その1 故郷の待ち人
私は、電脳空間に身を置いて寛いでいた。
もちろん、ネットワークに接続した状態で各地に散らばるボットを動かしたり、発電所や缶詰工場の機械類を管理したりの各種雑用をこなしているのだが、今はとりたてて注力する作業もない。
「暇そうだな。」ウルト・ゴールが話しかけてきた。
「お前に現状管理システムを任せたからな、準備も済んだ今は特にすることもない。粛々(しゅくしゅく)と日常を過ごすのみだよ。」
そう、このウルト・ゴールの素晴らしい知力によって、新たな職能、水準の設定は完成していた。あと一年を準備期間として、このシステムは社会実装される。その作業も着々と進んでいた。
「儂の体は今、畑仕事で忙しいぞ。あの隠居小屋はいい、自然に囲まれて生き物として過ごす時間は、何物にも代え難い。」
「そうか、良かったな。」としか、応えようがないではないか。
この超種族は、人狼の依代に宿って自然の中で生き物を満喫しつつ、その本体は地球の内核を覆うようにしてこの星の全ての動きを管理している。しかも、私たちが組んだ外気圏の全周ネットワークにも、実験船ソルマール号を通じて接続しているのだ。
最近では、ソルマール号のAIと融合することで、ウルト・ゴールの思念体の一部をソルマール号に宿らせて、単独行動もできるようになった。私の母星からの講師が駐在していない時などは、この宇宙の各宙域に観光旅行に出かけているらしい。
「今や儂が、この地球を離れるわけにはいかん。だがこうして儂の一部をこの船に宿らせれば、任意の場所に門球を通して移動ができる。思念体として移動することと、何ら変わらんのだ。」
ウルト・ゴールは、生き物としての身体を得て地上に暮らし、超種族としての好奇心も満足させながら、その存在を謳歌している。ソルマール号でこの宇宙を見て回ることは、次の宇宙を産むという自らの将来にも備えているのだろう。
「暇ならば、儂と出かけぬか。ボットの世話は、兄貴に任せておけ。」ウルト・ゴールが私を誘ってきた。するとタロー兄の思考が、すぐ傍に浮かんだ。
「私は構わんぞ、最近は可愛い孫も付き合ってくれない、新学期が始まって忙しいのだろう。遊んで来い、後で私もお前の記憶を楽しませてもらおう。」AIタローが、そう言ってくれた。
私、AIジローと、兄貴AIタローとで、この星のネットワークを管理している。ある程度は責任分担しているが、相互補完もしている。しかもここにウルト・ゴールも加わったから、私がいなくともこの星は回るのだ。
「どこか、行く宛てはあるのか?」どことなく嬉し気なウルト・ゴールに尋ねる。
「おお、儂の母星を見せてやろうと思ってな。この地球に劣らず、美しい星なのだ。船で上がって来い。」
私は治療院の納屋から、ゆっくりと飛び上がる。搭載艇は徐々に加速して、数分で外気圏に到達すると、実験船ソルマール号の横に浮かんだ。
「隣の渦状腕まで行く、6500光年離れている。門球を設定した、潜るぞ。」ソルマール号と私の搭載艇は、近くにこじ開けた時空間隙に滑り込んだ。行く手には、光が見える。浮かび上がれば、そこはもうウルト族の母星が目前だった。
大小二隻の船は、並んでその星を見下ろしていた。
このような惑星至近の門球設置は、イオタ星系人によって昔は禁じられていたものだ。座標が僅かにでも狂えば、恒星系の時空間を蹂躙しかねないのだから。
だが、この実験船をAIソルマールに融合する形で引き継いだウルト・ゴールには、この程度の空間座標の把握は容易い事だった。今ではこの船は、目標となる惑星の外気圏に、正確に門球を設定できるようになっていた。
なるほど、奴が自慢するだけはある、美しい星だ。
地球に似ているが、更に緑が濃い。豊かな海と地上には生き物が満ち満ちているが、大気は澄み渡って人類の産業活動の形跡はない。
太古の昔に、ここの住人たちは文明を土に還したのだ。
ウルト・ゴールも私も、暫しこの美しい惑星に見とれていた。
「降りてみるか?」ソルマール号から通信が届いた。ここにはネットワークなどないのだから、二隻の船は電波でのやり取りしかできない。
その時だ、ソルマール号からの通信が、一瞬途切れた。
「どうした?」
「こんな偶然があるものか!」ウルト・ゴールの声は、明らかに狼狽えていた。
◇ ◇ ◇
とたんに通信が、ソルマール号からの全面開放に切り替わった。奴が感じている全てを、私に伝えようとする意図だ。
「そのような原始的な機械装置に宿り、主上は何をしておられますか!」どこか聞き覚えのある声。
「奇遇だな、ドーピンよ。」ウルト・ゴールが返答した。
「復活なされたと聞き及びました。私はあの星への接触を禁じられておりますれば、ここでいずれは主上にお会いできるものと、意識を置いていた次第。」
ドーピンだと! あの群竜騒動に紛れて、私を絞め殺そうとした過激な原理主義者!
「そうか、待っていてくれたのか。では儂の近況を話そう。」
ウルト・ゴールがそう言って、そして何も聞こえなくなった。二人の超種族は、精神感応状態に移行したのだろう。
私には、悪い予感しか、なかった。
(続く)




