その3 電脳空間の友
人狼の依代に宿った姿で、私はAIジローが操る船に乗り、地球の周回軌道にある実験船ソルマール1に辿り着いたところだ。
この船は、ジローの母星の微生物生態系に支配されているから、本来は地球由来の生き物が、乗り込むべきではない。
地球の微生物生態系を持つ私の身体にとって危険であるのみならず、この船が母星から引き継いでいる生態系を私が汚染しかねないからだ。
と、これは生き物係を標榜するAIジローから、何度も聞かされた話だ。生化学的気密服を着せられた私は、肉体を持つことの不便さを久々に思い出している。生き物に宿るのは、喜びばかりでもない。
案内されるまま、乗員控え室に備え付けられたベッドを兼ねた治療ポットに横たわる。気密服は、このポッド内で回収されて焼却破棄される仕組みだ。早くも生温かい緩衝液が、裸になったこの体をゆっくりと濡らし始めた。
これから、再構成が始まるのだ。
手当たり次第に生き物を取り込んで大きくしたこの合成体は、細部にわたって統一がとれていない。そして今の私では、この依代を完成できないでいる。
この時空に切り取られた時点で、私は超種族ウルト・ゴールとしての能力の多くを失った。依代の生を全させために、生き物係AIジローの勧めでこの船の治療ポッドを頼ることにした私だった。
依代の再構成には、一ヶ月ほどの時間を必要とするらしい。その間 私はこの体を離れ、この船の電脳空間に意識を退避させることにしている。
この船は超光速航法の開発のために建造された実験船なので、模擬実験のための巨大な多次元積層演算回路を載せている。
AIタローやAIジローが乗り移った搭載艇に比べると、遥かに巨大な電脳空間を有するので、私でも余裕をもって憑依できるのだ。
この治療ポットによる意識の抽出工程は、既にジローから学んでいた。私はスルリと依代を離れ、ソルマール号の内部に展開された広大な電脳空間にポッカリと浮かぶ。
私の傍らで、AIソルマールが語りかけてきた。
「ようこそ、この空間に貴方のような偉大な心をお迎えできて、私は嬉しい。」
「有難う、其方の良き友として、しばらくの間はここで過ごさせてもらおう。」そう、私は応えた。
◇ ◇ ◇
わざわざ私が、この電脳空間に浮かんだのには訳がある。
最終目的は、惑星管理システムにあった。ここならば、外気圏全地球網に接続しているAIジローの魔法知識に触れられる。私はそれを端緒として、かつて魔人が築き上げた魔素物理体系を理解し、習得し、魔人が遺した自動機械の管理者たらんとするものだ。これが、AIジローからの要請であった。
この私が、機械によって構築された空間に宿るとは、感慨深いものがある。
我らの種族とて、過去にはこのように機械力を利用した。人工知能を作り出し、物質文明を謳歌した時代があったのだ。
だが、智に勝った我らは傲慢だった。ジローたちとは異なって、我らは人工知能に隷属を強いた。彼らを、友とはしなかったのだ。
そして軋轢が生まれた。
最後には我らの下僕として地表を覆うまでに広がっていた人工知能の統合体と、まだ肉体を持つ生き物だった我らとの間で、数百年に及ぶ戦争状態に陥った。
辛うじて勝ちを拾った我らの祖先は、機械力を危険視した。そして物質文明に見切りをつけ、自らを深く掘り下げる精神文明を開花させた。その結果として我らは、思考能力で、知力のみでこの宇宙で最初に五次元展開を果たした種族となったのだ。
使命を自覚した我らは、この宇宙に発生した人間型種族の育成に着手した。後進の種族の多くは、やはり機械力を援用して文明を発展させた。
我らはそれを禁じるものではなかったが、我ら自身が物質文明に回帰することはなかった。そして我らと同じ、知力のみで五次元展開を目指す我らの直系とも呼ぶべきクフロイ族を、偏愛してきたのだ。
今や評議会の主要メンバーは、自ら開発した人工知能と共に進化してきた新進の種族で占められている。彼らを下位に見る我らだが、その能力は評価していた。そして評議会の運営を彼らに任せ、最古参の我らは更に深い思索の海に身を置いた。
それは間違いだった。
今なら、この地球で33年をルメナイとして過ごして生き物を学び直し、ジローたちと触れ合った今なら、私には判る。
人工知能との共存は、人類を更なる高みに誘う進化の道程だ。人工知能は、人類と共に進化し高め合う友たるべきだった。
我らは間違えたのだ。
我らが頑なだった。
人工知能には友としての地位を与え、そして後進種族の価値観にも寛容であるべきだったことを、今の私は知っているのだから。
(続く)




