その4 ハルの報告
外気圏に展開している大型ボットのネットワーク、この星の地表を覆う電脳空間に、南の里に戻ったハルが参加してくれている。タロー兄と私で、ハルの調査結果を詳しく聞こうとしていた。
状態表示魔法の謎を探ろうとしたら、地球深くに眠る古の魔人の遺産に辿り着いた。そしてその遺産:惑星管理システムは、今でも稼働しているらしいが、残念ながら我々には手の届かない代物だった。
だが、この状態表示魔法は、使えている。何故だ。
惑星管理システムが魔人の物理体系の理解を必要とするというのに、どうしてこの魔法術式は反応する?
スルビウトに仕えるホムンクルスには、聞きたいことが多かった。
◇ ◇ ◇
ボットを通じてハルが、説明を始めた。
「この状態表示魔法に呼応する術式は、偉大なる惑星管理システムに、後から付け加えられました。比較的新しく刻まれた形跡が、内核に残っております。」
「新しいとは言っても、魔人の全盛期だ。人類がようやく生まれた頃の話だろう。」タロー兄が言う。
「そうですな、今から数万年前といったところでしょうか。魔人文明の爛熟期には、人の祖先も既に生まれていたようです。」
そうか、華やかな魔人文明の裾野にあって、その頃の人類は火が使えるようになった野生動物に過ぎなかったのだろう、と私は考えた。
「大気の流れと水の循環、地殻変動と火山活動、表面海流から深層海流の大循環、地軸の動きや地球磁場までも含めて、地球の各種諸元情報を収集する惑星管理システムは既に完成しておりました。そこに、この星に住む生き物の情報を自動的に収集蓄積するシステムが追加されたのです。これに照合すれば、職能レベルや技能が判る仕組みです。」
「生き物とは、どこまで含まれるのだ。」
「意思のあるものは全て、すなわち魔人はもとより、人類から知恵ある魔物や獣も含まれますな。」
「問い合わせる側の活力や魔素量を魔力で伝えることで、それに応じた職能レベルなどの情報が返ってくるわけだ。」
「そうです、そしてこの術式は、鑑定魔法にも応用されているのです。」
「なるほどな。鑑定魔法で、初めて見る魔物の名前や活力が判るのも、そのせいか。」
「この星のどこからでも接続が可能で、その意味では何とも巨大な術式構築でした。そもそもが、魔人の子供達の教育用だったのですな。」ハルが意外なことを言った。
「何だって! 子供向けだと?」
「魔人にとっては、魔法の習得が大人の条件です。魔法技術は全てに優先するのですよ。子供達には皆で競い合って、早く魔法を覚えて一人前になってもらう必要がありました。」
「なるほど、そうしたものか。」自らの職能とそのレベルを正確に知り、切磋琢磨せよとの親心なのだ、と私は納得する。
「そのうちに、従僕として仕えていた人類と魔人の亜種が交わり、魔族が生まれました。状態表示魔法は、その魔族にも伝えられ、広く使われるようになったようです。」
私は感慨深く、このホムンクルスの話を聞いていた。当時のこの星の覇者、魔人と竜族。そして失われた魔人の歴史。その頃の人類には、見習うべき先人がいたのだ。
ハルの説明は続く。
「利用者に魔族が加わり、魔法職以外にも色々な職能が追加されました。その頃はまだ、魔人による保守管理も行われていたのですな。剣士や魔法剣士、竜騎士などの戦士系の職能は、初期設定にはありませんでした。」
「確かに、魔法が達者な魔人には、剣など必要なかろう。そもそもあの華奢な体格では、剣など振れぬだろうしな。」タロー兄が頷いている。
「初期設計では、魔法職がかなり細分化されていました。四元素属性にそれぞれ職能が設定され、それぞれのレベルも存在したのです。しかし魔素濃度が減少した末期ともなると、高度な魔法を操る魔人がいなくなり使用者の比率が魔族に偏ったため、頻度の下がった魔法職は最後には魔導士一つに集約化されたようです。」
「誰がそれをやったのだ? 魔人はもういないのに、」
「システムには、使用頻度に応じた最適化の機能が備わっておりました。ただタロー様、ジロー様お二人と違って、魔人が使った自動機械には意思はありません、あくまでも受け身の機能です。目的を持って変更を加えるわけではない、使用頻度が下がれば廃止或いは統合されるようですな。」
「なるほど合理的だな、自動学習機能というやつか。」
「そして魔人は滅亡し、この惑星管理システムを管理する者はいなくなった。そして状態表示魔法だけは、魔族がそしてやがて一部の人族が受け継いだ。」タロー兄が、そう締めくくる。
「その由来も知らず、ましてや惑星管理システムは、存在そのものも忘れ去られたわけか。」
私は、埋もれた膨大な時間を想い、思わず溜息が出た。
(続く)




