その4 女神の超科学
女神キュベレが現れた。
美しい人族の女性の姿、金髪をまとめ、機能的な装いだ。ジローもミリアも知る由もないが、これは恒星間学術探査船ゾラック16のクルーに配布された制服。その精密な複製なのだ。
女神は、ジローを、ミリアを見つめる。「あら、よく似ているけど、ジローじゃないわね。そして貴女も、クレアかと思ったら違うのね。」
女神の視線は、最後にボットの画面に注がれた。
「あら、貴方がジローね。そうか、生き物係の貴方は、生き物をやめたのね。」
AIジローが、画面に映した顔から挨拶した。
「どうも久しぶりですね。そういえば、私の葬式にお呼びしませんでした。済みません。」
「そうか、仲間が戻ってからは、賦活化をやめて歳をとることにしたのね。生き物係の貴方らしいわ。」
「生き物ならば、寿命には従うべきだと思いましてね。それに、嫁たちも、子供や孫たちも立派にやってくれています。」
「そう、次の世代を産み育てて、去ったわけか。それが生き物だもの。正解よ。」
「まあ、せっかく来たのですから、お座り下さい。おいジローや、キュベレにコーヒーをお出ししなさい。」ボットからAIジローが孫に指図した。慌てて立ち上がり、レーション機械に走るジローだ。
「生き物係ジローの孫か、名前を継がせたのね。」
「はあ、嫁たちが決めたことです。最初の男の孫に名を継がせようと、」
「なるほど、ここではもうそんなに時間が過ぎたのね。この恒星系に実体として来たのは、太陽嵐の時。あれ以来だわ。」
椅子に腰掛けた女神に、孫のジローがうやうやしくコーヒーの入ったカップを差し出す。
「あら、有難う。」受け取って、香りを楽しみ、コクリと飲み込む。
「今から十六年も前です。その節は、息子たちがお世話になりました。そして、この地球も救っていただいて、」AIジローが、ボットから礼を言った。
「未開種族の保護は、私の仕事だもの。気にしなくてもいいわよ。そう言えば、あの時に活躍した魔人の忘れ形見の娘、元気にしてるかしら?」
今まで会話に入り込めずにいたミリアが、ここで言葉を挟んだ。
「それって、マイカ様のことですね。私の魔法のお師匠の一人です。今は五人のお子さんがいて、ここの高等部で魔法の講座を持っています。」
「まあ、そう。あなた達の時間の経つのは早いわね。魔族の貴女は、魔法を学んでいるのね。」
「はい。仲間とパーティを組んで、レベル上げの真っ最中なんです。早く、クレア様やマイカ様のようになりたくって、」
「そう、まさに今その話をしていたところだ。」AIジローが、話を引き取った。
女神は、机の上に目線を落とす。
「ああ、これね、あの時にあげた感覚共有子機。今はタローに代わって貴方が孫のサポートをしているわけか。」女神は、目の前に置かれたスマホと、ジローの帽子に仕込まれた銀色に光る楕円の板を、懐かしそうに眺めた。
「これが、ミリアにもう一つ、できれば人数分が欲しいものだと、話していたのだ。」
「あら、その仲間って、何人なの?」
「私とジロー君、それに前衛の剣士があと二人。あっ、カーラが飛竜のバウラに乗れば全部で四人と一匹ですね。」期待を込めて、ミリアが即答だ。
「ふーん、だったらこうすればいいのよ。」女神は、ジローの帽子から器用に銀色の楕円を取り外すと、無造作に両手でパキリと折って二つにした。
「ほら、これでミリアの子機ができた。それで、五人って言ったわよね。」更にパキリパキリと、女神は子機を割っていく。不思議なことに、割られた部分はすぐに角が丸くなり、五つ全部が銀色の小さな楕円に形を変えた。
「ほら、五人分よ。機能はそのままで、出力は落ちるけど、仲間っていうくらいだからそんなに離れたりしないでしょ。」
「これは驚いた。」ボット画面のAIジローは、呆気に取られた顔だ。「これで、ちゃんと動作するのか?」
「あら、大丈夫よ。これは再帰設計なの。私たちの使う機械はたいていこうなっているわ。小さくすれば、出力が落ちるだけ。」
女神は、二つの楕円を接触させた。すると、たちまち二つは合体して、二倍の大きさの楕円になった。「ほら、これで出力は二倍よ。」そして女神は、またそれをパキリと折った。
「あなた達の科学がまだ知らない、六次元ベースの波動に乗せているの。伝搬速度は無限大、つまり同時ってことね。距離によって減衰するけど、五つに割った大きさでもスマホから10kmくらいは届くわ。問題ないでしょ。」
「凄い魔法ですね。」ミリアがため息を吐く。
「ううん、これは魔法ではないの。私たちは魔法が使えないのよ。私たちは進化の過程で、魔素物理体形を置き忘れてきてしまった。これはね、科学技術と言うの。」女神は、にっこりと笑う。
「ふーむ、超種族の超科学。今更ながら見せつけてくれるな。」今度は、AIジローが画面からため息を吐いた。
(続く)




