベル様が続ける。


「アザール地域の中でも最も古い家系を持つのは、目の前のオスリア伯爵令嬢モニカだ。

そんなことも知らずに教えてほしいとは私にもモニカにも失礼だ」


冷たく言い放つパベル様にモニカ様は困ったように微笑む。


「アザールのお話であれば私がいたしましょうか?

図書館だと邪魔になりますから、カフェにでも……」



モニカ様が優しくカリン嬢に話している途中に

「結構です!」と顔を真っ赤にして図書室を後にする。


モニカ様が心配そうに後を追いかけようとするその手をパベル様がつかんで言う。


「行かなくていい。君は僕のそばにいておくれ?」


先ほどのカリン嬢に対する冷たい雰囲気を消し去り、甘い笑顔でそっとモニカ様の手を取り隣に座らせるパベル様。

それを横目に私はカリン嬢を追いかけた。




騎士団長子息ルマン様、宰相子息のパベル様に接触したカリン嬢に私は嫌な予感があった。

そして嫌な予感が的中した。





ある日の放課後、カリン嬢はまた一人で廊下を歩いていた。

この日も昼食時、シーラス様に断られていたはずなのに……。


やはりと言うべきか、向かっているのは生徒会室のようだった。

ノックをして入室を許されたカリン嬢はシーラス様と向かい合ってた。

私は外からその様子をうかがう。


テーブルにはお茶も準備されていない。

これは貴族間でいうと歓迎していない。

端的に言うと迷惑な客です。と表している。

それを気に留めることもなくカリン嬢は座っている。


「本来、一般生徒は部屋に迎え入れることは無いのだが。

私も君と一度話をするべきだと思ってね」


そういわれ嬉しそうに微笑むカリン嬢。


「まぁまずは君の話を聞こう」


シーラス様のその言葉にカリン嬢は悲しそうな表情を浮かべ話始める。


「実は私……嫌がらせを受けていまして……」


「ほう?」


シーラス様の返答は冷たい。

それもそうだ。


私が終始、彼女についていることはミハエルお兄様から聞いているだろう。

私の毎日の報告書も確認済みだ。


そこでふと近くにカラスの気配を感じる。

おそらくアル兄様とミハエルお兄様がどこかでシーラス様に付くために隠れたのだろう。


「それで……言いにくいのですが……。

その嫌がらせの指示をしているのが……シーラス様の婚約者様なのです!」


その言葉にシーラス様の周辺の空気の温度が下がる。

そして微笑んでいるはずの目はスッと冷たさをおびる。


「なるほど。私の婚約者が君への嫌がらせを指示している犯人だと……」


「はい……。私は大丈夫です。

そんな嫌がらせには負けません!

それよりも……そういう方だと知らず、婚約されているシーラス様が心配で……」


目にハンカチを当てながらいうカリン嬢。


「君は私の婚約者が誰か知っているかい?」


予想していなかった言葉なのか、泣き真似をすることも忘れてポカンとした表情をするカリン嬢。


「僕の婚約者は友好国のヘルダ国の第4王女だ。

ヘルダ国までは海を越えて、ここからだと1か月かかる。

手紙のやり取りだけでも半月だ。

そして彼女がこの国に来たのは3年前。

私ですら彼女に会ったのは昨年が最後だ。

そんな彼女とどうやって実行犯は連絡をやり取りしている?

そして彼女はまだ11歳だ。この国の貴族令嬢令息とはまだ交流もしていない。

さぁどうやって彼女が指示しているのか教えてくれないか?」



彼女は顔を真っ青にしている。

この国の貴族であれば知っているはずの事実だが、カリン嬢は知らなかったようだ。


そしてこの国の貴族なら知っているもう一つの事実。

シーラス様は王女を溺愛しており頻繁に手紙や贈り物をヘルダに贈っている。

まだ少女と言える王女に一目惚れし、婚約を結んだシーラス様は王女をとても大事にしている。


「君の発言を虚偽と言っているわけではない。

ただ私の婚約者が犯人だというのであれば、それ相応の調査をしなければならない。

ただその結果、君の発言が虚偽であった場合、君はそれ相応の報いを受けなければならないね」


暗にどうする?

と絶対零度の視線でカリン嬢に問う。


なんとかカリン嬢は声を絞り出す。


「……すみません……。私の……勘違いでした……」


顔を真っ青にしながら生徒会室を出ていくカリン嬢を追った。





そしてその日の帰宅後、ミハエルお兄様が私の部屋にやってきた。

ソファに長い足を組んで座り、私の淹れたお茶を優雅に飲みながら話し出す。


「今日のカリン嬢は中々だったね。

シーラス様が情報に感謝していたよ。

あらかじめ分かっていたから良かったと」


「そうですか……」


「なんだい? リユーは何か聞きたいことがあるの?」


優しく微笑みながら言うお兄様に、私はここ数週間の疑問を口に出す。


「シーラス様の側近候補の騎士団長子息のルマン様、宰相子息のパベル様。

そして今日シーラス様にカリン嬢が接触しましたが、お兄様とアル兄様にはなぜ接触がないのでしょう?」


私の質問に声を出し笑いながらお兄様が答える。


「理由は分からないけれど、僕についてはおそらく子爵令息だから彼女の眼中には無いんだろう」


「ではアル兄様は?」



「アルはあれだよ。

彼女に関わりたくなさすぎて、カラスの技術を使って逃げているんだ。

彼女がただ学園の中を一人で歩いていた日が何日かあっただろう?

あれは多分アルを狙っていたんだ。

アルは元々カラスの癖で決まった場所に一人でいることはない。

だから、ルマンやパベルのように決まった場所に行けば会えるわけではないんだ。

それに加えて、カラスの技術まで使って彼女を避けている。

それほど嫌なんだろうね」



笑いながらお兄様が説明してくれたことに納得した。


私たちは普段、気軽に訓練で取得した技術を普通の生活で使うことは無いのだが、アル兄様はよほど嫌なのだろう。


カラスの技術を使ってまで逃げていることに、ここ数日を思えば納得せざる得なかった。

そんな会話のあと、のんびりと二人でお茶をしているとメイドが急いでと私とお兄様に来客を告げた。



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