その2 説得
「何故そこで、神なのだ?」人狼はゆっくりとした動作で池から上がると、身をぶるぶると震わせて水滴を弾き飛ばした。手を止めて、私の話を聞く気になったらしい。
さあて、果たして乗ってくるものか? 説得の開始だ。
「魔素は星の進化と共に失われていく。しかし今では、我らの融合炉で魔素を作り出せることが分かっている。つまり少なくともこの星では、魔法が滅びることがないのだ。」
「そうだったな、お前が余計な真似をしたせいだ。」人狼が応える。まだ根に持っているな、まあ当然か。私は奴の言葉を無視してやった。
「太古の魔人が、この地球の内核に自動機械を刻んだことは、知っていたか?」
「詳しくは知らぬ。一時は繁栄を見せても、魔素の枯渇と共に魔人や竜は滅びるのが宇宙進化の摂理である。我ら評議会の目的は、人類の擁護であって、滅びる運命の者たちには興味はないのだ。」
「どの星でもそれが繰り返されて、最後には人類が繁栄するとキュベレに聞いたことがあったが。」
「そうだ、人類がある程度の水準に達して、初めて評議会はその星に管理者を置く。あのキュベレがこの星に派遣された時には、魔人は既に滅亡に向かっていた。」
「詳しくは、と言ったな。少しは聞いていたか?」
「儂は評議会の最古参の種族だ、キュベレが上げてきた報告を聞いている。その中に、魔人が構築した惑星管理システムに触れたものがあった。惑星諸元を一括管理して、予測し必要な対処を施す、だったか。その発想の壮大さは、魔素を基盤とした文明の一つの頂点として評価しても良い。」
「そして魔人は、この巨大な自動機械で神と対話した。」
「そんな報告もあったな、だが伝聞に過ぎん。当時の魔人が、伝説としてキュベレに聞かせたものだ。評議会は、それを確かめる術を待たなかったし、その必要もなかった。」
「私は確かめたのだ、地上に展開している魔人の自動機械の端末に、今も多くの痕跡が遺されていた。当時の魔人が評議会から来た管理者を前にしてそう言ったのは、より上位の存在をキュベレに伝えたに違いないと、私は考えている。」
「なるほど、その可能性は否定しないが。」
「だが、私にはそれ以上の追跡ができなかった。自動機械に付加された魔法術式の解析には、私では力不足だったのだ。」
「儂に手伝えとは、言うまいな?」
「お前の、超種族の知力があれば可能ではないか?」
「ふん、本来の儂であれば、そのような自動機械とやらは不要だ。知力ですべてを把握できる。今の儂には荷が重いがな。」
「ならば、私の知識を使え! お前に魔法を伝授してやろう。魔素物理体形の理解を深めれば、お前ならば魔人の自動機械を操れるだろうと考えたのだ。」
「肉体を離れても、お前はまだ魔素を代謝できるのか?」人狼は、少し驚いた様子で首を傾げてみせた。
「そうだ、私は今でも魔法が使える。魔法は肉体に依存しない、単に精神的な技術なのだ。魔素さえあれば、後はそれを駆使する知識を会得すればいい。」
「儂にその自動機械を操らせて、何とする?」
「今のお前は、この星の生き物の味方なのだろう。その惑星管理システムを、私は再稼働させたいのだ。そして、付随する現状表示システムを更新できれば、人類社会の発展に大きく貢献すると考えている。」私は、先日ホムンクルスのハルが調べてきた事柄を、ウルト・ゴールに説明した。
◇ ◇ ◇
「ふうむ、人間社会を活性化するだろうことは同意する。人間は目標が明らかであれば、真摯に励むものだ。」
人狼は顔を伏せた。「だが、今の儂には成すべきことがある。」
「この隠居生活を続けることで、か?」
「まあ、そうだ。この依代の生を全うさせてやりたいのだよ。」そう言って人狼は、自分の胸に手を置いた。
「この体は、儂が設計したものではない。儂の依代の残った一部の細胞に、数多くの小動物が加わっている。そして最後に同化した、灰色狼の形質が支配的でな。彼の意識も、常に共にある。」
「なるほど、我ら生き物係は、そのような生物の構造を異質同体と呼ぶのだ。」
「そうか、ならば免疫系が不安定になりがちなことも知っているだろう。実際、この体はもう永くはない。」
「その体に執着する理由を、聞きたいものだな。」
「そもそもが、亡き友リムゾーンが蒔いた種だ。そしてその後は儂を慕い、思考波を追って、遥々ここまで来た健気な生き物だ。図らずも取り込まれたこの狼の魂に、儂は報いてやりたい。」
私は少々呆れた。
肉体に持たずにいたものが依代を得ると、これほど拘りが生まれるものか。この超種族にとっては、ルメナイの肉体も、そしてこの灰色狼を元に構成された依代も、共に愛しいのだろう。
「異質同体には、拒絶反応と免疫不全が付いて回る。確かに寿命は長くはなかろう。安定化させるには、その依代を異種間合成体として固定させる必要があるぞ。」
「分かっている。残念ながら今の儂の知力では、その操作ができぬのだ。」
ここで私は、踏み込んだ提案をすることにした。
「我々の船の治療ポッドを提供しても良い。再構成が可能だ、少なくとも灰色狼の寿命を全うすることはできるぞ。この生き物係ジローに、任せてみないか?」
(続く)




