その6 私は地球
ようやく、この惑星管理システムを取り込むことができた。いやむしろ、私自身をこのシステムの隅々まで浸透させ、一体化したのだ。
他時空に散らばった私の断片を一つ、そして更にもう一つ回収したことで、私の知力は大いに高まった。超種族として存在を誇示した当時には程遠いものの、この地球の魔人が遺した魔法を、魔素物理体系を解析できる程度には知力が充実した。実際に魔法が使えるAIジローの知識が、その理解の糸口となったことは大きかった。
そこで私は、いよいよ魔人の偉業たる惑星管理システムに挑戦したのだった。
まずスルビウトの了解を得て、従者のホムンクルス:ハルが持つ接続権限を我が物とした。
次いで最寄りの自動機械から魔法術式に潜り込んだ私は、内核に刻まれたこのシステムの開祖へと辿り着いた。
魔人の自動機械は、意思を持たない。与えられた指示に、ただ反応を返すだけの設計思想だが、その物理的規模は広大だ。
地球の内核表面、液体である外核の最深部が熱を奪われて固体化し堆積していく、その結晶面に刻まれた演算素子と記憶素子の全て。半径1200kmある内核球の表面積は、約2千万平方kmに及ぶのだ。
管理者権限を書き換え、孤立して放置された多くの計測術式に接続し再起動した。内核の球表面から、今度はこの星の全域に、満遍なく私を広げていく。
ここまで大きく、私を展開した経験はない。しかし希薄とは感じない、巨大な演算能力と蓄えられた記憶が、力強くその存在を私に伝えてくるからだ。
地殻や海底に配置された無数の計測術式からの情報が、都度に届いて降り積り、積層して記録され私を満たしていく。
大気や海流が、体を巡る血液の如く脈打つ。プレートの浮動と地殻の褶曲が、自らの表皮として感じられる。マントルの対流がもたらす地磁気の流れが、そこで発生する渦電流の騒めきが、私を震わせた。
この地球の現状が詳細に把握できる。
地表面にやがて訪れるだろう気象の変動が見通せる、温度と塩分濃度の異なる海水塊の位置関係からは、大陸各地の未来の温暖化と寒冷化の傾向が把握できた。
◇ ◇ ◇
新しく会得した感覚にひとしきり浸った私は、次の挑戦に意識を向けた。
外気圏に浮かぶ実験船ソルマール1に、最寄りの計測術式から魔法術式でできた触手を伸ばし始めたのだ。
この船のスリープポッドには、今も私の人狼型の依代を収容してある。そろそろこの肉体の再構築も、完了する頃合いだった。
私は、この星の内核に意識を置きながら、今度はこの船とも接続しようとしている。他次元に手放した意識の断片を回収した今なら、この程度の芸当も可能になっていた。
よし、うまくいった。ソルマール1と接続した。
「やあ、お帰りなさい。」AIソルマールが陽気に迎えてくれて、私達は再び意識を溶け合わせる。
「素晴らしい! 惑星管理システムを我が物としたとは。超種族の力を、見せていただきました。」彼の称賛が、私には素直に嬉しかった。
さあ、最後の仕上げだ。再接続したソルマール1から、外気圏に浮かんだ大型ボットによるネットワークに接続する。
内核に由来する惑星管理システムに、外宇宙からの眼が加わって、私は今や地球そのものとなった。
月の重力によって潮汐を繰り返す、膨大な海水を身にまとう。
地表には風を吹かせ、雨を降らし、河を流して海に注ぐ。
水面から蒸発する水蒸気で、大気に雲を浮かべる。
海にも陸にも豊かな生態系を育んで、微小なウイルス・アーキア・バクテリア、そして菌類、原生動物、無数の昆虫から大型哺乳類まで、植物は藻類から裸子植物、そして被子植物の大木が重なる熱帯雨林まで、今この星は私なのだ。
肉体に依存して取り戻した感慨を、更に大きく上回る感動。全能感とも呼ぶべき余韻に浸る私に、呼びかけるものがある。
「ようやく話ができる。」その存在が語りかけてきた。
鋭利な思考、そして巨大な心、この私がたちまち圧倒される。直感した、これは神の種族!
「貴方は神なのか?」
「僕はこの宇宙を創ったもの。その理解はおおむね正しいね。」
「長い間、儂は貴方を探し続けていた。何故、今なのだ。」
「単に大きさだよ、君が惑星の大きさになったから、ようやく話ができる。考えてみてくれ給え、宇宙を俯瞰する大きさを持つ僕だ。個々の生き物との会話は無理なのだ、相手が小さすぎるからねぇ。」
なるほど確かに、私自身を惑星の大きさまで展開したことなど、これまでなかった。私がこの地球を覆いつくす存在になったことで、ようやく神の目を引いたのだ。
「貴方との対話を夢見てきた。それが、体を大きくするだけで叶うものだったとは、」
「君だから、到達しえたのだ。惑星の大きさまで思考を展開できる生き物は、そういないだろう。違うかね。君を待っていたのだよ。」
神の種族が、私を待っていたと! 何とも晴れがましい。
「儂にできることがあると?」
「まず一つ頼まれて欲しい、簡単な仕事だよ。だが、私にはできない、細か過ぎてね。その前に、君の欠片の在りかを教えよう。本来の君に戻り給え。」
(続く)




