その2 魔物との遭遇
ミリア先輩が、土魔法で地面に大きな穴を掘った。皆で、倒した魔物をその穴に放り込み弔うのだ。飛竜のバウラが、その様子をじっと見ている。獲物を狩る眼だ。
「どうした、バウラ? 食べたかったのか?」と聞いてみた。
バウラはこちらを見ると、もたげた鎌首をフルフルと振った。これは僕らの仕草を真似たんだ、ふつう飛竜はこんな表現をしないはずさ。
「いいえ、止めておく。これはそんなに美味しくないもの。」そう言って、今度はカーラの方に頭を向ける。
「それに大き過ぎる。これを飲み込んだら、カーラを乗せて飛べなくなっちゃう。」今度はフンと鼻息を鳴らした。
「じゃあ、ウサギとかイノシシの子供を食べさせてやるぜ。爺っちゃん、探知魔法の範囲を広げてくれよ。」アキラは、もうこの地図を使いこなしている。そしていつの間にか、爺っちゃんともタメ口だ。
ミリア先輩とカーラは「お祖父様」と呼びかけるけど、アキラは僕と同じで「爺っちゃん」だ。そして、そう呼ばれて爺っちゃんは、何だか嬉しそうなんだよね。
「分かった、では広げるぞ。」視野に地図が多層表示された。僕たちの五つの青い光点がキュっと一カ所にまとまり、その周りに新たに赤い光点がパラパラと散らばった。そう、更に高度を上げて上空から見下ろしたみたいに、
「半径1kmだ。いくつか探知した、鑑定するぞ!」すると今度は、その散らばった赤い点にパラパラと名前が付され始めた。
「おお、いるいる。イノシシもいるぜ。」アキラは嬉しそうだ。
「すぐ前にも、何かいるわ!」カーラの言葉で、僕も気が付いた。200mも離れていない、薄赤くチラチラする光点がある。
おかしいな? こんなに近くなら、地図を拡大しなくても見えてたはずだよね。しかも、名前が付いてない。爺っちゃんの賢者の魔法が、届いていない?
皆、考えることは一緒だ。一番近いこの光点に向かって、音を立てぬようにそろそろと接近を始めたのだ。
「いたぞ、ウサギだ。大きいぞ。」子機を通じて頭の中に聞こえる声、アキラだ。
100mほど先に、僕にも見えた。二つの長い耳がピンと立っている。
その時だ、ウサギがゆっくりと頭を回してこちらを見た。
しまった! 気付かれたか。
だがウサギは、じっとこちらを向いたまま。何かが変だ。
「こっちを眺めてる? 何なの? あいつ。」このパーティの中では、一番遠目が利くカーラ。子供の頃から兎狩りに馴染んだこの娘も、違和感を持ったらしい。
「お祖父様の鑑定では、名前が見えませんね。」これはミリア先輩、すると爺っちゃんが応えた。
「鑑定が返ってこないし、生体波動でも判別できない。まるで、いろいろな波動が混在しているようなのだ。」
「なんだそれ? 爺っちゃんの賢者の魔法も、たいしたことないな。」こらっ、アキラは失礼な奴だ。
「臆病でたちまち逃げる、それがウサギだよ。こちらを見返すだなんて、信じられない。」うん、そうだよね。カーラの意見に、僕も激しく同意します。
「皆んな、用心して! ここから魔法を撃ってみる。」ミリア先輩の声が頭の中に聞こえて、石礫がヒュンと飛んだ。
ビシッと音がして、ウサギの胴体に見事に命中。その肥えた胴体を、石は貫通したみたいだ。でも赤い血は見えない。
すると、何と! ウサギがこちらに向かってきた。
「面白れぇ、やろうってのか! バウラの餌にしてやるぜ!」アキラが剣を抜いて、飛び出そうとした。
「うそっ、こんなのウサギじゃない!」カーラの叫び声が、重なった。
「だめっ、アキラ君。止まりなさい! ジロー君、防護障壁!」ミリア先輩の強い制止で、アキラはたたらを踏む。
僕は5mほど手前に、白く輝く半透明の障壁を立ち上げた。地面から大人の背丈を越えるほどの高さに、素早くだ。
走り込んできたウサギが、その直前でピョンと飛び上がる。そして障壁に体当たり。ベシャっと、変な音がした。
そして、ぼくは目を疑った。あれは何だ! ぶち当たったところにウサギの姿はない。歪に丸い灰色の液体のようなものが、障壁の向こう側にベッタリと貼りついていた。
「うえっ、何だこれ? 気持ちの悪い奴。」アキラが驚いて叫ぶ。
障壁の向こう側では、その灰色の液体がズルズルと滴り落ちながら、地面の上で今 一つにまとまろうとしていた。
「これって、ラムザを襲った奴だ。間違いないよ、ねぇジロー!」大きな眼を、ますます大きく見開いて、カーラが叫ぶ。
そうだ、あの時ラムザから聞いた、こいつは姿を変える軟体動物。だとすると、あれに触れれば溶かされる。
「そして、私が魔法を撃つのだったわね。ジロー君、着弾に合わせてあいつの手前だけ障壁を緩めてちょうだい。」ミリア先輩から指示が飛んできた。
「了解!」僕は、先輩の魔力の流れに集中した。
(続く)




