その1 ジローの秘密
夜も更けつつある、ここは寄宿舎の多目的室。
消灯時間まであと30分ほどを残して、ノートを開いて復習に励む者が数人いる。来週に迫った試験対策だろう。
間隔をとって数台並べられている小型ボットの前では、調べものをする者がいれば、ボット表面に画像を映して通話に興ずる者もいる。通信相手は、故郷の家族だろうか。
就寝までのひと時を、思い思いに過ごす学生たち。この部屋の片隅で、ミリアとカーラが小声で話し込んでいた。
「今日のアキラ、また一人で突っ込んでさ。ミリアが障壁を張らなかったら、横から飛び出してきた奴に噛まれて、絶対に怪我してるよ。」
「無事だったんだから、許してあげなよ。私が後ろからちゃんと見ているわ、そのための後衛だもの。」
「だとしても、司令塔の指示には従うべきよ。あそこで前衛の私とアキラが引いて、敵を誘き寄せてから、ミリアの攻撃魔法で叩く作戦だったでしょ。」
今日は休日、例によって四人は魔物相手のレベル上げに出かけたのだ。そこでパーティの司令塔ミリアの指示を聞かずに、アキラが突っ走ったらしい。
「でも流石にミリア、すかさず物理障壁を張ったじゃない。アキラの前にさ。」
「まあね。魔法の発動だけは早いのよ、私。それよりさ、その後を覚えてる?」
「横から飛び出してきた奴に、ジローがすぐに魔法を投げたわね。」
「そう、姿を見てからじゃ間に合わない。あのタイミングでは、私でも無理ね。まるでその前から、敵の位置を知っていたみたいだった。」
「うん、ジローって勘がいいなって、驚いた。」
「そ、そうね。」カーラの話に、少し間をおいて頷くミリアだった。
「もう一つ。その後で大蛇を倒した時のジロー、気がついてた?」気を取り直して、今度はミリアが尋ねる。
「ミリアの魔法の後よね。もう一太刀で倒せるぞ!って、アキラに言ったわ。やっぱり、勘のいい奴!」
「うん、それよ!」我が意を得たりと、頷くミリアだ。
「結果的に、私の魔法の威力がわずかに足りなかったわ。でも、私が氷魔法の二発目を打ったとたんに、ジローがアキラに言ったのよ。まだ着弾前よ。あの時点で、ジローは正確に魔物の活力を捉えていて、私の魔法では届かないことが分かってた。」
「そうなの?」
「そうよ、あれって勘がいいでは済まないよ。見えない敵の場所が判っているし、敵の活力も正確に読めてる。ジローは、何か隠してるわ。」
「ふーん、だったらさ、今度 先輩から問い詰めてみれば? 先輩の言うことはよく聞くじゃないジローは、アキラと違ってさ。」
「そうね、そうするわ。」
◇ ◇ ◇
次の日の昼休み、学校と治療院で共用している食堂に集まり、いつもの通りパーティ四人でワイワイと食事を済ませたところだ。後片付けに立ち上がったジローを、ミリアが引き留める。
「そうそう、ジロー君。折いって聞きたいことがあったわ。後で時間を貰えない?」上目遣いで、顔を窺う。
「えっ、改まって何?」手に持った食器盆を置き直したジローだ。
「ここだと周りが五月蝿いわ、放課後に寄宿舎の多目的室で待ってるけど、どうかしら?」
「うーん分かった、剣技の時間の前に顔を出すようにするよ。」
そう言って、ジローはカーラに向き直る。「親父に、少し遅れるって伝えてくれる?」
「うん、師範に言っとくわ。」
ジローの父マサシは、人族には珍しい竜騎士の出身で、学校では剣術を教えているのだ。
戻っていくジローを見送りながら、カーラがミリアに囁きかける。
「昨日の話ね、やっぱりジローに秘密があるかしら?」
「何かあるのは確かね、でも話してくれるかどうか。人の良いジローの性格からいって、話せるものならきっと私たちに話してると思うの。」
「ふーん、確かにそうだわね。」
「敵を見つけるのも、敵の強さが判るのも、賢者の魔法なら納得よ。でも私たちの歳で、賢者の高みに届いているはずがない。いくらジローの血筋と言ってもね。」
◇ ◇ ◇
その日の放課後、恐る恐るジローは多目的室にやってきた。
いつもパーティでは一緒だけれど、二人だけで話したことはない。頭が良くってクールな美人で、一歳年上だけどとっても大人の雰囲気を持った凄腕の魔導師ミリアさん。
憧れている。こんな綺麗なお姉さんに呼び出されたとなれば、年頃の男の子としては、緊張は隠せない。「参上しました、ご用件は何ですか?」
「あら、時間を割いてくれて有難う。座ってちょうだい。」ミリアが微笑んで、向かい側の席を勧めてきた。
(続く)




