その7 取り残された思い
数時間後、僕のパーティ仲間とゲラント隊が、この魔動機に帰ってきた。
そうだ、感覚共有子機を切ったままだったっけ。爺っちゃんとも、しばらく会話できていない。
「どうだった、あの魔物は倒せたの?」恐る恐る、聞いてみた。
「見失ったわ、残念ながら。」ミリア先輩が悔しそうだ。そして、付け加えた。
「ミランダさん、治ったのね。ジロー君、お疲れ様。」ニッコリと笑ってくれたけど、先輩の笑顔の裏には何かがある。
アキラは、僕を見てニヘラと笑った。そしてカーラは、唇を尖らせて僕を睨んできた。
まずい、これはバレてるな。ミランダさんに押し倒されて、すぐに感覚共有子機を切ったけど、あの時の僕の動揺は仲間に筒抜けだったみたいだ。
◇ ◇ ◇
「途中までは、後を追えていたのだ。」この魔動機に同化しているボットから、爺っちゃんの声がしている。と言うことは、ミリア先輩。ある程度は、爺っちゃんのことをゲラントたちに話したのね。
まあ、爺っちゃんの搭載艇に乗り込んで追跡したんだから、説明せざるを得ないよね。
「奴の生体波動は記録できていた、それを探知しながら追跡していたのだが、そのうちに紛れてしまった。波動が変わったのだ。つまり、異なる生き物を同化したのだろう。」
「別の生き物を食べた、ってこと?」聞いてみた。
「最初に奴を探知した時を、覚えているか。赤い光点がチラチラしていた。あれは、生き物の種別が特定できず、いろいろな波動が混在していたからだ。」うん、そんな事を言ってたよね。
「今、残ったデータを解析すれば、ウサギなどの小型哺乳類、両生類に昆虫類、いろいろな生体波動が見て取れる。すなわち、奴はこれらを食べて、姿を変えて大きくなってきたのだろう。」
「その姿が、また変わったんだね。」
「おそらくな、私とミリアの爆裂魔法で、多くの体細胞を失った。奴は体を大きくしようとして、また別の生き物を捕食して、同化したと思われる。その結果、奴の生体波動が変化して、探知魔法にかからなくなった。」
「ふーん、厄介だな。探索を、一からやり直しじゃないか。」
「だが、場所の想像はつく。ゲラントから聞いた位置情報によれば、奴は明らかに北を目指しているのだ。」
「ここから北に向けて、地域を絞るべきですな。ならば仕事はやりやすい。」ゲラントは、髭の浮いた顎を撫ぜる。
「増員して、網を張ります。ただ、今後とも賢者ジロー様のご助力をいただければ、誠に心強いですな。」
「この際だ、協力しよう。明日、この船で改めて出張ってくる。ミリアとジローは私の賢者のスキルを駆使できるから、この二人の助力も有効だな。我らならば、たとえ離れて展開していても、連携が取れ大魔法が打てる。」
「それは僥倖、大いに期待させていただきましょう。」ゲラントが喜んだ。
「ジロー君と一緒に仕事ができる。頑張ろうね。」ミランダさんが、濡れた眼で僕を見つめてきた。さっきのことを思い出して、僕は赤面した。
◇ ◇ ◇
とりあえず、最前線をゲラント組に託して、今日はサホロに戻ってきたジローの一行だ。明日の朝早くに、また搭載艇で飛んでゲラント隊と合流だ。
消灯時間が迫った寄宿舎の多目的室、その片隅でミリアとカーラが話し込んでいた。
「ジロー、信じられない! 不純よ、見境がないの、あいつ。」カーラが涙を浮かべている。
「男の子だもの仕方ないわ、許してあげなよ。ミランダさん、魅力的な女性だから。」ミリアがジローを庇った。
「愛がないのに、するの? 誘われたら、断らないの?」
「愛はあったと思うわよ、少なくともミランダさんには。」
「そうかな?」
「そうだよ、あんな怪我を治してもらって、顔の傷もすっかり見えなくなってた。女としては、嬉しかったと思うよ。」
ミリアが、向かい合ったカーラの顔を覗き込む。
「カーラ、もしかして妬いてる? ジローの初めての女になりたかった?」
「そんなんじゃ、ないよ!」
「私さ、いずれ初めてをジローにあげるつもりなの。その時に、ジローが経験者なら優しくリードしてもらえるなって、思ったわ。」
「先輩って、相変わらずブレないね。」カーラが、深く溜息を吐いた。
「先輩がいろいろ言うからさ、この頃は私もジローを意識しちゃってて。」
「うん。」
「出会った時は、さ。手の届かないお坊ちゃまだと思って、でもワンチャン彼女にしてもらえるかなって、考えてさ。」
「うんうん。」
「でも、そのジローが、あんな大人の女の人といいことするなんて、」
「許せない?」
「ううん、そうじゃない。でも悔しい。なんだか取り残されたみたいでさ。」
二人の会話は、消灯時間が過ぎても続いた。
(続く)




