その5 管理者募集中
私は気を取り直して、魔人の僕ホムンクルスに尋ねてみた。
「ハルには、この現状表示システムの保守管理が出来そうか?」
「いいえ、機能を覗き見たのが精一杯です。術式への干渉は、とても恐ろしくて手が出ません。」
「そうなのか、見ただけか。」
「はい、私も自動機械への接続権限は持たされているのですが、根幹の設定に変更を加えるには、古の魔人のような深遠な知力が必要なのです。」
「ふーん、深遠な知力ねぇ。」
「どうした? 何を考えている?」タロー兄が聞いてきた。
「いや、せっかくある教育システムだからな。魔人が子供達を導いたように、そして魔族に新たな職能が用意されたように、今の時代に合わせた職能を追加できれば、皆の励みになると思ってな。」
「なるほど、職能の仕様変更か。確かに意義はあるな。」電脳空間で、タロー兄が頷いてくれた。
「そうだろ、例えば工事技師の職能が欲しいな。そう、土木や建物、電気工事を分けてもいいな。教職も分野別とまでは言わないが、文系と理系は独立させたいものだな。」
意を得たりと、私は続ける。
「職能毎に独立したレベル設定ができれば、本人も努力のし甲斐があるし、公平な評価もできる。この現状表示システムは、見る者の主観に囚われない客観的で絶対的な評価のはずだ。」
「魔人が子供達に期待したように、向上心のある者にとっては社会的にも良い尺度になりうるな。」タロー兄が賛同してくれた。
「後から付加された、現状表示システムだけじゃない。そもそも惑星管理システムを我々が扱うことができれば、農作業に応用できるし、災害の防止にも大いに役立つだろう。実際、魔人はそうしていたのだ。」
「そうだ、だがハルが手を出せなければ、諦めるしかないか。」
「魔人の魔法物理は、我々の科学技術体系とはまるで違っている。残念で、勿体ないが、手に負えないな。」
「そういえば、失われた魔素物理体形がこの地球で復活しそうだとか、キュベレが言っていたぞ。遠い未来の話らしいが。」私は、先日の女神の言葉を思い出していた。
「彼らは、魔素の消失とともにこの宇宙では魔法は廃れる運命だと言った。それが宇宙の進化の道筋だと、考えていたらしい。ところが魔素は、今やこの地球では我々が生み出せるのだからな。」
「果たしてこの地球の人類が、私が仕えたご主人様の魔素物理体系を復活させられるでしょうか? AIのお二人でも、理解が及ばないものを。」ここでハルが、表情豊かな顔を曇らせた。
「より進化した種族、なんならキュベレ達の評議会メンバーくらいになれば、知力も十分じゃないのか? 魔人の技術を、掘り起こすこともできるかもしれない。」
「そうだな。だが、彼らはいつも忙しそうだし、そもそも魔法の存在は知っていても彼らは魔法が使えない。この星に留まって魔人の魔素物理体系を一から学び、この教育システムや、ましてや惑星管理システムを生き返らせるのは、彼ら超種族にとっても簡単なことでは無かろうよ。」
「もし超種族の中に、そんな酔狂な者がいるとしたら、頼みたいものだが、」
「そうですな、その時は私も喜んでご協力しましょう。古のご主人様の大いなる遺産なのですから、お手伝いができれば光栄というものです。」ハルが、悲しそうに微笑んでいる。
深遠な知力か。
知識量や演算能力ではない、多角的で演繹的な能力が必要とされるのだろう。遠い未来になるならそれでもいいか、いやいや早めに実現させたいものだ。
「あとで孫のジローに事情を話して、キュベレにメールを打たせよう。地球では惑星管理システムの管理者を募集している、とな。」
「ああ、それがいい。風変わりな超種族が、いないとも限らないぞ。」
◇ ◇ ◇
その日の夜、仲間との魔物退治の興奮が冷めやらぬ孫のジローに、私は魔人が遺したこの壮大な仕組みを話して聞かせた。
「確かに、爺っちゃんの言う通りだ。現代に見合った職能評価ができれば、社会のためになるよね。」
ジローは頭の良い子だ、すぐにこの驚くべき魔人の遺産を大まかながら理解したようだ。
スマホを取り出すと、笑顔の女神アイコンを押して、メールを打ってくれた。
『魔人の惑星管理システムの存在を知りました、地球では只今このシステムの管理者を募集しています。』
「こんなところで、どうかな爺っちゃん。」
「ああ、上出来だ。」
そして翌日の夜、孫のジローがボットから私を呼んできた。今は彼に渡してあるスマホに、この宙域の管理人キュベレから、返事が届いていたのだ。
『魔人の遺した惑星管理システムに、辿り着いたのですね。その存在は知っていましたが、私たちは魔法が使えないので手が出ませんでした。管理者募集の件は、評議会に報告しておきしょう。』
『追伸 魔人はそのシステムで神と対話したと聞きました。真偽のほどは判りませんが。』
「爺っちゃん、この最後のは何だろう?」
孫の質問に、私は答えることができなかった。




