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その1 サホロの発展

自前で組織した騎士団で荷馬車を守り、街道に出没する魔獣に対処したのが交易の(いしずえ)になったと言われている。


背後に広がる穀倉地帯、そして豊かな農村集落を周囲に置いて、北にある海沿いの町との往来(おうらい)や海産物の取り引きもあった。サホロの里は、こうして北の島の交易の中心地として栄えてきた。


そのサホロの次なる発展は、街に古くからある治療院を継いだジローの働きによるものだった。


ジローは、拠点とする街の治療院と周辺の里にある分院を、汎用ボットによる双方向通信で結んだ。医療の情報網(ネットワーク)、その中核は生き物係ジローによる医療知識と、賢者の域に達した回復魔法だ。それをジローの第一夫人たる薬師サナエらが、治療スタッフとして支えてきた。


折しも、ジローのもとに魔王国の皇女クレアが第二夫人として(とつ)ぎ、魔族の彼女もまた腕利きの治療士として活躍することになった。交易の街サホロに、地域医療の(かなめ)としての顔が加わったのである。


クレアと同時にジローに嫁いだ、第三夫人の獣人族カレン。彼女は、その卓越した剣技を買われて、学校で剣術師範として人気を博した。そしてその兄のゲルタンは、竜騎士として騎士団に加わり、その高い身体能力で名を馳せた。


魔族のクレア、獣人族のカレン、そしてゲルタンが街の民に受け入れられ、その後に起きた群竜騒動での騎士団と魔王国との共闘などもあって、サホロの街では長年に渡る人族と魔族、獣人族との確執も薄らいだのだった。


その後もサホロの街は多くの獣人族や魔族の移住を許し、互いの素性を尊重しつつ自由な風が吹く多民族都市へと変貌を遂げた。これには、人望の厚い施政者として市民から支持された長老マサミ翁の存在も大きかった。


そこに、ジローの母星との星間交易が始まったのだ。

北の島からは地元産の魚の缶詰が提供され、人口の増大と天然素材の枯渇により合成食糧が当たり前となっていたジローの母星では、これが最高級の珍味として、また最大級の贅沢品として人気を博した。


そして北の島が得たものは、実に膨大であった。

缶詰工場の製造機械や缶詰容器となる各種金属(メタル)の精錬・加工、合成樹脂(プラスチック)に関する技術が、続いて電力網の整備がまず移転された。

星間交易の名の(もと)で、これは実はジローの母星による後進文明(ノブリス)育成義務(オブリージュ)とも言える行いだった。


缶詰の対価として、ジローの母星からは型落ちの汎用自動機械ボットが、捨て値でしかも大量に引き渡された。実は(てい)のいい廃棄物処理なのだが、北の島にとっては願ってもない贈り物だった。


何故ならボットは、全て超小型融合炉(マイクロリアクタ)を内蔵して永久動作する自立型であり、本来の探査性性能のみならず発電機にもなれば通信機にもなる。重力波推進で馬車を牽く馬の代わりを果たし、竜族と魔族にとって必要な魔素を生み出す機能もあった。しかも全てのボットがAIタローの情報端末として、今や地球に張り巡らされている情報網(ネットワーク)に接続できるのだ。


北の島は、一足飛びに産業革命を迎えた。

地球にあって、この北の島だけが蒸気機関や内燃機関の時代を経験することなく、核分裂反応をも飛び越えて、融合炉による豊富な動力(エネルギー)が利用できる時代を迎えたのだ。


発電所が建設され、送電網が町や村に繋がって、その電力が最初に向けられたのは街や家々の(あかり)である。ジローの母星で量産される面発光体が大量に輸入され、銀貨一枚の価格で普及を始めたのが今から十数年前のことだ。


急速に文明化した北の島は、今後の地球の中心地となるのだろう。

この革命は、多くの分野で大勢の技術者を必要とした。そしてサホロの街でジローが始めた教育の高度化・高等部の設置は、まさにそれに応えるものだったのだ。


サホロは今、北の島で唯一の教育都市として存在感を増している。

最新の技術が学べ、高等部の後期にはジローの母星から派遣された教師による直接指導が受けられる教育課程(カリキュラム)も用意されている。これを目当てに、各地から明日を夢見る学生たちが集まるようになった。


学校では教授陣を育成し高等部を立ち上げて、大きな寄宿舎も隣地に建てられた。

高等部の学生を積極的に周辺から集め、その半ばでジローは亡くなったが、その意識はAIに移行して今も街のインフラを支えている。そしてジローの教育への意欲は、校長に就任したカレンら後継者に脈々と受け継がれた。


 ◇ ◇ ◇


そして今年もサホロに春が来て、今日は高等部の入学式だ。

頬を赤らめ期待に満ちて、そして少しばかりの不安も抱えた少年少女が、サホロの街だけではない、近隣の町からも集まってくる。


カーラの村のその先の、クレアが育った魔王国からも、その麓にあるカレンの生まれた獣人族の里からも。サワダ商会が販路を確立した港町オタルナイ、そして海辺の町ハルウシからも、この北の島の明日を担う若者たちが、騎士団護衛の商隊馬車に便乗して集まって来る。


今や各地のボットを束ね、社会環境(インフラ)維持の裏方に回ったAIジロー。学校の運営は校長カレンを始めとする教授陣に任せ、治療院は筆頭治療師たるクレアが現場を率い、各地の分院との連携を含めてサナエ院長が全てをまとめている。


この星の未来を、ジローは三人の嫁たちや子供たち、そしてかつての部下に任せると決めたのだ。肉体を失った自分が、今更に口を出すこともない。


だが、自分の名前を継いだ孫のジローとの感覚共有を通して、孫とその仲間たちには少々余計な世話を焼くのもいい。

AIとなったジローは、今 そんな事を考えていた。


(続く)

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