その5 談合
「ねえ、ジローとはどこまで進んでるの?」一緒に昼食を食べ終わったところで、ミリアが囁いてきた。隣に座るカーラだけに聞こえる小声だ。
「えっ、何それ? 私たちそんなんじゃないよ。」
「本当? 貴女たち仲良しじゃない。カレン先生から剣術を教わったり、ジローの叔母様から短槍の指南を受けているのも、ジローの紹介だって聞いたわ。」
「それは確かにそうだけど、」
「高等部に入学する前からの知り合いだって、言ってなかった?」
「そうだよ、私の村の近くの河原でジローと飛竜様に出会ってさ。私が高等部に進学したいって言ったら、いろいろ考えてくれたんだ。」
「でしょ、そうまでしてくれているのに、彼氏じゃあないわけ?」
「やだな、ただの友達だよ、あいつ誰にでも面倒見がいいじゃない。」
「確かに、ね。」
食べ終わった食器を盆に乗せて配膳室に戻すと、二人は食堂から出て中庭まで歩いた。芝生に腰を下ろす。見上げる青空に白い雲、今日は暖かだ。
先輩が何か私に言いたいことがあるみたい、話を聞いてあげよう。私にとって、初めてできたお姉さんみたいな存在だもの。そうカーラは思っている。午後の授業が始まるまで、まだ少し間があるのだ。
「先輩、ジローがどうかした? 何であんな事を聞くわけ?」
ミリアは真剣な顔をして、カーラに向き合う。「貴女と何でもないならさ、私がジローと付き合ってもいいわよね。」
「えっ! 先輩が?」驚いたカーラの視線が、思わずミリアの美しい顔に、豊かな胸に注がれる。この先輩に、あんな平凡な見た目のジローが釣り合うかしら?
「先輩なら、もっといい男がいくらでもいそうだけど、、、」
「だといいんだけどね、残念ながら男が寄ってこないのよねぇ、私って。」フウとため息を吐くミリアだった。
先輩、いい女が過ぎるからなぁ。と、カーラは思う。
美人で、桃色の角が可愛くて、スタイルがとっても良くて、魔導士としての腕も確か。魔王国の有力貴族のお嬢様だもの。注目の的にはなっても、彼氏に手を挙げる度胸のある男は、確かに少ないかもね。
「先輩とジローじゃ、ちょっとジローが可哀想。明らかに引き立て役になっちゃうでしょ。」
「あら、見た目だけで考えちゃあ、ダメよ。」って言う先輩、やっぱりジローが見劣りするのは、分かっているのね。と、カーラは思う。
「カーラ、ジローは夫にするには優良物件だわよ。性格がいいわ。威張らないし、他人に優しいし、人の話をよく聞くし、」
「確かに、そこは腕白坊主のアキラとは大違いよね。」そう、最初は好ましく見えたアキラが、最近では子供に見えて仕方がないカーラだった。
「そして勉強はできるし、剣術も強い。攻撃魔法の腕は私と同等で、回復魔法の腕はさっきあなたが言った通り、もう治療師級よ。」
「まあ、そうだわね。亡くなったお祖父様は賢者だったそうだし、お祖母様なんてあの聖母クレア様だもんね。」
「そう、何といっても、その家柄よ。家業を次いで教師になるにしろ、回復魔法を活かして治療院で働くにしても、将来は約束されてるわ。結婚してからも、妻として一緒に働けそうじゃない。」
そうね、家柄で見れば二人は確かにお似合いかも。名家のお坊ちゃまと侯爵令嬢か。変に納得するカーラだった。
「ふーん、先輩って案外と計算高いのね。」
「そうよ、夫選びは人生の重要なイベントだわ。私、ジローなら夫にしてもいいし、子供を産んでもいいもの。」
えっ、そこまで考えてるの? カーラは少し驚いた。
「先輩なら、焦る必要ないよ。男が寄って来なくっても、周りが放っておかないでしょ。貴族のお嬢様なんだから。」
「それが嫌なのよ。私が相手を探さなければ、きっとどこかの貴族に嫁がされる。私、貴族の生活には嫌気がさしているの。魔王国から出たいのよ、私。」
ふーん、実家に帰れば朝から晩まで家業を手伝わされる私と違って、魔王国の貴族のお嬢様なんて恵まれた境遇だと思うけど、何が不満なのかしら?
綺麗な服を着て、美味しいものを食べて、魔法の鍛錬はあるかもだけど、粉まみれになって働かなくたっていいなんて羨まし過ぎる。そう考えたカーラだが、これは言わずにおいた。
「ねえ、ジローのこと、どう思っているの?」ミリアが顔を覗き込んできた。
「だからぁ、ただの知り合いだってば。確かに、頼り甲斐があるって私も思うわよ。」
「やっぱり、意識してないのね、貴女! ジローが可哀想だわ。」
「えっ? それどう言う意味?」
「ジローは、貴女が好きよ。傍で見ていたら分かるもの。」
「貧しい村から出てきた獣人族のお転婆だよ、私。人族のお坊ちゃまのジローと、友達になれただけでもラッキーなのに、釣り合うわけないじゃない。」
ああ、そうか。そもそもカーラは、ジローとは住む世界が違うって考えているのね。これじゃ、恋の相手にはならないか。こう考えたミリアも、これは言わずにおくことにした。
◇ ◇ ◇
私は本気で、ジローを夫にしてもいいと考えている。嫌われていないのも分っているわ。そのぐらいの自信はあるの。
でもジローはカーラのことが好きで、私を恋の対象としては見てくれない。
そしてカーラはと言えば、ジローのことを「住む世界が違うお坊っちゃま」だと思い込んでいて、これも恋愛対象ではないわけか。なるほどね。
「さあ、どうしてくれようか?」
中庭でカーラと別れ、二年生の教室に向かうミリアの心の中で、次の行動計画が徐々に組み上げられつつあった。




