その5 回収
理論的には、五次元泡である門球は時間軸座標の指定が可能だ。
しかし、時間への干渉は膨大なエネルギーを必要とするため、門球の大きさには制約が生ずる。時間軸を遡さかのぼろうとする場合、ソルマール号本体が潜れる大きさの門球は、この船の融合炉では作り出せないのだ。
小型の探査ボットや搭載艇を送り出す程度の門球ならば、何とか開口ができた。
そして、極小門球の設営は容易で、消費エネルギー量にも問題はない。
肉体を持たない私であれば、僅かでも開口があれば通り抜けられる。私は、極小のエネルギー消費で時間軸を移動できるのであり、残るは座標指定の問題だけだ。
かつてジローを襲撃した際に、私は彼の嫁が振るった魔法によってこの時空に切り取られてしまった。複数の時空に展開していた私の意思は、連携を失い断片として取り残された。そして、この時空に囚われた私本体は、超種族としての能力を失ったのだ。
千切れて、過去の他時空に取り残された、漂う私の意思の断片。
それらは、やがて消滅する運命だ。しかし漂うにしろ、或いは消滅したとしても、何らその時空に影響を及ぼすものではない。つまり、今それらを探し出して私が取り込んだとて、評議会が禁ずる因果律への干渉には抵触しないのだ。
あの時の私は、複数の時空に存在を展開していた。それらの座標を特定し、そこに極小門球を通す。
問題はその五次元座標だ、無意識に置いた足場の特定には苦労しそうだ。多くの試行錯誤を必要とするだろう。
もう一つの問題がある。時空によって、時間の流れが様々なことだ。まずは対象時空の時間との相対速度を調べることだ。複数の時間軸変換ルーチンを用意しなければならず、これには多くの作業が伴う。
いずれにせよ、AIソルマールの助力が必要だ。彼にこの船から門球を維持してもらい、私が向こう側に出て自らの断片を回収することになる。
地球を周回するソルマール号は、AIタローが張り巡らしたネットワークに接続している。その実験船のAIに協力依頼をする限りは、この試みをAIの兄弟にも事前に話しておく必要がある。試みれば、すぐに分かることなのだから。
果たしてあのAIの兄弟は、認めるだろうか。
意識の断片を再統合できれば、かつての超種族ウルト・ゴールとして私は復活することになる。全ての断片を回収できなくとも、それなりの知力は取り戻せるはずだ。だが、一時はこの星を初期化しようとした私だ。この試みを、彼らは許すのか。
そもそも、私の復活は必要なのか? 生き物としての喜びを思い出した今、このままこの星に留まって生き物たちを見守るのも一興ではないか。
いや、私には神の意志を追う使命がある。戻れるものなら再び使命に向かいたい。
私はネットワークに接続して、AIソルマール、AIタロー、AIジローに協議を申し入れた。
◇ ◇ ◇
「何だ、我らに尋ねるまでもない。再統合の可能性がある以上、試みるべきだろう。」AIの兄弟の意見は一致していた。
「そのような試みに参加できるとは、光栄です。」AIソルマールも賛意を示した。
「儂が超種族の能力を取り戻せば、またこの星を滅ぼそうとするかもしれんぞ。」そう言わざるを得なかった私は、今も罪悪感を持っているのは確かだ。
「お前がそんなつまらぬ冗句を言うほど、人間臭くなったのだ。我らはお前を信頼している。」とAIタローが言えば、
「お前の能力が高まれば、私から頼んでいるこの星の惑星管理システムの再稼働に向けて、魔素物理体系の理解も進むのではないか?」AIジローも声を重ねた。
ルメナイに宿ったままだったら、私は涙を流していたかもしれない。
「そう言ってくれるのか、儂はこの星で良い友を得たのだな。」思わず感謝の想いを吐露した私だった。
◇ ◇ ◇
AIソルマールと連携して、まず一つ目の時空に門球を通した。ここは、確かに身を置いた記憶がある。私にとって居心地が良く、馴染みのある時空の一つなのだ。
時間経過を計測する。向こうは時間の流れが早い、こちらで33年前に相当する時間軸を遡り、微小門球を開いた。
その前後を幾度も探る。こちらでは数秒でも、向こうの時空では数時間が過ぎていくから、なかなかその瞬間を捉えられない。開口のためのエネルギーは極小とはいえ、手間はかかるのだ。
そして、見つけた! 唐突に切り離されて、戸惑い漂う私の意識の断片。
微小門球から思念体として遷移した私は、これを回収し同化した。
たちまち、この身の充実を覚えた。
知覚が明瞭となり、感知範囲が広がり、多くの能力が目覚めた。今取り込んだ断片は、比較的大きなものだったのだ。私は猛然と、次の時空探索に取り掛かった。
(続く)




