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8 初任務



学園から帰宅し自室で制服から楽なワンピースに着替える。

ゆっくりと部屋でお茶をのんでいると、部屋をノックする音が聞こえる。

扉を開けると珍しくミハエルお兄様が立っていた。



「おかえり。ごめんねリユー。ゆっくりしているところに」


「いいえ。兄様もおかえりなさい」


「急なんだけど、少し話したいことがあるから歓談室にきてくれるかな?」



学園に通い始めて、一つ上のミハエルお兄様とは学年も違うこともあって、なかなか会うこともない。


お兄様は帰宅してもすぐに公爵邸でアル兄様と学園の勉強やカラスの勉強をしているらしい。

そのため、顔を会わせるのは夕食の時だけになっていた。


そんな忙しい兄様が珍しいと思いながら、お兄様の後をついて歓談室に入った。

歓談室にはベルも来ていて、ソファにすでに座っていた。

ベルの隣に腰掛けて兄様が話し出すのを待った。



「今日、二人に集まってもらったのは、アルヴィンから依頼があってね」



そう切り出す兄様の顔をみながら、私は思わず目を大きく開けて驚いた。

隣でベルが「任務……」とつぶやく。



「そう君たちに初任務だよ。

内容はね、今、学園内でおかしな噂が出回っているのを知っているよね?」


「もしかして『意中を振り向かせることのできる香水』の話ですか?」


「俺が聞いたのは『集中力の高まる香』の話だ」



私とベルがそれぞれ認識している、最近の違和感のある噂を口にする。



「そうだね。その二つだ。

おかしなことに僕とアルが調べたところ、その噂は同時期に出回り始めた。

そして……ここからは特に取り扱いに注意が必要な情報なんだが……。

実はその噂が出回り始めたころに、王子がとある男爵令嬢にまとわりつかれるようになったんだ。

その令嬢は僕たちの一つ下の学年。君たちの同学年なんだ」



確かに最近、王子にしつこくアピールしている令嬢の話を聞いた覚えがある。

王子は国王サイラス様の一人息子で王太子でもある。

金色の髪に青い瞳のとてもきれいな人である。

私もカラスの関係で何度かお会いしたことがある。



「シーラス様のご依頼でもあるのですか?」



私の質問に眉根を寄せて難しい顔をして兄様が続ける。



「まぁそうだな。そしてとても、ややこしい話なんだ。

2人も知っての通り、アルはシーラス様の次期専属カラスなんだ。

そして僕はアルのカラスだ。

だから、アルも僕もよくシーラス様と一緒に居ることが多い。

僕は子爵だからか、彼女からはアプローチされないんだが……。

シーラスだけじゃなくアルにもアプローチをしているんだ。

要は、彼女は将来の国王の周辺の令息に全員にアプローチしている」



私は思わずため息がこぼれる。

ベルはその辺かなり、潔癖みたいだ。

そういう複数人にアプローチするということが受け入れられないのか、嫌そうな顔を隠そうともしない。



「シーラス様もアルも溺愛している婚約者がいる。

だから不快でしかないらしく、適当にあしらっているのだが……。

アルの言葉をそのまま伝えると

『かわいい婚約者と過ごす時間もないほど忙しいのに、やっかいがすぎる!』

だそうだ。

二つの噂が出始めた時期とその男爵令嬢の出現時期が似ているので関係性を疑っている」



私とベルは

「なるほど……」

と納得し兄様は私たちにそれぞれの仕事を与えた。


ベルは男子学生の噂の真偽を確かめる。

私はアリアと女子学生の噂の真偽の確認、そしてその男爵令嬢カリンの調査。


兄様と定期的に話し合いが今後、行われることが決まった。

そして解散となって兄様は歓談室を足早に出て行った。


私は、少しゆっくりしようとメイドにお茶でも入れてもらおうかなと考えていた。




「リユー、時間はあるか?」


声変りして少し低くなったベルの優しい声が隣から聞こえる。


「うん。ベルも時間あるなら久しぶり一緒にお茶しない?」


誘ってみれば、ベルは嬉しそうに微笑んでくれて同意した。

学園では関わることは無いけれど、同学年だからすれ違うことはある。

その時のベルは硬い表情を変えることなく、ほかの男子学生と歩いている。


そんなベルが家では微笑む事ができることに安堵しながら、お茶の準備をする。

お湯だけメイドに運んでもらって私がお茶を淹れる。

公爵邸ほどメイドも多くないので、お湯だけ運んでもらって各々自分で準備するのがサウス邸だ。


特に私は、メイドに変装することも多いので、アイラおば様の侍女のクリスティーナさんに教えてもらったので得意だ。

ベルの好きなオレンジの香りのするお茶を選びゆっくりと淹れる。



「俺の好きな紅茶だな。良い香りだ」


ゆっくりと香りを味わってから紅茶を口に運ぶベル。

14歳といえ、同学年の子より成長が早いのか体も大きい。


どことなく知らない男の人のように思えてしまい、私は先ほどよりも少し間をあけてベルの隣に座った。



「リユー離れないで」



私の腰を持ってぐっと引き寄せられてしまう。

私はその仕草が子供の頃に戻ったかのように思えて思わず笑みがこぼれる。

不思議そうに私を覗きこむベルに言う。



「昔、ベルはお父様の真似がしたくて、私を膝に乗せようとしていたのを覚えてる?」



ベルはソーサーにカップを置こうとして一瞬固まった。

しかし優雅にカップを置いたので、見間違いかなと思っていると私の顔を覗き込むように見ている。


いつもの微笑みでもない。

かといって学園での硬い表情でもない初めて見るベルの表情に戸惑った。


ベルは私に伸ばした手を何かを我慢するかのように、ぐっとこぶしを握って耐えるような仕草をした。

それからゆっくりと腕を降ろして、息を吐いていつもの私に見せてくれる微笑みに戻って言う。



「もういつでも俺はリユーを抱き上げられるよ」




♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢



(ベル視点)




