表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/38

1 始まりと初恋



私の初恋は6歳の時、そして初めての失恋は6歳だ。

笑ってくれ。私は笑う。



私は5歳まで貧民街で暮らしていた。

母ちゃんも父ちゃんも物心がつく前から居なかった。

貧民街の薬屋として商いをしていた、ばぁちゃんに育てられていた。


そのばぁちゃんも本当のばぁちゃんかどうかわからない。

ばぁちゃんは薬屋のくせに、私が5歳の時に死んだ。

ずいぶん前から、体を悪くしていたそうだが私は知らなかった。



貧民街で薬屋をしていたくせに、下町の人たちもばぁちゃんを慕ってくれていた。

よく買い物に来ていた下町の人たちの一人に孤児院に連れていかれた。

もうすぐ6歳になるころだった。





孤児院での生活は今までの生活と大きく変わった。

毎日風呂にも入れたし、毎日洗濯されたきれいな服を着せてもらった。


今まではへたりすぎてカチカチになったマットレスに、毛布をかけてばぁちゃんとくっついて寝ていた。

それがふかふかの布団で寝れるようになった。



今までの暮らしよりも、いい暮らしができていた。

けれど私はぽっかりと開いた心の穴のせいで、何をしていても何かが足りない気持ちになる。




そんなある日、孤児院を経営しているという公爵家の偉い人が来るらしいという話を聞いた。

その人たちを全員でお出迎えすることになっていた。

30人近くいる子供で、数人の身なりの良い大人を出迎えた。



『色々な色の髪色をしている人は貴族様だから注意するように』

と貧民街で言い含められた私は、体を固くしながら、恐る恐る顔を上げた。



私の目の中に、真っ赤に燃える夕日のような髪の大人の人が目に入った。

腰に剣を刺しているから、巡回騎士みたいなものかと少し身構えていた。


けれどそんな体の反応とは違い、私は夕日の色の頭から目が離せなかった。






数か月経てば子供らしく、孤児院での環境に慣れて私は新しい遊びを覚えた。

貧民街でもよくやっていた遊びだ。



今日もこっそりと孤児院を抜け出して、持ち出した帽子に長い髪を入れて隠す。

小さくなったと言って処分しようとした、同じ孤児院の男の子からもらった丸眼鏡のレンズをはずした物をつける。

貧民街のほど近くの裏通りで石炭を拾い、水たまりに自分を映しながらそばかすを書いて準備完了。



「さぁ何しようかなぁ」


ルンルンとスキップしながら下町を歩く。

ふと目に入った、露店のリンゴ屋のばぁちゃんに声をかける。


「ねぇねぇ、おばぁちゃん。

おいらお手伝いできるよ。

お手伝いいる?」


笑顔で声をかける。


「おやおや、かわいい坊ちゃんだ。

でもお小遣いやれるほど、稼ぎがないんだよ」


寂しそうに言うばぁちゃん。


「必要ないよ。

おいらこのリンゴがもらえたらそれでいいよ」


孤児院での生活にお金は必要ない。

ご飯も腹いっぱい食べられる。

ただの暇つぶしだから、なんでもいい。


「本当かい?

