7 学園入学
カラスに関係する家の養女として迎えられ、8年が経った。
私とベル、アリアは14歳となった。
私とアリアは変わらずにずっと仲良しだ。
ベルは子供の頃と雰囲気が変わった。
貴族令息らしくない、つんつんと短い髪は変わらない。
けれど、昔は元気な下町の男の子のようだったが、次第に外では口数が減っていった。
外ではあまり口を開くことが無く、なおかつ表情もあまり変わらない。
微笑む事など外では一切と言っていいほど見なくなった。
そして最近は貴族令嬢から『硬派な騎士のような雰囲気が良い』と大人気らしい。
しかし、私には子供の頃と変わらず、私に優しくそして笑顔も見せてくれる。
令嬢たちが硬派と言う意味はよく分からないでいた。
訓練ではアイラおば様に合格をいただき、無事ひなガラスを卒業した。
アリアとベルも同時期にひなガラスの卒業試験に合格したので、三人でお祝いをしたのは最近の事だ。
私はアイラおば様と違い、周囲に認知されているわけではない。
それを利用して、子供の頃から得意だった変装の腕も上げた。
おば様はうらやましそうに「私もやりたかった……」
と言って息子のアル兄様に怒られていた。
私の変装能力は高かったようだ。
メイドに変装して午後のお母様とアリアの授業に侵入してみたり、アル兄様とミハエルお兄様の令息のお茶会に男装して参加したりした。
全員、私の存在に気づかず、終わりに正体を見せると目を大きく開いて驚いてくれた。
お父様が街に出ているときに、私もこっそり街を出て、道に迷っている男の子を装ってうろちょろした。
私と知らずに声をかけたお父様。
「道に迷ったのか? 地図を見せてごらん」
というお父様にサウス邸の地図を見せ、私であることをばらした。
まさか娘の正体を見破れなくなってしまったことに、お父様は3日ほど落ち込んでいた。
そうとも知らず、私の子供の頃の変装を一番に見破ったお父様を騙せたことで、有頂天になっていた。
しかし一人だけ当たり前のように「リユー」と声をかける人物がいた。
そうベルだ。
ベルは訓練場で違うカラスに変装しても、町中で町娘に変装しても、メイドに変装しても、令嬢や令息に変装しても毎回悪気なく
「ベル。今日もかわいいね」
と笑いかけてくる。
悔しくなって八つ当たりしたこともあったけれど、もうベルには変装は通用しないと分かったので諦めた。
そして私たちが14歳になった今年。
学園の入学が待っている。
これにはひと悶着あった。
ベルが私の入学を反対したのだ。
「リユーは学園には、行かせない」
ある日の夕食時、お父様とお母様に発言したベルに全員が驚いた。
私はそれまでも同じように、言われ続けていたので「またか……」と思っていた。
「なぜだ?
リユーも子爵令嬢だから学園に入るのはこの国の貴族の義務だよ」
「だめだ」
父親はどっちだ?
と言わんばかりの態度で頑なに言うベルに、お母様が助け舟を出した。
「ベルはリユーがかわいすぎて学園の狼の中に入れたくないのよ。
でもベル?
貴族の義務だからリユーの入学を取りやめることはできないわ」
きっぱりと言い切るお母様の言葉に悔しそうに唇を噛み、下をむくベル。
「リユーは学校に行きたくないの?」
私に優しく問いかけるお母様。
私はベルの方を見て小首を傾げて言う。
「私はアリアやベルと学園生活を送ってみたいんだけどダメかな?」
だいたい今までこれでベルは私のお願いを聞いてくれていた。……のに。
「だめだ……」
まだそう言うベルに私はしょんぼりとした。
しかしお母様の案で無事に学園に、ベルも納得の元で通うことができた。
学園入学の初日、アイラと共に馬車に乗って学園に向かう。
ベルはお兄様たちと同じ馬車だ。
「ねぇリユー……本当にその姿で通うの?」
少しの不満をにじませ、心配を見せるアリアに私は再度説明する。
「もちろんベルの我が儘で始まったことだけどね。
私はこれ、気に入ってるのよ?」
「それでも……」
「おば様は目立った立ち位置と見目の良さを生かして戦闘狂カラス姫をされていたでしょ?
私じゃ爵位も見目も目立たないもの。
それならこうやって前髪を隠して眼鏡をして、華やかな令嬢とは反対の地味な方で存在を目立たせるの。
印象には残るけれど存在をその都度確認する人は減るでしょう?
何かあったときにものすごく動きやすくなるわ」
残念な子を見るような目で私を見るアリアの視線は気づかないふりをしておく。
「まぁ私たちクラスが違っても、お昼だけはお母様とミレッタおば様に教えてもらった東屋で一緒にとりましょうね?」
私は元気に「うん」と答えた。
学園生活はそれからしばらくは、特に変わり映えせずに過ぎて行った。
アリアともベルともクラスは違う。
私は今日も一人でポツンと自分の席で本をよんでいる……風を装っていた。
私も学園入学までにお茶会に参加はした。
下位貴族は高位貴族ほど盛んに学園入学前の子供は参加したりしない。
その風習を大いに活用した。
私は子爵令嬢としては、片手で数えても余るくらいしかお茶会に参加したことはない。
そのお茶会も大人気のミハエルお兄様とベルの陰に隠れて認知されることもなかった。
ただし高位貴族のアリアは週に何度かお茶会を開催したり、御呼ばれしたりしていた。
私はそれを利用してアリアのメイドとしてよく潜入していた。
あの頃のお茶会と変わらず、人の噂話や悪口などで盛り上がる令嬢達にうんざりし、友達を作ることは諦めていた。
しかし聞き耳をしっかり立て、情報収集は欠かさず行っていた。
今日も地味に存在を消したまま午前中を過ごし、誰にも気づかれないまま東屋に到着した。
アリアはまだ到着していない。
アリアは公爵令嬢らしく、他の令嬢令息とも積極的に交流をとっているので遅くなることは多々あった。
ベルは私を変装させ入学させたことで、お母様から学園での接触を禁止されていた。
ベルは令嬢に人気なので、私に今までのように構うとせっかく地味にした変装が意味をなくしてしまう。
だから私を構わないベルに安心しつつも、少し寂しさを覚えていた。
一人でぼーっと空を見ながらそんなことを考えているとアリアが
「ごめんなさい」と急ぎ足でやってきた。
2人で温かな日差しの中、のんびりと昼食を食べる。
会話はだいたい自分たちの仕入れた情報を共有する半分仕事のような会話だ。
今日はアリアが気になる噂があると説明を始めた。
「何でも、女子生徒の間で『意中の人に振り向いてもらえる香水』というものがあるらしいわ。
リユー何か知っている?」
「私もその話をしている子たちの話聞いたよ」
「なんでもその香水をつけて、気になる人の近くに行ったり、すれ違ったりするだけでいいらしいわよ。
しばらくすると、お相手からお誘いを受けるらしいの」
私が聞いていた会話とほぼ相違がない。
なんでもその香水をつけていた子が、意中の相手からデートのお誘いを受けたらしい。
「なんだか……信じられない……」
考えていた事がそのまま声に出ていたが、アリアは気にする様子もなく話し出す。
「私が聞いたのは男爵家の令嬢の話よ。
伯爵家の令息にその香水のおかげで見初められたとか。
でもその香水をどこで買えるのか誰も知らないの。
ただの噂話ならいいけれど、もし本当にその香水があるなら怪しいわよね」
お互いこの話をそれぞれのお兄様に、念のため報告することにしてその日の昼食は終わった。