その7 神の目論見
大いなる存在が私に示したのは、精緻に指定された五次元座標だった。
試みれば、確かにその全てに私の断片が漂っていた。思いがけず、私は超種族として完全復活を果たすことができたのだ。
頼まれたのは、伝言だった。
私は、この時空で今から48年前、まだ生身だったジローが伝染病に蹂躙されるサホロの街に辿り着いた、その場面に向かって時間軸を降りていった。
そこには、危うく死を免れた人族の娘がいた。ジローに助けられて船の治療ポッドに浮かび、回復途上にあるその娘の夢に、私は入り込んだ。
『この男は、やがてお前を娶とる。お前は、この男を助けて里の医療に携さわるのだ。生きて、殖えよ、多くの子を成すのだ、そして率いよ。お前は、人々を癒す母になるのだ。』神に教えられた言葉を、私は伝えた。
『あなたは誰? 神様なの?』と娘は問うた。
『この世界を創った存在により、我は遣わされた。』
『お前を継ぐ者も用意される。白い花を持った娘が、お前の夫を継ぐ者を、また支えるだろう。』と私は答えた。
この横たわる娘が、のちのジローの第一夫人サナエである。そして白い花を持った娘とは、私の、いやルメナイの末娘サユリであることも、私は知っている。
その夫を継ぐ者とは、私が人狼の依代を得た時に、傍にいたAIジローの孫であるらしい。
神から知らされた未来だった。
「これで、ジローの未来が確定した。この実験過程が補強されたのさ。僕では細かな芸当ができない、世話になったね。」と神は言ったものだ。
「儂が、ジローを助ける役割とは。」私は、またしてもジローにしてやられたのか。
「ああ、それは逆だよ。ジローは一つの要素に過ぎない。彼が魔素を生み出すことで、この星には魔素物理体系が復活した。そして君がこの星の守護者になった。僕の実験はこれにて終了さ。実験の真の目的は覚醒なのだよ、つまり君のね。」
「儂と、言われたか?」
「そう、ウルト・ゴール。こうして君に、この星の守護者になってもらうのが、僕の実験の目的さ。そのために近所の超新星爆発にちょっぴり干渉した、そのガンマ線バーストがジローの船をかすめるようにね。」
「あとは何もせずにここまで来た、私の見立て通りにね。でも実は、一つだけ実験過程に弱いところがあってね、それがサナエだ。あの娘が支えることで、ジローは活躍するのさ。あの娘には、その気になってもらわねば困るんだ。そこで君に、あの娘の背中を押してもらった。」
「儂がジローに敗れ、この星でルメナイに宿ったことも、貴方の実験の一環だったと言われるか?」
「そうだね、お陰で生き物への愛を思い出しただろ。君はこの星で学び、やがて私を継いで宇宙を産む存在になってくれるはずなのさ。」
「儂は長年の友を失ったと言うのに、」
「不幸な出来事だったよね、あれは。申し訳なかったと思うよ。彼が君の依代を復活させるまでは、僕の読み通りさ。でも、能力以上の悪事に手を出したよね。あんなことをすれば評議会が動くのを知らなかったなんて。リムゾーンだっけか、ちょっと勉強不足だったね。ここは読み違えたよ。」
「でも大丈夫、彼の魂はやり直せる。輪廻の仕組みは、知っているね。滅した場所に近い精神世界に帰属するから、きっとこの地球に生まれて来るよ。彼の知力だ、人間だったら社会を指導する重要人物になるだろうね。或いは、大型竜種として生を受けるのか。いずれにせよ、守護者としての君とまた出会うはずさ。」
私はしばし沈思した。この私が、進展について行けず翻弄されている。私が宇宙を産む、だと! 一体、この神の思惑は何処にあるのだ。
「貴方は、魔人とも話されたのですか?」
「うん、昔ね。魔人も惑星規模に意識を広げたからね。目に留まったよ。」
「やはり、そうでしたか。」
「もちろん、彼らには君のような知力はなかったよ。でも話ができたのは楽しかったし、この魔素物理体系と言う奴は面白いと感じたのさ。」
「そのうちに地表では魔素が枯渇してきて、彼らは滅びてしまった。魔素物理体系が誰にも継承されないのは惜しいなと、僕は思ったものさ。」
「それで、儂に?」
「魔素物理体形による精華が、この惑星管理システムだ。これは物質文明の一つの頂点ともいえる代物さ。でも、君たちの評議会でも、見逃していたよね。これまでは、魔法が使える超種族はいなかったのだから。」
「貴方は儂に、何を求められるのか?」
「僕は前任者から、『人類種が繁栄する宇宙』との宿題を貰っていてね。今は、それに向けて努力しているところさ。君には、『その人類種が、今度は魔素物理体系を継承する宇宙』を、僕からの宿題として受け取って欲しい。もしかすると、竜種の宇宙進出も視野に入ってくるかもしれないよね。」
「どんな宇宙を産んでもいい、君次第さ。まあ、この星でしばらく励んでくれ給えよ。人類種が魔素物理体系をどう扱うのか、その予行演習になるだろうよ。」
「儂には、理解が追い付かない。」正直に言った。
「ですよねぇ~。だから、また何度も、何度も話をしよう。君とは、これから数億年の付き合いになるよ。」その言葉を残して、彼は去って行った。




