その2 ミリアの相談
「クレア様、私がジロー君の妻では、いけませんか?」一対一の魔法講義を終えたクレアに、ミリアが思いがけない言葉を投げてきた。
旦那様に言われて、孫のジローの冒険パーティにこのミリアを誘ったクレアだ。
闇属性の優れた遣い手であり、高等部の魔法講座では魔人の忘れ形見マイカの教えも受けている。
光属性を深めれば、やがて賢者も、そしてその先も有望と見えるこの娘。
魔王国の護国卿クリムの末娘だけあって、魔力は強く筋もいい。クレアにとっては自分を継ぐ者として、指導にも熱が入る愛弟子なのだ。
「よく出来た貴女も、恋をしたのかしら。」クレアは、今は亡き夫ジローと出会った自分を思い返していた。私はあの時、強く、そして謙虚で優しい旦那様に惹かれた。目の前にいる賢く美しい娘が、自分の孫に好意を持っている、これは嬉しいことだ。
だがミリアの言葉は、クレアが期待したものとは少し違っていた。
「恋とは言えない、のかもしれません。でもジロー君は、私にとって理想的な夫になると考えています。」
「理想的な夫、なの?」クレアは、思わず問い直す。
旦那様に憧れを覚えた、若き日の私。でもこの娘は、孫のジローが夫として理想的だと言う。まったく今時の娘は、考え方がしっかりしているものだ。
「ジローは、確かに私の自慢の孫だけれど、どこがいいと思うのかしら?」
「頭がいいし、剣術の腕もたつ。そして魔法は私に匹敵するほどですから、能力的にはとても優秀で、私と釣り合います。」ミリアは、すまし顔だ。
「まあ、自信家なのねぇ。」クレアは、声には出さずにそう思う。でも、若い頃の私も、そうだった。魔力でも、そして美貌でも、私は誰にも負けないと考えていたものだ。
「そしてジロー君、一番いいところは性格です。出しゃばらないし、他人に優しくて誠実です。もう少し自己主張してもいいと感じるくらいですけど、、、」
「まあ、よく見ていること。」今度は、クレアは口に出して言う。「そうね、確かにジローは慎重な性格だわね。」
「それと、お師匠様の前で言うのは何ですけど、家柄がいいのも魅力です。」
「あら。」
「優しいミヒカ先生がお母様、お婆様は私のお師匠クレア様、そして治療院のサナエ院長も、学校のカレン校長もお婆様だなんて、ジロー君はサホロの街で一番の名門の跡取りです。妻となれば、私にも将来があると思います。」
「ああ、そうか。確かに貴女には、家を守るだけの貴族夫人は似合わないわね。」クレアは合点がいった。私もそうだった。どこかの有力貴族に嫁いで、子を産んでその家系を守るだけなんて、絶対に嫌だった。
「私も女に生まれたからは、好ましい殿方の子を産んでみたい。でも、子育てが終わったなら、自分の力を試したいのです。」
「家に籠るのではなく、社会に出たいと言うことね。」
「はい、まずは治療院でのお仕事をしながら、学校でも学びを深めたい。後進を育てる仕事も魅力的です。今は異星の科学技術が、世界を変えつつある時代なのですから。」
「まあ貴女なら、ジローの家柄があってもなくても、社会で活躍できるでしょうけれどねぇ。」
「そうでしょうか、そこが今一つ確信できないのです。だから、、、」
「だから、ジローと結ばれたいの?」
「はい。」
クレアは、少し呆れたのかも知れない。
恋焦がれて結ばれたいのではなくて、この娘は自分の将来をしっかり見ているのね。でも、それって嫌いじゃない。人族は協働を重んじるけれど、どちらかと言えば個人主義の魔族。その有力貴族の賢い末娘ならば、そのくらい考えていても不思議じゃないもの。
「ジローは、どうなの? つまり貴女のことを、どう思っているのかしら?」
「嫌われては、いません。私が告白すれば、引き寄せられると思っています。」
「あらあら、確かに貴女は若い男の子から見て、とっても魅力的だわ。ジローもきっと、落とせるでしょうね。」
「でも、ジロー君には好きな娘がいます。」
「あら! そうなの? 知らなかったわ!」
「ジロー君も、まだそんなに意識していないと思います。でも、傍で見ていて、私には分かります。」
「それは誰って、聞いてもいいかしら?」
「お師匠様もご存知の娘です、編入試験の時に立ち合われたとか聞きました。」
「ああ、カーラ。ミソマップ村から来た娘ね。私が勧めた冒険パーティの一員だったわね。」
「はい。」ミリアは、少しだけ悔しそうな表情を見せた。
(続く)




