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その4 網元の末娘

「ジロー君って、知ってる?」私がそう言うと、サユリは軽く首を(かし)げた。

「たまに治療院で見かける子よね、クレア様やサナエ様と親しいみたい。」ふーん、今のところのサユリの認識は、この程度なのね。まずは現状確認っと。


「私たち、彼ともう一人アキラって子と四人で、冒険者パーティを組んでるの。」次に、周辺情報を付け加え始める。これも予定通りだ。

「あら、アキラなら知ってるわ。ハルウシから来てる奨学生ね。ガキ大将だったけど、頭も悪くない。幼馴染(おさななじみ)の婚約者が、故郷で彼の卒業を待っているはずよ。」


私はカーラと顔を見合わせる。そんな話は、一度も聞いたことがなかった。

ヤンチャで可愛い弟だと思っていたけど、ちゃんとやる事は、やってたのね。道理で、学校では浮いた噂がなかったわ。でもアキラは置いておいて、今はジロー君よ。


「ジロー君、剣の腕もたつけれど、魔法も打てるし、パーティでは主として回復役(ヒーラー)として活躍してくれているの。」

「あら、彼って人族でしょ。魔法が使えるんだ、珍しいわね。」サユリが、素直に驚いている。そうよね、ジロー君は正直言って見た目はパッとしない、丸顔で大人しい人族の男の子に見えるわ。でも実力を知れば、そのギャップに驚くの。そして、否応なしに興味を引かれちゃう。カーラや私のように。


「ジローには、魔族の血が流れているのよ。お父様はこの学校の剣術師範で、元は竜騎士だったと聞いたわ。人族なのによ。そしてお母様は、ミヒカ先生。初等部の先生だから、編入してきたサユリさんは知らないかもね。」私が説明すべきところを、カーラが言ってくれたわね。


「あら、綺麗で優しいミヒカ先生、私も補習のお世話になったもの。あの方は魔族よね。」

そうか、サユリもカーラと同じでミヒカ先生の補習を受けたのね。私も魔王国の初等部からの編入組だけど、補習は無かったわ。成績良かったもの。でもこれは、どうでもいいわね。


私は自分の額の角を(ゆび)さす。「ミヒカ先生は、ほら私のよりも角が小さいでしょ。混血(ミックス)なのよ、人族と魔族のね。そのお母様がクレア様。筆頭回復術師で、聖母で、私の魔法のお師匠の、あのクレア様なのよ。」と、ここでサユリの顔を(のぞ)けば、へぇ~!と驚いている。これで、(つか)みは成功ね。


 ◇ ◇ ◇


「ジロー君、魔法が使えるんだ。珍しいわね。」私は、知らないふりをした。でも本当は分かっていた。私は魔力が見えるのだ。

治療院ですれ違った時に、カズラ様に似た波動を感じて「おやっ」と思って話しかけた。彼にも光と闇が調和した波動があった、しかも魔力はカズラ様より大きかった。


ハルウシの漁村を束ねる網元ルメナイの末娘に、私は生まれた。私には、生まれついての特技があった。人から漂い出す波動が見えたのだ。


魔力はない。ただ波動を感知できたから、面と向かえばその人の体調が知れた。もし(わずら)っている場合には、その患部が赤黒く沈んで見えた。

ある時、それを父に打ち明けたことがある。

「お前も、(わし)(ちから)を受け継いだか。」父は優しく笑って、幼い私の頭を撫ぜてくれたものだ。父も波動が見えるのだ。そして程度の差はあったが、大勢いる兄姉の中にもその能力を持つ者がいた。


思春期を過ぎる頃には、波動の見極めができるようになった。

魔法は使えないままだが、光と闇の波動を測ることで、相手の魔力がおおよそ判るようになった。

そんなある日、隣町オタルナイから名医がやって来た。カズラと名乗る治療士は、若いが父の友人だった。そして広い網元の家の客間を即席の診療所にして、村の患者を見ることになったのだ。


魔力は決して大きくない、しかし光と闇が調和したその男の波動が美しいと思った。妻だと紹介された獣人族の女性ミルカが、薬師として彼を助けていた。患者を(なご)ませ、テキパキと手を動かす。治療士である夫に最大限の施術効率(パフォーマンス)を発揮させる、息のあった伴侶に見えた。

そのミルカが、熱心に施術を見る私に呼びかけたのだ。「そこの彼女、よければ手伝ってもらえないかしら?」と。私は喜んで、見よう見まねでその妻に従った。


両手の(しび)れを訴える老人がいた。村医者に処方された湿布(しっぷ)では、症状が改善しないと訴えていた。

老人の腕をさするようにしていた治療士が、「腕には異常がありませんね」と言った。あとで聞けば、波動を通して腕の内部を透視(スキャン)したのだ。そしてその手を老人の背中まで辿(たど)っていくと、ここに問題があると即断したものだ。

実は、私には見えていた。その老人の背中、首の付け根あたりに、赤黒く沈んで見える患部があった。それをこの治療士は、即座に見抜いた。


「先生、そこの背中が原因ですか?」私の言葉に、治療士は笑顔で答えた。

「そう、これは両手に伸びる神経が、ここで圧迫されて起こる症状だ。背骨が少し壊れて神経に触っている、そこを修復してやれば症状は治まるよ。」

治療士は背中に手を当てて、回復魔法を使ったようだ。焦点を絞って、小さな魔力で施術する。何て精密な治療なのかしら。赤黒く見えていた患部は、たちまち見えなくなった。


「僕たち生き物係は、この症状を椎間板ヘルニアと呼ぶんだ。」そう言った治療士は、老人に話しかけた。

「原因を取り除けたので、後は快方に向かうでしょう。神経が(いた)んだせいで痺れが残るかもしれませんが、そのうちに完治しますよ。」すると薬師ミルカが湿布薬を処方した。

「痛みが出たら、この薬を貼って下さいね。」


私は運命を悟った。この先生は本物だ、私はこの方を助けて里の民を(いや)すのだ。

そして妻の薬師ミルカが師事したという、サホロの治療院サナエ様の(もと)で学びたいと父にせがんで、サホロの高等部に進学した。


そのカズラ様が、サナエ院長先生のご長男であることは、後から聞かされたことだった。

(続く)

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