その3 捕食者との遭遇
草原と森とを行き来しながら、数か月を暮らした。
ウサギの消化器系を使って、草を食んだ。そして、虫を見かけると原形質の身体になって、それを捕食した。
目覚めると、ブドウの房状をした特別な糞をする。そして、すかさずくるりと体を返して、それを食べる。彼の、重要な朝の儀式だ。
盲腸糞、それは彼の消化管内の微生物群が作り出した、栄養素の塊だ。食べれば、彼の身体に力が漲るようだ。
すっかりウサギの身体にも慣れて、彼はまた少し大きくなっていた。
基本的には草食動物なのだが、彼は他の食べ物も摂取して養分にできる。ウサギの形はしていても、彼は自然界には、この星の生態系では類を見ない、強力な生物に進化できる可能性を秘めていた。
今も、動きの遅いカエルを見つけて、原形質の身体で忍び寄り、覆い被さって消化吸収したばかりだ。彼は満足して、ウサギの形状に戻るとその場に佇んだ。
その時だ、彼の体に衝撃が加わった。胸に何かが突き立っている。
これは何だ? 生き物の牙ではない、硬い植物系の物質でできた棒のようなもの。
頭を回らして周囲を見渡すと、大型の二足歩行動物がこちらに近づいてくるのが見えた。見覚えがある形だ、この身が焼かれる前には自分もこのような形を取っていたことを、彼は思い出していた。
その動物は、二本の手をこちらに伸ばす。
なるほど、体に突き立った棒はこの動物からの攻撃だったのだ。だとすればこの動物は、その体から離れた場所から彼を害せるのだ。危険な敵だと、彼は認識した。
◇ ◇ ◇
矢が突き立ったウサギを、獣人ラムザの手が無造作に掴もうとした。矢が命中したからには、このウサギは今日初めての獲物なのだ。家族の喜ぶ顔が、眼に浮かぶ。
瞬時に体を原形質の塊に戻して、彼はその手から逃れる。そして反撃する!
擬足を広げて、差し出されたその手に覆い被さった。支配するには、この二足歩行動物は大き過ぎる。しかし、少しでもその肉を食らってやろう。
両手に強烈な痛みを感じて、ラムザは悲鳴を上げた。そして、大きな軟体生物 が貼りついた腕を、ブンブンと振り回した。
思いがけない力で、彼は振り回される。いけない、このままでは体がちぎれてしまう。大きな動物は、その力も強いことを彼は理解した。
せっかく大きく育てた体なのだ。彼は、擬足を急いで引き上げると動物の両手から離れ、原形質の体に戻って小さくまとまり、草むらに身を潜めた。
体の表面に眼を形成して、彼は周囲を慎重に観察する。あの二足歩行動物は、彼の反撃を喰らって逃げていったようだ。
今度は周囲の安全を確認した上で、またウサギの体を形作る。
胸に突き立った棒、それは獣人ラムザが放った矢だったのだが、今は彼の身体の傍らに落ちている。矢で射られても、いつでも原形質に戻れる彼にはダメージは無かった。
無警戒で見晴らしの良い場所に突っ立っていたから、奴に捕捉されたのだ。ウサギの記憶が、彼にそう告げた。
地上は食べ物が豊富にあるが、彼を捕えようとする者も多い。注意すべきだ、と彼は考える。
ウサギの脳を乗っ取った彼は、知力も増したようである。
いつかはあの二足歩行動物ほどの大きさになりたいものだ、そう思いながら彼は主の声の方角を慎重に見定めた。
いつにも増して、その声が明瞭に聞こえる気がする。
その方向に走り出す。
両足が地面を蹴る感触が、その移動速度が心地よい。この体は移動に適している、彼は満足しながら駆け続けた。




