16 学園に潜入(2)
グロリアの学園に留学して一週間が経った。
「エディ様すごいですわ」
「そうだろう。僕はなんでも手に入るからな」
昼食休憩以外の休憩時間に私はエディハルトのそばで、彼の自分語りに付き合っていた。
私がそうやってほとんど無意味な時間を過ごしている間、アリアは令嬢たち交流を深めている。
アリアはクォーツでも淑女として貴族の令嬢の中ではかなり上位の淑女の作法を行う。
グロリアではアリアのその凛とした立ち振る舞いに多くの女子学生が憧れを抱き、尊敬の目で見られている。
だからアリアは休憩時間にはたくさんの女子生徒に囲まれ、他のクラスからもアリアと話したくて来る令嬢もいる。
ベルはグロリアでは見た目と体躯で、最初は遠巻きに見られていた。
グロリアの流行りなのか令息はほぼ全員が痩躯で令嬢の様に儚い容姿だ。
騎士の様に逞しい体躯のベルはグロリアの学園ではかなり浮いていた。
しかし親切な性格と話せば話しやすい事が功を成し、最近は男子学生から徐々に人気が上がっている。
今では、特別仲良くしている令息はいないが、いつもいろんな男子学生が入れ替わり立ち代わりベルの元に行っている。
2人が和気あいあいとグロリアの学生と交流している中、私は内心ため息をつきながら日々を過ごしていた。
「エディ様のお召のアクセサリーはいつも希少なものですね。
初めて見るものばかりでいつも勉強になります」
「そうだろ? これは先日街に降りてオークションで手に入れたのだ」
エディハルトのその言葉に一人の学生が「殿下!」と焦ったように窘める声を出す。
私はその言葉を聞き逃さず、すかさずエディハルトに話しかける。
「あら、まさか秘密のお話をリユーにだけお話してくださったのですか?」
エディハルトの耳元に近づき、あえてほかの令息にも聞こえるように言う。
遠くからベルの不機嫌な空気を感じ、ちらっとベルの方を向き苦笑いをこっそりとする。
エディハルトはそれに気づきもせず、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら近づいた私の肩に腕を回す。
思わずゾクリと鳥肌が立ちそうになるのをグッと我慢しながらなんとか微笑む。
「いいじゃないか。
リユーは社会勉強も込みでグロリアの事を学んでいるんだぞ」
そして窘めた令息にそういって続ける。
私はその言葉に微笑みつつ愛らしさを意識して頷く。
「街のとある場所に、紹介状がないと入れない秘密のオークション会場があるんだ。
そこにはいろんな希少なものがあるんだ。
今度リユーも連れて行ってやろう。
いいだろう?」
令息に了承を取るようにエディハルトが話す。
令息は軽くため息をつきながら口を開く。
「分かりました。手配いたしましょう。
ただリユー嬢は誰にも口外しないように命令として殿下からお伝えしてください」
王太子からの命令であればそれを破ったことがばれると罪に問うこともできる。
そこまで慎重に事を運ぶほどの何かが、その秘密のオークション会場にはあるようだ。
「リユー。誰にもこの話をするな。命令だ」
「もちろんですわ」
私が笑顔で頷けば嬉しそうに
「楽しみだなぁ」
というエディハルトに内心ため息をつきながら微笑みを維持した。
昼休みに入り、特別に学園が準備してくれた部屋で私とアリア、お兄様、ベルで昼食を食べる。
クォーツからの要求で
『緊張続きの学園生活に、クォーツの学生たちだけで休める場所を作ってもらいたい』
というものを追加しておいてくれたサイラス国王はやはり素晴らしい国王だ。
「大丈夫か? リユー」
机に伸びている私の頭を優しく撫でてくれながらベルが聞いてくれる。
私は返事する気力もなく「うぅーー」と唸る。
先ほどエディハルトに回された腕の感触をかき消すようにベルが私の肩を何度もさする。
私はそれがおかしくてベルに向かって笑いながら「ありがと」と言う。
そんな私たちを気に留めることも無くアリアが話しはじめる。
「リユーは頑張っているわよ。私はあまり有益な話は聞けてないわ」
「僕もだ」
アリアとお兄様が残念そうに、申し訳なさそうに話す。
「俺はちょっと気になることがある」
「私はすっごいの頑張って手に入れたのよ!
