その3 クレアの抱擁
「一緒にいるとジロー君は、カーラのピコピコ動く猫耳や、くるくる回る眼や、表情が豊かな尻尾ばかり見ています。周囲の男の子は、カーラより私の顔や胸やお尻を見てくるのに、、、」またミリアは、少し悔しそうだ。
「年頃の男の子なら、仕方ないわね。貴女、綺麗だしスタイルもいいもの。」そう言いながらクレアは、孫のジローの子供の頃を思い出していた。
「そうか、ジローは猫耳が好きだったか。思い当たる気もするわ。あの子、カレンやその娘たちに可愛がられて育ったから、、、」
「私、カーラのことは可愛い妹みたいに思っていて、だからジロー君がカーラを選ぶなら、私は二番目でもいいかなって、」
「まあ、そうなの?」
「私はジロー君が欲しい、でも独占したいとは思いません。魔族は人族みたいに、一夫一婦制には拘りませんもの。お師匠様もそうでしたね、そしてあのマイカ様だって、お師匠様のご長男の第二夫人だと聞きました。」
◇ ◇ ◇
クレアは、この愛弟子の相談に乗りながら、心が騒いでいた。
私がこのミリアを自分の後継者としたのと同様に、亡き夫の第一夫人だったサナエから、後継者を見つけたと聞かされたのが昨日の事なのだ。
その娘は、高等部の三年生。治療院で薬師見習いとしても働いているので、よく知っている。サナエと同じで頑張り屋の、人族だ。
そしてサナエによれば、この娘がやがてジローの伴侶になる定めだと言う。大昔にサナエが見た夢で、神のような存在から告げられていたそうな。
クレアにしても初めて聞く話だったが、聞かされて腑に落ちた。そうか、だからサナエはいつか結ばれると信じて、ずっと旦那様に尽くしてきたのだし、薬師を極めようと努力してきたのだ。
孫のジローは、旦那様の名を継いだ。そのジローは、最近になってめきめきと回復魔法の腕を上げてきた。サナエの後継者と結ばれるのは、自然の流れだと感じた。あの娘は、サユリならば確かに、ジローとお似合いだと思わされたばかりだったのだ。
それなのに、私自身の後継者ミリアが、ジローに思いを寄せているなんて!
しかもだ、そのジローが好きなのだと聞かされたのは、カーラ。
亡き夫の第三夫人で小さな頃からの私の友カレンは、同じ猫型獣人族で大剣遣いとしての腕前を認めたカーラを後継者と見ている。旦那様から賜った魔人の大剣を、カーラになら託せると話していたではないか。
私の魔法の愛弟子ミリア、薬師サナエの後継者サユリ、そしてカレンの大剣を継ぐカーラが、共に孫のジローの妻になる?
私たち三人が嫁いだ、今は亡き旦那様。その名を受け継いだ孫が、またもや魔族・人族・獣人族の嫁を得るとは、これは運命に違いないではないか。
今度ボットから旦那様を呼んで、相談してみようか。
いいや、ダメだ。旦那様は、この分野はまるで疎いのを、私たち三人の嫁は知っているもの。ここは策士クレアの出番ね、私がサナエとカレンに相談してみよう。可愛い孫の未来のためだもの。
◇ ◇ ◇
「お師匠様、どうしました?」ミリアにそう聞かれて、我に返るクレアだ。
「あら、ご免なさい。ちょっと驚いてしまったものだから、、、」
「私では、ジロー君の妻として不足でしょうか?」
「あら、そんな事ないわ。貴女は、私の後継者として期待しているの。その貴女が、可愛いジローを夫に選んでくれたのは、私としても嬉しいの。」
ミリアは、ホッとした顔を見せる。それがクレアには愛おしかった。
自信家に見えるこの娘は、確かに容姿も頭脳も魔力も恵まれているけれど、世の中にどれだけ踏み込んでいけるのかをまだ体得していない若者なのだ。経験が足りていないだけなのだけれど。
「大丈夫よ、貴女ならやっていける。貴女の判断は、間違っていないわ。」クレアは、そうミリアに語りかけた。
「でもね、この際だから言っておくわ。ジローには、もう一人の嫁候補がいるらしいの。つまり貴女とカーラと、もう一人。」
「やっぱり、ジロー君は優良物件なのですね。」ミリアは、キッと顔を上げた。
「私は、ジロー君を独占したいとは思いません。カーラと、そのもう一人の方とも、上手くやって御覧にいれます。」ミリアは、クレアの手を取って言った。
「私たち女は殿方を御して、自らと子孫の繁栄を掴み取るもの。私はそうして、人生を進めたいのです。」
「まあ! ちょっと露骨だけれど、それでいいわ。でも殿方と子供を愛で包み込むのも、女の役目。それを忘れないでね。」
まだ若いこの魔族の娘の考えを、前向きに捉えたいとクレアは思う。
「この世の中を動かすのは、殿方の覇気ではなくて、私たち女の強かな想いです。子を産み育てる女こそが、この世の要。私の旦那様もそうでしたが、ジローも賢い嫁たちの尻に敷かれてくれる、支え甲斐のある佳き夫となってくれるでしょう。」
クレアは立ち上がると、向かい側に座るミリアを立たせて優しく抱き締めた。




