その4 魔物の正体
「ジローの回復魔法、すごかった。」昼休み、昼食を終えたところで、治療の様子を仲間に披露するのはカーラだ。
魔物にやられたカーラの幼馴染ラムザ、実家の隣家に住む彼の両手の怪我を、その場ですっかり癒やして見せた。たまたまカーラを迎えに来ていたジローの、素晴らしい治療魔法の手際に驚かされてから、ふた月が過ぎている。
「どうしてそんな大怪我をしたのさ?」尋ねたのは、ジローの隣に座ったアキラだ。海辺の村から進学した人族で、同じ高等部の一年生。日に焼けた逞しい体を持ち、地元では力自慢のガキ大将だったらしい。
確かに剣術でも学年一二を争うジローやカーラとも十分競える実力の持ち主で、この三人は知り合って間もないのにもう打ち解けた仲間になっていた。
「それがさ、最初は野ウサギに見えたんだって。」カーラが話を続ける。
「そう言っていたな、矢を射かけたら手応えがあったって。」ラムザの話は、ジローも一緒に聞いていたのだ。
「そう、ラムザは昔から弓が得意なのよ。実際、矢が刺さったウサギを見て、獲ったと喜んだそうよ。」
「そのウサギに、両手をやられたってか?」
「それがね、そいつはウサギなんかじゃなかったみたいなの。ラムザが触れた途端に、形を変えてブヨブヨした塊になったかと思えば、両手に絡みついてきたって。」
カーラは、思い出して顔を顰める「あの怪我、酷かったよね、ジロー。」
「ああ、皮膚や肉が溶けていたからな。あれはその軟体生物に、消化液を浴びせられたんだ。」
「慌てて振り払ったら、どこかに消えてしまったって。」
「ウサギに化けてたってのか?」
「姿を変える魔物が、この辺りにいるのかよ?」
「俺のところでは聞いたことがないな。」アキラが驚いて、立て続けにたたみかける。
確かに、彼の生まれた海辺とこのサホロ辺りでは、出没する魔物もかなり違っているのだが。
そんな魔物、こっちでも聞いたことないよ。とカーラが突っ込もうとしたが、興奮したアキラは、すぐにまた言葉を重ねる。
「矢が刺さっても死なないんじゃ、剣でもダメだろうな。」
「もし俺たちが戦うとしたら、ジローに任せるぜ。」
アキラは、いつもこうだ。思ったことをすぐ口にする、仲間の話なんて聞こうとしない。そして、いつでも仕切りたがる。
「何だよ、俺に魔法で戦えってか。」ジローが、のんびりと答えた。
「そうさ、お前は魔法剣で前衛もやれるけど、魔法も打てる便利な奴だからな。」
「あーらアキラ君、私を忘れてもらっては困りますわ。」今まで黙って話を聞いていたミリアが、ここで口を挟んだ。
魔王国出身で侯爵令嬢の彼女は、去年の進学だから今は高等部の二年生だ。
「ジローの攻撃魔法はそこそこ強力だけど、発動は私の方が早いのよ。」
「そうですね確かに、初手は先輩にお任せしますよ。」ジローがそう言うのは、ミリアの魔法の腕が確かなものであることを、他の三人も知っているからだ。
この四人は冒険パーティを結成して、既に二度の魔物退治でお互いの腕前を披露しあっていた。
「俺たちで戦ってみたいな。強い魔物は、経験値も大きいだろっ!」やる気満々のアキラは、わんぱく坊主がそのまま大きくなったようなものだ。
「俺なら、初めての敵は嫌だな。」対してジローは、彼らしい慎重な言葉を吐いた。
◇ ◇ ◇
私は貴族の生活が嫌いで、魔王国を飛び出してきた。
サホロの高等部に進んだのも、勉学は勿論のこと、聖母として名高いクレア様からの魔法の特別指導を受けたいがためだった。
クレア様は、魔人最後の生き残りスルビウト様から時空魔法を伝授されたと聞く。今のこの世界で時空魔法が使えるのは、スルビウト様を除けばクレア様、そして魔人の忘れ形見だと噂されるあの超絶美しいマイカ様だけだ。
マイカ様には、もう何度もお会いしたことがある、二年生になるとマイカ様の魔法講義の時間があるの。ジローの大叔母に当たると聞いたけれど、とっても若い。今ちょうど30歳、でも私たちのお姉さまくらいに見えた。
そして子供が五人もいて、上の子は再来年には高等部に進学してくるはずね。お友達になりたいけど、私は高等部を卒業しているわね。何とか、サホロに残る手段を考えようっと。
私も魔王国では強大な魔力を誇る護国卿の娘だもの、時空魔法を極めてみたい。そのためには、まずは賢者として覚醒し、その先を目指さなければならないわ。
クレア様からは、光属性を学ぶよう言われている。魔族には相性が悪い光属性、これを習得するためには、治療院で人族に回復魔法を施すのが早道らしいの。光属性の鍛錬ね。
クレア様も、賢者だったジローのお爺様に嫁ぎ、治療院で人族への治療に励むうちに光属性の習得が進んだそうよ。
だから時間があれば、私は剣術に励む三人の仲間とは別れて、治療院を手伝っている。私の下手くそな回復魔法でも、患者さんは練習台になってくれている。
私も、もっと頑張るわ! ジローに負けていられないもの。
(続く)




