その3 飛竜様の配慮
焚火のところにいたのは、人族の少年だった。
話を聞けば、子供っぽく見えたけど、私と同い年。しかも、来年に私が進学したいと思っている高等学校の、関係者の息子なんだって。名はジロー。
素早く火球を投げてきた。そして、薬草の汁にかぶれた私の手の平を見て、治癒魔法であっさりと治してくれた。こんな魔力を持つ者は、ミソマップの村にはいない。人族なのに魔力が大きいのは、魔族の血も流れているからだとも聞いた。
朝早くから頑張って働いて、ようやく気晴らしに出てきた私。
それなのに彼は、飛竜様を友として、働きもせずこんなところで釣りをしながら一日を遊んでいる。丸顔のごく平凡な顔立ち、背は私より小さくて、ニコニコとして他人を疑わず、気前がいい。名家の跡取りで、なに不自由無く育てられたお坊ちゃまなんだわ。
焚火を囲んで夜食を頬張り、親しげに会話を続けながらも、私には恵まれた環境に育ったジローが羨ましかった。
◇ ◇ ◇
「もう遅い時間だ。若い娘が、深夜まで外にいて良いのか?」飛竜様の野太い声で、私は我に返った。いけない! 早く戻らないと、また叱られる。
そうしたら、ジローが思わぬ事を言ってくれた。「ウォーゼル、カーラを自宅まで乗せて行ってくれないか?」
「親御さんのところに送り届けて、ついでに来年は高等学校で待っていると、伝えてくれよ。」やれやれ、苦労知らずのジローは気楽なものだ。私の悩みも知らないで。
「分かった、ではお嬢。私に乗りなさい。」
ジローは、私に飛竜様への乗り方を教えてくれた。まず首に跨って、両足を両肩に置く。次いで上半身を首に密着させて、手を伸ばして角に手を置く、またはたてがみに手を絡ませる。これは上空で振り落とされないようにするコツだそうな。
ふわりと浮上した。翼ではなく魔力で飛ぶ飛竜様は、乗り心地がとてもいい。私は、その背に身を置く要領を、すぐに覚えた。
「もう、最高! 飛竜様に乗せてもらえるなんて!」
あっという間に林を越えて、村の上空だ。私の家を見つけて、飛竜様に降りてもらったら、気配を察して家の扉が開いて親父が出てきた。
「もっと早く戻れと言っておるだろう! お前はいつも、」そこまで言って、私の後ろでとぐろを巻く飛竜様に気が付くと、親父の体が固まった。
「薬草を商っておるのだな。」飛竜様が、しきりに周囲の匂いを嗅いでいる。私の家は薬草の精選出荷工場だから、周辺には甘い香りが漂っている。
「これは飛竜様。私の娘が、何かご迷惑をおかけいたしましたでしょうか?」親父が、思いっ切り下手に出たのが、可笑しかった。
無理もない、飛竜は魔族や獣人族にとっては格上の存在だ。この村で飛竜を見ることなど滅多にないし、そもそも飛竜は人との関りを拒むものだ。そんな存在が突然現れて、親し気に口をきいたものだから、驚くのが当たり前だ。
「いやいや、河原で出会っただけじゃ。夜も更けたので、乗せてきたまでのこと。」そう言った飛竜様は、急に思い当たったのか言葉を続けた。「この匂い、覚えがある。ここの薬草は、サナエの治療院に納めておろうが。」
親父は、ハッとした表情だ。「それは、サホロの街にある治療院の院長、サナエ様のことでございますか?」
「おう、やはりそうか。儂は、あの治療院の横にある洞窟に住んでおるのだ。」そう言って、飛竜様は一気に打ち解けた様子だが、親父は遜ったままだ。これでは、会話が弾まないよね。
「今まで河原で儂と一緒におったのが、その治療院と学校を経営する一族の息子での。来年には高等学校でお嬢を待っている、と言っておった。確かに伝えたぞ。」
あちゃ~、飛竜様 言っちゃったか。親父は、私を睨んだり、飛竜様に何か言おうと口をパクパクさせたりで忙しい。
「待ってよ、飛竜様。私、まだ親に学校に行く許しを、もらっていないのよ。」
「なんだ、そうだったのか。何か問題があるのか?」
「そりゃあ、授業料のこととか、私がいなくなったらこの工場の働き手とか、いろいろあるじゃない!」
「そうか。」飛竜様は、しばらく考えたようだったが、「これは失礼をした、親父殿。儂らの考えが至らぬことであった。」突然、うちの親父に詫びてきた。
「へへえ、とんでもないことでございます。」親父も、遜ったままだ。
「今夜はもう遅い故、明日になったら改めてジローをここに連れてこよう。お嬢が学校に行くための相談を、一緒にいたそうではないか。」そう言い残すと、飛竜様は飛び去って行ってしまった。
親父に叱られる、と思った。
けれど親父は、飛竜様との会話がショックだったみたい。「早く寝ろ!」とだけ言って、寝室に引っ込んでしまった。
明日、私はどうなるの? これって私にとってラッキー? ベッドに入っても頭の中がグルグルしていたけれど、そのうち睡魔がやってきた。(続く)