ある日、父上から急に妹ができると教えられた。

俺と兄上は、いきなっりできた妹にものすごく盛り上がった。


父上の腕に抱かれていたリユーを見て、俺は天使を見たのかと思った。

明るい茶色の髪は母上とは少し違う金色に見えて、何より金色の瞳がキラキラとしていた。


真っ白い肌にほんのりピンク色の頬が緊張で少し固まっているのを見て、俺がリユーを守らないといけないと決心した。


公爵邸で、リユーはアイラおば様と共にカラスの訓練道具を遊び道具のように扱う。

見るからに楽しそうに笑顔で、飛んだり跳ねたりしているリユーの姿を見て呆然とした。



俺は護りのカラスになりたいと思っていた。

それは力強く剣を振る父上に憧れていたからだ。


けれど鳥の鴉を友人のように扱う伝令カラスを羨ましくも思っていた。

自分の手足の様に、そして友人の様に鴉と接する伝令カラス達は俺の目には素晴らしいいものに映っていた。

だから時々、アイラおば様の侍従のクリストファーさんに鴉の扱いを見せてもらったりしていた。



けれどこの日、リユーを見て初めて護りたいものができた。

しかしリユーのあの身体能力を見せられれば、大人が『次期戦闘狂カラス姫』というのも納得できる。

初めて護りたいと思った人は、将来俺よりも力をつける可能性の方が高い。


それから俺はどんなカラスにも教えを請い、やれることはなんでもやった。

そしてひなカラスも無事、卒業した。


学園の入学前、何度もリユーと言い争いをした。


「リユーは学園に行かせられない」


「ダメ! 行く!」


この繰り返しに終止符を打ったのは俺の気持ちに気づいている母上の案だった。

変装しての入学。


ピンと伸びた背筋に、長い手足、細身の体は平均よりも少し高い。

綺麗な明るい茶色の髪はまっすぐでさらさらしている。

そして何よりも誰にも見せたくなかったまっすぐ相手を見る金色の瞳。


それを上手に隠して制服に着替えたリユーを見て、それでも俺は心配で仕方なかった。

アリアと共に学園に向かうリユーを先に見送れば、母上と兄上に両脇を挟まれ小言を言われる。



「ベル。心配するのもわかるけれど、あなたが学園でリユーの近くに居ればあの子が目立ってしまうわ。

あなたは体も大きくなって目立つ容姿なんだから、あの子に変装を納得させたことを無駄にしないでね」


「確かにあの儚げな容姿のままだと令息がほっとかないよな。

挙句には公爵令嬢と変わらない淑女教育を受けたから、淑女としても完璧だ」


「母上、兄上わかっています……。

でもリユーを守るのは俺でいたいんです」

 


俺の返答にそれぞれ肩と背中をポンポンと優しく叩いて励ましてくれた。


学園では、時々すれ違うことのできるリユーを楽しみに友人たちとごく普通に過ごしていた。

俺とすれ違う時、リユーは誰にも分からないように俺に目くばせして、ほんの少しだけ口角を上げる。

俺はその一瞬をとても大事にしていた。


俺だけが知るリユー……。

そのことで俺の隠された心の何かが満たされていく……。




友人からもたらされる噂話は俺たちの大事な情報源だ。

そんなある日『集中力が続く香があるらしい』と誰かが言った。

学園での勉強はなかなか厳しく、ほぼ毎日ある小テストに悩まされる生徒は多々いた。


そんな生徒の中には『その香』を炊けば、勉強にものすごく集中できる。

そしていつもよりも勉強がはかどるらしいと躍起になって手に入れようとするものもいた。


その噂が本当か嘘か分からないけれど、念のため兄上に報告しようと帰宅した。

帰宅すると早々、兄上に呼び出されその調査の任務リユーと共に命じられた。


話が終わり、兄上が出ていくとリユーと二人になる。

久しぶりにゆっくりリユーと居られる時間が欲しくて、俺は考える間もなくリユーに声をかけた。


リユーは変装をといたそのままの姿で金の瞳で俺をまっすぐに見て

「うん。ベルも時間あるなら久しぶり一緒にお茶しない?」

と聞いてくれる。


俺が同意をすると嬉しそうに微笑んでお茶を淹れてくれた。

リユーの淹れてくれるお茶は久しぶりだった。

そして俺が好んでいるお茶なことも嬉しくてゆっくりと香りを楽しむ。

一口飲んでカップをおこうとした。


リユーが自分の分のカップを少し俺から離した場所に置く。

そのままその場所に座ろうとしたリユーを思わず

「リユー、離れないで」

と腰を抱き寄せてしまう。



リユーは一瞬、戸惑いを見せるも大人しく俺の隣に腰掛けてくれた。

リユーの腰を抱いた時、子供の頃と違って少し女性らしくなったことを嫌でも意識させられる。

俺はその子と意識してしまい思わず少し緊張してしまった。


そんな自分を落ち着けようとカップをソーサーに戻そうとしたとき、リユーの言葉に固まってしまった。



「昔、ベルはお父様の真似がしたくて私を膝に乗せようとしていたのを覚えてる?」



その言葉を聞いて、思わずリユーを自分の膝に乗せて、思いっきり抱きしめたいと思ってしまった。

無意識に伸びた手をぐっとこぶしを握って耐える。



「もういつでも俺はリユーを抱き上げられるよ」



なんとか言葉を紡いだ自分を褒めたくなった。

俺のこの想いをリユーにぶつけてしまわないように……。

リユーに合わせてゆっくりと想いを伝えなければ……。



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