じゃあ、お手伝いお願いしようかね?」


皺くちゃの顔を更に皺くちゃにしながら笑うばぁちゃんに、私も笑い返した。




ばぁちゃんが箱からリンゴを出すのを手伝ったり、大きな声で客引きしたりして過ごしていた。


「ちょいと休憩しようかね」


人が減ってきたので休憩することになり、私は空き箱の上に座ってリンゴをかじっていた。


『今日は客がいっぱい来てくれた』

とさっき、ばぁちゃんが言っていた。

ばぁちゃんは疲れたのか、日陰でうつらうつらとしていた。


そばにあった、ひざ掛けをそっとばぁちゃんに掛ける。

私はまた露店の隣に積み上げてある空箱に座ってリンゴをかじる。



周囲に目を配っていると、3人組の男たちが向かいの脇道からにやにやと見ていた。

嫌な感じだなと警戒しつつリンゴをかじっていると、男のうちの一人がこちらにやってきた。


「らっしゃい。リンゴ何個だい?」


笑顔で近寄ると、露店の奥に手を伸ばし今日のばぁちゃんの売り上げをひったくった。



声をかけた私を突飛ばそうとしたが、私がひょいとよけたので驚きながらも走って逃げようとする。



私は手に持ったリンゴを思いっきりその男に投げつけた。

しっかりと予想通り命中して、そのまま男はこけて頭を押さえていた。



私は走って追いつき、掴みかかろうとする男をよけて思いっきり急所を蹴り上げてやった。

売り上げを取り返して、男の仲間もとっ捕まえてやろうと意気込む。



走り出そうとしたところ、お腹にグイっと圧力を感じてそのまま抱えられた。



「おいっ! 離せ」


私を捕まえたやつを見ようと無理やり顔を上げる。

すると目の前には燃えるような真っ赤な夕日の色が見えた……。




「あれっ?お前……」


思わず見とれてしまっていたが、夕日から声が降ってきたことで私は我に返る。


「まだ仲間がいるんだよ!! あの脇道のとこ!!」


指を指した私の方をみる。

騎士の服装をした大人たちに「いけっ」と夕日が言う。


そのまま、そっと地面に降ろされた。


「何があったんだ?」


私を逃がさないように私の手を持ったまましゃがみこんでその男が聞く。

目を合わせて言う、その男は宝石みたいな緑色の目をしていた。


「あそこのリンゴ屋のばぁちゃんの手伝いしてたら、あいつがばぁちゃんの売り上げ盗んだんだ。

ちょっと前から正面の脇道から男たちがこっち見てたから警戒してた」


俯きながら不愛想にいう私の頭を帽子の上からポンポンと撫でる。

そして太陽みたいな笑顔で「よくやった」と褒めてくれた。



その後、脇の間に手が入れられて、私はものすごく驚いた。

思わず身を固くしたが次の瞬間、男に抱えあげられていた。

抱えあげられるのは初めてだったから、思わず怖くなって男の首に手を回した。


どうやら男の腕の上に座らせられるように抱き上げられているようだ。



「おい。お前、なんで変装しているんだ?

孤児院のガキだろ? 名前は?」



こんなに変装しているのに……。

今までも、ばぁちゃんに言われていつも変装して出歩いていた。

私は素顔で出歩くなといつも言われていた。



それに今回は貧民街の頃より、変装アイテムが豊富だったから絶対ばれないと思っていたのに。

黙り込む私の顔をグイっと上げ、袖でぐいぐいと鼻周りを男の裾でぬぐわれる。



「おお、やっぱりなんかで書いていたのか。

うまいじゃん? で名前は?」


「あんたが先に名乗りなよ」


生意気に言う私に、男は怒ったりせずに大きな口を開けて笑いながら口を開く。



「そうだな、すまん。俺はアーロンだ。

お前んとこの孤児院を経営している、公爵家で働いているんだ」


「私はリユー。あの孤児院に数か月前に来た。6歳」


「わかった。リユーな。よろしくな?」


そう言って笑うアーロンは燃えるような真っ赤な夕日みたいだった。

そして抱き上げられて密着している体はとても暖かかった。





孤児院に連れ戻されて、私は職員さんに、しこたま怒られた。

少し、しょんぼりしながらも夕食を食べて大人しく入浴を終わらせた。

そして与えられた部屋のベッドでゴロゴロしていた。


「ねぇー。リユー。抜け出して何していたの?」


同室のリリが興味津々で私に聞く。


「んー。リンゴ屋で店番」


「リユーって変わっているよね。

好きな男の子とかいないの?

私、実はエリオットが好きなんだぁ」


「好きとかわかんない。

どんなの? 好きって」


「えっとね、その人と触れるとあったかく感じたり、その人が特に目に入ったり、キラキラして見えるよ」


「ふーん」


適当に返事をしながら瞼を閉じる。


「あと目を閉じたらその人の顔が浮かんだりするよー」



その言葉に思わず、ぱちくりと目を開ける。

さっき目を閉じたときにアーロンの顔が浮かんだ。

ドキドキと心臓が強く鼓動する。


「それって心臓がどきどきする?」


ドキドキしながら聞くとリリがこちらを向いて

「そうだねっ」

と返事する。


「あれリユー顔真っ赤だよ!

さては好きな人いるんだなぁ?

教えてよぉ」



私にまとわりつくリリを何とか引きはがす。

何度も目をつぶってアーロンの顔が思い浮かんでしまう。

私は目を閉じて開けてを繰り返す。



「そうかぁ私アーロンが好きなんだぁ」


小さく独り言をつぶやいて夢の中に落ちた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