その1 タロー兄の調査
孫のジローから問いかけは、これまで考えてもみなかったことだ。
やれやれアキラの疑問は、無邪気で且つ根源的だ。そう言うものだと丸呑みしていた私からすれば、答えに窮する。
私は無意識に「状態表示」と唱えていた。
このAIの体になってから、自分を見るのは初めてだな。例によって、裏で何らかの術式が動いた気配があり、ところが結果は表示されなかった。
この体では発動しないのか? そう考えた私は、今度は鑑定魔法で私自身を照らしてみた。だが、やはり答えはない。
先程まで孫たちに使えていた鑑定魔法が、自分には通じない、だと!
私は、これまで疑うことのなかった鑑定魔法の魔法術式に注目した。
今は亡き師匠から教わった通りの術式が、そこにある。
この術式を深く解読し始める。賢者の初歩の魔法術式、丸暗記できるほどだからたいして複雑ではない。
まず保有する情報を自らに問う部分がある、ここで対象を定義しているのだ。
次いで、職能レベルを見る術式に移る。ふむこれは、未知の方角に情報を求めに走っているのか。今まで気づかなかったことだ。そして得られた情報を統合しようとする。だが答えが返ってこないので、結果は形を成さない。
これは何処に伸びている? 私は探索を深める。この魔法術式の解析は、今の私が巨大な演算機能を持つAIだからできることだ。いつのまにか、傍らには兄貴タローの意識が並行していた。
「面白そうなことを、しているな。」
「何だ、兄貴。見ていたか?」
「おお、私には魔法は未知だ。この際、お前と共に行動してみようと思ってな。」
解析の結果に驚かされた。
術式の伸びる大きさと方向は、何と!この星の地下深くだったのだ!
「この先に、何がある?」タロー兄貴が、興奮を隠さない。
「地殻を越えて、マントルのその先だ。こんなところに、ステイタスの情報を問い合わせに行っているとは。いったい何が埋もれている?」
「どうやら、大きな宝を掘り起こしたようだな。これは神の仕業ではないのか?」タロー兄には、まだ人間だった頃の信仰心が残っていたか?
「ふふん、知りもしない神を安易に持ち出すな。これは、この星の先人の遺産に違いないぞ。」
今、魔人の失われた技術に肉薄している。私には、その確信があったのだ。
「ふむ、魔人の遺産か。ならばスルビウトならば、何か知っているだろうか。」電脳空間でタロー兄が応える。
「お前は今、可愛い孫たちと遊んでいるところだろう。ここは私が調べてこよう。スルビウトが知らぬでも、ハルならば魔人の記憶を呼び起こすことができるはずだ。」
私の傍から、ふっとタロー兄の気配が消えた。
そうだハルは、自動機械への実行権限を持った特別製のホムンクルスとして、魔人の生き残りスルビウトに仕えていた。
タロー兄はそして私もだが、魔人の里の自動機械とも常時接続している。同化させたボットを通じて、その演算機能を借用している立場なのだ。
ただ、本来の自動機械の機能の全容までには、理解が及んでいない。そもそも今は失われた魔人の魔素物理体形は、我々の科学技術とは全く異質な精神によって構築されているのだ。
ハルは今や、この自動機械に接触できる唯一の存在だ。つまりハルを梃子にして、どうにかして自動機械の古い記憶に触れられれば、この星の最深部にあるらしき魔人の秘密に迫れるだろうと、タロー兄は考えたわけだ。
魔人の最後の生き残りスルビウトは、従僕のハルを伴って今は南の魔族の里:ウィルが治める集落で余生を過ごしている。
この件は、おそらくハルに海を隔てた大陸に渡ってもらい、彼らが生き永らえていた地下深くの魔人の里、その中央神殿にある自動機械に触れてもらう必要があるだろう。そして、そこで解決する保証はない。
タロー兄がAIとして宿る搭載艇は、この星の熱帯雨林の大型竜種の繁殖地「竜の目」に鎮座している。そこから移動を開始して、ハルを拾い上げて飛んだとて、魔人の里への到着までしばらくかかる。
ハルの現着までは一時間ほどか、そう考えた私は孫のジローとの会話を再開した。
◇ ◇ ◇
孫のジローには、私がタロー兄と言葉を交わしていたことを知る由もない。私は、孫の問い掛けに間を置かずに返答した。
「なるほど、アキラの言うのも尤もだ。その仕組みについては、少し調べてみる必要があるな。」
タロー兄に調査を任せた私は、何事もなかったように可愛い孫に声を返したのだった。
(続く)




