その3 刻まれた記憶
「この星の核に、魔人の自動機械が置いてあるだと?」
「どうも、そうらしい。ハルに聞いたところではな。」
「ふうむ、信じられない話だ。そんな場所に構築されているとは、魔人の魔素物理体系の粋と言ったところか。」
「構築されたというよりは、刻まれているのだ。今では失われた技術で、ソルビウトから見ても数十世代も昔のものらしい。まだ魔素が潤沢だった頃の、魔人族が栄華を極めた時代の産物だな。」
「その機能が、まだ生きているのだな。」
◇ ◇ ◇
私は孫たちと共に魔物狩りを楽しみながら、同時にスルビウトのもとに向かったタロー兄を観察していた。
搭載艇で南の里に降りたタロー兄は、スルビウトと話し、その従僕のハルを借り受けた。そしてハルを乗せて海を渡り、大陸にある彼らが暮らした魔人の里に向かったのだ。
中央神殿で自動機械に触れたハルは、地下深くにある遺跡に繋がる手がかりを得た。それに接触するためには、この神殿とは異なる場所にある計測端末まで行かなければならないことが判明した。
この星の地殻に数多く置かれた計測端末、神殿から一番近いそれは海底にあった。
「これから海に潜る。ネットワークには届かなくなるから通信は途絶する。土産話を楽しみにしておけ。」そう言って、ハルを乗せたタロー兄の船は深海に消えた。
そして数時間が過ぎて、私は今タロー兄からの報告を聞いている。
◇ ◇ ◇
「どうやって、そんな場所に自動機械を置いた? どんな仕組みなのだ?」私は尋ねる。
「この星の最深部には、金属を主成分とする核がある。マントルの下にある外核は液体で、更にその下の内核は固体だ。」
「うむ、生き物係である私の知識は、そのあたりまでだが。」
「液体である外核の熱がマントルに奪われることで、外核の最深部は徐々に結晶化していく。つまり固体の内核が成長しているのは知っているな、年間1mmほどらしいが、な。」
「なるほど、そうなのか。」
「その内核表面に新たに積もっていく金属結晶に、魔人によって術式が書き込まれたのだ。つまり金属結晶それ自体を、自動機械の演算素子とする仕様だ。」
「何と言うことだ! そんな事が可能なのか!」
「外核に発する渦電流による磁場を、魔力で制御してな。外核を取り巻くマントルからは今でも魔素が供給され、これが原動力になっている。地表では乏しくなった魔素も、地球内部にはまだ豊富なのだ。」
「我々の個人情報が、そこにあるというのか?」
「その通りだ。内核表面に構築された演算装置の上に、言わば日々の地上の情報が降り積もって、記憶されていく仕様なのだ。」
「膨大な情報量になるぞ、驚いたな。」
「驚くのはまだ早いな。魔人は、この星の全ての情報をそこに刻んできたのだ。そもそもこの自動機械の本来の目的は、惑星の管理なのだとハルが言っていた。生き物の個人情報は、後から付け加えられたものらしい。」
「惑星の管理とは、どういうことだ。」
「この星における大気と海流の循環や、火山活動などを常時計測し記録する。それらを予測することで、天変地異や気候変動から魔人たちの生活を守り、役立てるのだ。魔人はこれを、惑星管理システムと呼んでいたそうだ。」
魂消たとは、このことだ。魔人の魔素文明は、そこまで進んでいたのか!
そして、そんな頂点を極めたと言っていい魔人の文明も、地上での魔素の枯渇によりいつしか滅びていった。儚いものだ。
「ふうむ、とりあえずもっと詳しく聞きたいな。」
「ハルをスルビウトのもとに送り届けてきた。今頃ハルは、ご主人様に今回得た知識を報告しているだろう。その後に、ボットから我々と繋いでもらうことになっている。」流石にタロー兄は、抜け目がない。
しばらくして、電脳空間でハルが呼んできた。南の里から、ボット経由で参加してくれたのだ。
「ハル、一人なのか? スルビウトはどうした?」タロー兄が聞いた。
「ご主人には、私だけで良かろうとの仰せです。私の報告を聞いて、少々落ち込まれたご様子です。」なるほど無理もない。自分たちの種族の絶頂期を思い返し、そして今を考えたのだろう。
「悲しく笑って、タロー様やジロー様に、今の人族に使えるものなら使わせてやれとも仰いました。」
「それは、使えるはずがないとも聞こえるが?」私は聞き咎めた。
「はい、残念ながら。魔人の魔素物理体形の理解が不可欠なのです。」表情豊かなハルが、申し訳なさそうに頭を下げた。
「まずは判明したことの全てを、ご説明しましょう。」
(続く)




