その3 経験値を持たない生き物
ミリア先輩は、どの属性を選ぶかな? 僕なら火の魔法?
「今!」素早く術式を組んだミリア先輩が、右手の杖を振り下ろす。水属性の、次いで風属性の波動が放たれた。そうか! 得意の凍結魔法で、相手を捕える気だな。
弾着に合わせて、軟体動物の手前の障壁を一部解除。その穴を波動が通過すると、すかさず障壁を回復する。よし! 上出来だ。
軟体動物がいた場所は、たちまちパキパキと青白い氷の塊に包まれた。
「やったぜ!」アキラが喜ぶ。
「待って、様子がおかしい。皆んな、地図を見て!」先輩の声で地図を見直せば、赤い光点が消えていた。
「爺っちゃん、どうなってる?」
「飛んで逃げた様子はなかった、或いは地面に潜ったか?」
「全員、空へ! バウラはカーラを乗せて! ジローはアキラをお願い!」すかさず、ミリア先輩の指示が飛んだ。
僕は急いで障壁を解除すると、アキラの片手を引いて肩に背負い風属性の波動に乗った。
「うひゃ~!」普段は飛翔魔法を経験しないアキラは、珍妙な声を発する。
四人と一匹が上空10mほどに浮かんだ、その時だ。見下ろす多層表示地図に、赤い光点が出現したではないか。
今まで僕らがいた地面が突然盛り上がり、地面から何かが飛び出した。
と形を失い、ボールのように弾んで跳ねたかと思えば、上空の僕らに向けて灰色の原形質状に吹き上がる。だが、この高さまでは届かない。
「空へ逃げて正解ね。」見下ろすバウラは冷静だった。
「すごく攻撃的、そして執念深いのね。」そのバウラの背で、カーラが呆れた声だ。
「捕まえようとしたのが失敗だったわ、攻撃してみるわね。」宙に浮いたミリア先輩が杖を振り下ろすと、今度は分かり易い火属性の波動が感じられた。
伸び上がった原形質状の敵の真上に、回転する灼熱の光が現れた。そしてグングン大きくなる。あれは賢者の技:爆裂魔法だよな、ミリア先輩が魔素を渡して爺っちゃんに頼んだな。だけどあんな高さで破裂したら、僕らも巻き込まれるぞ!
「下に向けるから、心配ないぞ。」僕の心の動揺を察知したのだろう、爺っちゃんの声が聞こえた。へえ~、爆発方向の制御もできるのか、流石は爺っちゃんだ。
広がった光球が、ピカリと弾けた。伸び上がった敵の身体が、炎に包まれて爆散する。しばし遅れて、ドーンと爆発音と空気の振動が、上空に浮かぶ僕らにも伝わってきた。
確かに、炎も衝撃波も、僕らのところにはすぐ届かなかったな。今聞こえた音は、一度地面に当たってから反射してきたものらしい。
肉が焼けたような匂いが、周囲に漂っている。見下ろす地面は、半径10m以上にわたりブスブスと焼け焦げていた。爆裂魔法か、凄い威力だ! 先輩と爺っちゃんの連携は見事だった。
一瞬だけど、炎の中で燃え残った敵の身体が、落下しながら一つにまとまったのが見えていた。大きなダメージを受けたはずだよね、でも地図には敵の名前はおろか活力も表示されないままなので、どこまで削れたのかが分からない。
燃え残った敵は、地面に落ちると弾みながら飛び出した穴に向かい、その中に逃げ込んだようだ。多層表示の地図からも、その赤い光点は消えていた。
「逃げたのか?」空中で僕に支えられながら、下を覗き込むアキラ。
「どうやら、そうらしいな。」僕らは用心しながら、浮かんだままだ。地面は、まだ燻ぶっているしね。
「強敵だったわね。」バウラの背で、ふぅと溜息を吐くカーラ。
「やっぱり魔法攻撃が効いたな、俺が考えた通りだぜ。」偉そうに威張るアキラ。そう言うお前は、僕に支えられたきりで何もできなかったけどな。
「倒せなかったな、経験値をもらい損ねたぜ。」
「いや、アキラよ。倒せても経験値は入らなかっただろうよ。」ここで爺っちゃんの言葉が響いた。
「えっ、どうしてさ?」
「私の鑑定魔法が通用しなかったからだ。つまりこれは、状態表示魔法の管理簿に、あの魔物の情報が存在しない事を意味する。」
「情報がないって?」
「魔人の作ったシステムには、この星に生きる意志ある動物の全ての情報が記載されてきた。つまり、鑑定できなかったあの魔物は、名前もなければ、レベルも無く、活力(H P)も判らない。経験値も設定されていないから、倒してもレベルアップに貢献しない。」
「神に作られた生き物ではない、のですね?」ミリア先輩が呟いた。
「そう、神がいるのかは知らんが。少なくとも、この星が産んだ生き物ではない。まあ、奴が一匹だけなのは、幸いと言うべきか。」
「へっ、あんな奴が、沢山いてたまるかってんだ!」アキラが、僕の肩で不貞腐れて呟いた。
(続く)




