その2 獣人族の娘と飛竜様
「なにするのよ!」そう言いながら、獣人族の娘はジローに近寄ってきた。
背丈に比べて長過ぎるような大剣を背負って、その柄に利き手をやる臨戦態勢だ。焚火に近づくにつれ、その大きな眼の瞳孔がキューと横に狭まるのが見えた。
「ああ、ごめん。眼が光ったのが見えたから、獣かと思った。」ジローは、慌てて弁解する。こんなところで、女の子と喧嘩はしたくない。
「獣の眼で悪かったわね。」まだ娘は、剣の柄から手を離さない。ジローより少し背が高く、筋肉質で整った肢体の持ち主だ。そして、尖がった猫耳が可愛い。
「いやいや、君の眼はとっても綺麗だよ。キラキラしてさ。」ジローは、相手を懐柔する作戦にでた。まずは褒めてみる。
実際に、この娘の瞳は美しく輝いていた。そもそも獣人の眼は人族より大きいし、その網膜の裏側には、人族にはない輝板を持っている。目玉に入った光を反射して網膜に返すことで、暗闇でも良く見えるのだ。
綺麗と褒められて、娘の手が剣の柄から離れた。
よし、いいぞ。ジローは、次の作戦に移行する。「ちょうど、夜食の準備をするところさ。お詫びにご馳走するけど、どう?」
生き物と仲良くするには、餌付けだ。これは、好意を示すのに一番確かな方法と言える。
娘は、思わず手を腹に当てた。しめた! ちょうど小腹が減る時分だろうと考えた、ジローの読みが当たったようだ。
「まあ、そこに座りなよ。今すぐ用意するからさ。」
ジローは、急いで川の水で手をきれいに洗う。魚の匂いを、食べ物に移してはいけない。遠火に当てて温めていたパンをスライスすると、焚火の上に吊るしていた塩蔵肉を引き上げて、ナイフで薄く切り、持ってきた野菜の葉を広げて、その上に乗せた。
そして、瓶に入れてあった辛子とチーズのスプレッドをたっぷりと塗って、最後にスライスしたトマトを添えて、上からまたパンで挟む。
コッヘルに入れてあったコーヒーを、カップに注いで、一緒に差し出した。
娘は、ジローの料理の手並みを、食い入るように見つめている。
そして手を伸ばして、パンとコーヒーを受け取った。その手の平は、少し赤くただれているように見えた。
「あ、有難う。」と言うや、がぶりと豪快にかじりつく。驚いたような笑顔になる。うん、この子、笑顔がとっても可愛い。
「人族は、虫養いの夜食にも、こんなに手間をかけるのだな。とても旨い!」
喜んでいるようだ。これはもう一ついけそうだなと考えて、ジローは慌てて二つ目を作り始めた。
その時、目の前に大きなものがふわりと降りてきた。
娘が、また「キャッ!」と悲鳴を上げる。ジローと一緒に、この釣りのキャンプに付き合ってくれていた飛竜のウォーゼルが、空から降りてきたのだ。
「どうした、ジロー? 火球が見えたので来てみたが、お客人か?」ウォーゼルは、焚火の向こう側に着地して、スルスルととぐろを巻くと、鎌首をもたげて大きな眼で娘を見下ろした。そのガラス光沢の瞳には、焚火の炎がチロチロと映り込んでいる。
「飛竜様ですか!」娘は、いかにも魂消た顔だ。だが、その手はパンをしっかりつかんでいた。
「ああ、一緒にここに来た俺の友達さ。」そう、ウォーゼルは、ジローとは歳が百以上も離れた友人だ。彼の父とも、そして死んだ爺っちゃんの友でもあった。
「人族の街には、飛竜様が沢山住んでいると聞きました。本当だったのね。」
「ああ、そうだ。サホロの街には、儂の家族が住んでいる。儂の父と母も、そして儂ら夫婦の子供も15匹ほどいるぞ。」ウォーゼルが、腹に響くような低い音程で応えた。
「ああ、サホロ! 私、年が明けたらサホロの学校に通いたいんです。」
えっ! と、今度はジローが驚く番だった。「なんだ、うちに来るのか。」
娘が「?」の顔をした。
「俺の実家が学校を経営していてさ。そして俺も、来年には高等学校に進学する。じゃあ君とは、同い年か。」ジローが、のんびりとした口調で説明を始めた。
◇ ◇ ◇
娘は少しだけ心を許して、焚火を前にいろいろとお喋りした。
彼女はカーラと言う名で、ここから更に川の上流にあるミソマップの村の住人だった。村の小学校を卒業してからは、ずっと両親の仕事を手伝ってきた。だが、もっといろいろな勉強をしてみたい。大好きな剣術も学びたいのだと言う。
「サホロの高等学校には、優れた剣術指南役がいるって聞いたわ!」
ああ、それって多分 カレン婆ちゃんのことだよな、とジローは思う。
そうか、来年はこの子と同じ学年か。ジローは、憂鬱に思えていた学校生活が、少しだけ楽しみになった気がした。(続く)