頑張っていたのにベルがわざわざカラスの気配まで使って不機嫌を伝えてくるから泣きそうになったのよ!
ベルの不機嫌に負けずに私、話聞き出したんだから!」
私の言葉にベルは申し訳なさそうにさっきエディハルトに抱えられた肩を再び優しく撫でてくれる。
「すまんリユー。無意識に出てしまった。これからは気を付ける」
私は肩に添えられたベルの手にそっと手に手を重ねて微笑む。
「分かってる。心配してくれてるんだよね」
ベルは耳を少しだけ赤く染めながら「あぁ」と言って頷く。
私とベルのやり取りをパンッと手を叩いてアリアが遮る。
「じゃぁ今日は夕食後に詳細を話しましょう。
一応この部屋に変な仕掛けがないことは確認済みだけど。
屋敷の方が安全だわ」
全員で賛同して今日の夜に話し合うことが決まった。
夕食後、歓談室にお茶を準備してもらいそれぞれソファに座る。
「とりあえず、茶色のカラスに市井での調査報告ももらっているからその話からするな」
ミハエルお兄様が話し始める。
クォーツの公爵邸の使用人たちは全員、元カラスや現役カラスである。
今回公爵邸から来てくれたこの屋敷の使用人は全員現役で、交代でグロリアの調査に出てもらっている。
「特に下町に変わりはないようだ。
数年前からグロリアをよく調査しているカラスの報告では、どんどん貧困街が広がっているらしい。
そしてここが問題なのだが、怪しい店がかなり増えたそうだ。
新しくできた怪しいと思われる店には順に調査してもらっているが、現状そこまで危険なことは無いとのことだ」
怪しいお店というのは、違法風俗店やぼったくりのお店の事だとお兄様が説明してくれる。
私は思わず眉間に皺を寄せる。
私は茶色のカラスに見つけてもらい貧民街から孤児院に移れた。
そしてサウス家に引き取ってもらえたけれど、貧民街での暮らしは忘れることができないでいる。
ばぁちゃんとの暮らしは楽しかったが、周囲を見ればそんな人間の方が少ない事を知っていた。
皆、その日の食べ物も手に入れる事が出来ず、がりがりでうつろな目をしている者も少なくなかった。
貧民街が広がっているということは、そのような人たちが増えているということだ。
私が考え込んでいることに気づいたベルが、私の手をそっと握り親指で手の甲を優しくさすってくれる。
私はその手の温かさで力が入って固くなった体の力を抜くことができた。
そしてゆっくりと息を吐き私は今日仕入れた話をみんなに話すためにゆっくりと口を開く。
「今日の私の仕入れた話なんだけど、それと関係あると思う。
今日エディハルトが口を滑らせて紹介制の秘密のオークション会場があるって言いだしたの。
希少なものをオークションに出している場所みたいなんだけど……。
実際どんなものが出ているのかまでは分からなかった。
けど今度エディハルトに連れていかれることになったわ」
私の言葉に「でかした!」とお兄様が喜ぶ。
「紹介状は手に入るのか?」
お兄様の言葉に頷きながら答える。
「数日後に私に手渡すと言っていたわ」
「よし、それを手に入れたら複製して何人かカラスを送り込む。
僕とアリアも潜り込めるようにする。
ベルは当日、伝令カラスをしてくれ」
ベルは不機嫌を隠そうともせずお兄様を見る。
「ベルそんな顔で凄んでもだめだ。
学園でも殺気を隠せていないんだ。
そんな場所で思わず出てしまったでは許されない。
今回はおとなしく、情報を待て」
お兄様に窘められシュンとするベルの手をそっと握り「大丈夫」と声をかける。
ベルもなんとか「……分かった」と声を絞り出していた。