その1 竜のいる時代
長かった夏休みも、残すところ一週間。そろそろ寄宿舎には、帰省していた学生たちが戻り始めてる。でも僕の三人の仲間は故郷に帰らなかった、機会があれば森に出掛けて魔獣を狩り、この夏休みをレベル上げに費やしてきた。
ミリア先輩も、どうしても受講したいクレア婆ちゃんと一対一の集中魔法講座を除けば、僕らに付き合ってくれたのさ。
たった今、野生の群竜八匹と木陰コヨーテ十匹を、続けて倒したところだ。
爺っちゃんの鑑定では、レベルが14と15の軽量肉食魔獣だが、共に個体数が多いのが厄介だった。
でも、僕の防護障壁、ミリア先輩の広域火炎爆、そしてアキラの剣とカーラの短槍の冴えは確かだった。魔法による第一波、そして前衛二人の第二波攻撃をかいくぐった奴らは、最後にはバウラの肉弾攻撃で沈黙させられた。太い尾で叩きつけられ、胴体で押し潰されたのだ。
まだ子供の飛竜だが、バウラは強い。大人になるまでブレスは吐けないが、その物理的な攻撃力は絶大だ。
「バウラ、やるわね! 体は大丈夫?」ミリア先輩が、魔獣に止めを刺した飛竜を労った。
「思わず力が入ったわ、鱗が何枚か剝がれたみたい。」バウラは、フ~ンと鼻息を漏らす。飛竜の表情は読みにくいが、苦笑いしたといったところだろう。
「大丈夫、自分で治せる。」そう言って、バウラは僅かに血の滲んだ胴体をポウっと光らせた。光属性の回復魔法を使ったのだ。
発動が早く、よく効く魔法だ。傷はたちまち見えなくなって、バウラはゆったりと蜷局を巻き直した。
◇ ◇ ◇
まったく竜というのは、凄い生き物だと思う。
魔素の代謝を前提に、温血による敏捷性を獲得して、爬虫類の頂点に立った竜族。その中では小型種の飛竜だけど、しかもまだ子供なのにバウラは賢く、カーラを背に乗せて飛べるほど成長が早い。そして地上の肉弾戦では敵無しで、各属性の魔法も使えて、その魔素量は僕らより桁一つ多い。
遥かな昔、魔人と竜の時代。
同じく魔素の存在を前提として、脳を大きく進化させ繁栄を極めた魔人。引き籠りがちだった彼らは、魔素物理体系を開花させて、地上と地下に都市を築いた。
それに対して、物に執着せず大空を愛した孤高の竜。彼らは、大地と空とに居住圏を分けたのだ。
魔人が空を欲しがったら、或いは竜が所有欲に目覚めたなら、両者はぶつかり合っていたかも知れない。でも、そうはならなかった。
お互いに深く付き合いはせず、しかしこの星の陸と空の覇者として、相手を尊重したからだ。魔人が使った飛行機械:魔動機が、普段はそんなに高度を上げて飛ばないのも、きっと空は竜のものだと考えたからだよね。
魔素の枯渇で魔人は滅び、竜も絶滅寸前だったけれど、爺っちゃんが持ち込んだボットから漏れ出す魔素で、竜は救われた。
今では小型種の飛竜はボットの傍に、つまり人族の里近くで暮らすようになり、一度に産む卵の数も増えて個体数は大きく増加した。そして黒竜と白竜、この二つの大型竜種も、熱帯雨林に小惑星が作ったクレーター『竜の目』を新たな繁殖地として、これも徐々に数を増やしていると聞く。
この『竜の目』を作った小惑星は、この星の生き物を根絶やしにしようとした超種族が落としたものだ。その後でミヒカ母様が生まれたから、今から33年前のことだ。
爺っちゃんたちが、魔人の最後の生き残りスルビウト様の協力を得て、小惑星を砕いた。その大きな破片が落ちて、地殻を剥ぎ取り、地中の魔素が噴き出したんだ。
落ちた場所は、しばらくは煮えたぎっていたそうだけど、そのうちに固まって雨水が溜まり大きな湖になった。漂う魔素が大型竜種をその場に留まらせ、今の繁殖地『竜の目』が出来たのだから、これはその超種族の功績とも言えるよね。皮肉なものさ。
僕らの時代、空を見上げればクネリクネリと優雅に宙を進む、飛竜の姿を見かけることが当たり前になった。翼を持たない彼らは、魔力で体を浮かべて飛行する。
そしてその遥か上空を、白や黒の翼を広げて悠然と飛翔する大型竜種を目撃することもある。彼らは空の王者、魔人が滅びたこの星の頂点に立つ生き物だ。
僕は大型竜種と話したことはない。でも爺っちゃんに言わせれば、群れるのを嫌う賢い生き物で、人類には敵意を持っていない。魔獣や獣は彼らの餌だけど、人を襲うことはない。地上にいる人類の存在を認めてくれているのさ。
威厳ある大型竜種がいて、飛竜が友として人類の傍にいるこの時代。そうそう、爺っちゃんやタローという、二人の人工知能(A I)だっているし、何なら爺っちゃんの母星に生まれた僕らとは別の人類種も、この地球を援助してくれている。
爺っちゃんの口癖『生き物の多様性』そのままさ。いろいろな生き物が関わっているから、この地球は楽しいし、豊かで、いつまでも続くんだって。
この星の人類だって、魔族も、獣人族も、人族もいる。爺っちゃんがこの星に来た頃は、まだ人族と魔族はいがみ合っていたらしいけど、今ではほぼ仲良く一緒に暮らしてる。
魔族の美女ミリア先輩、人族の腕白坊主アキラ、獣人族の可愛いカーラに、混血の僕、それに飛竜バウラが加わり、AIの爺っちゃんが支援してくれている僕ら一行は、今の時代の象徴みたいなものさ。
僕は、そんな時代に生まれて、本当に良かったと思っているんだ。
(続く)




