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その2 魔物の噂

カーラの父は、恐縮しながら私たちを自宅兼作業場に案内した。

「この度は、サナエ様からいただいた手間賃で、村の者を雇う事ができました。これからは、薬草の加工程度をご指定の通りに納品させていただきます。」


サナエは鷹揚おうよううなずく。「こちらこそ助かります。この工場の薬草は、品質が良くて重宝ちょうほうしているのです。これからもお互いに、連絡を取り合いましょう。」サナエは、治療院長として貫録たっぷりだな。今や、各地にできた分院を取りまとめる、この北の島の医療の中心人物だ。もちろん筆頭治療師として治療院を支えるクレアの存在も大きいのだが、、、


ミヒカが一歩前に出た。

「お父様、私はサホロの学校で初等部を教えております。これまで補習を受けてもらいましたが、いよいよ高等部への入学の時期となりましたので、今日はお迎えに参りました。」


「田舎娘が、街の学校の勉強について行けるものでしょうか?」親父は謙遜してみせた。この村からは、高等学校に進むのはカーラが初めてらしい。

「大丈夫ですよ、お嬢さんはとても賢い子です。それに剣術は、学校の剣術師範も驚くほどの腕前です。将来はこの村の役に立って、お父様もきっと学ばせて良かったと思うことでしょう。」


うーむ、ミヒカめ。我が娘ながらたいしたものだ。立派に先生をやってるな。

俺が残してきた嫁たち、その子や孫は頑張っている。爺ちゃんは嬉しいぞ。

高等部に進むカーラは、期待に顔を輝かせている。俺も陰で、できるだけこの娘を支えてやろう。ジローから、余計なことをするなと叱られない程度に、な。


 ◇ ◇ ◇


ここで、カーラの親父がサナエの顔色を窺うような仕草をした。「サナエ様は薬師(やくし)であられる、回復魔法はお使いでしょうか?」

「あら、私は魔法を使えません。でも、この子なら少しは。」そう言って、サナエは孫の肩に手を置いた。「誰か、怪我人がいるのですか?」


サナエは人族の典型で、魔法はからきしだ。ミヒカは、あの聖母クレアの娘だから素質は十分あるはずだが、何故だか魔法は満足に開花しなかった。

そして、その子のジローはと言えば、幼い頃から治療院にいて見様見真似(みようみまね)治癒魔法(キュア)を覚えてしまい、私たちを驚かせたものだ。


才能を認めたクレアの英才教育で、ジローの魔法の腕は確かなものに育っている。魔法剣士を目指しているが、実は治癒・回復系の魔法が上手なことを私は知っている。

両親はジローに学校の仕事を継がせたいが、本人は治療院で働きたい。私も何度か、この孫からそんな相談を受けたことがあったのだ。


カーラの親父は、ジローに目を移した。「おお、そうでした。いつぞやは娘の手荒れを、たちまち癒していただきました。」

「そうだわ、ジローなら何とかできるかもしれない。」カーラが話を引き取る。この半年の治療院への滞在で、ジローとも親しくなったらしいからな。


「隣の家の者が、魔物に襲われたの。私より少し年上で、昔からよく遊んだ仲なのよ。」カーラが事情を説明し始めた。

「最近、この辺りで見たことのない魔物が出るって噂があって、彼がたまたま出くわしたらしいの。触れた手を腐らせてしまい、その手を切り落とさなくてはいけないとかで、昨日から騒ぎになっているの。」


「それはいけない、すぐに案内してください。」サナエがそう言って、そのままカーラの親父の案内で、私たちは隣家を訪ねることになった。

ジローは今、私と感覚共有しているのだから、私の高度な回復魔法も発動することができるはずだ。怪我をした者には気の毒ながら、二人の魔法連携を試すにはこれは絶好の機会かもしれなかった。


 ◇ ◇ ◇


隣の家の若者は、寝床に横たわり唸っていた。

外目にも腫れ上がっているのが判る両手の、血に汚れた包帯を解いてみる。それを見た皆が絶句した。皮膚が溶けて、肉が露出している。いや肉どころか、骨まで見えかねない深さまで広がった傷が、ところどころ両手を覆っていた。


「どうすれば、こんな怪我をするのです?」多くの症例を見てきたサナエが、それでも冷静に若者に問うた。

「大きな軟体生物(スライム)が、飛びついてきたのです。すかさず払い落しましたが、間に合いませんでした。」若者は苦しそうだ、かなり痛みがあるのだろう。

「おそらく、強力な蛋白消化酵素(プロテアーゼ)を含む消化液を浴びたのだな。その軟体生物(スライム)は、この者を消化吸収、つまり食おうとしたのだ。」私は、ジローだけに言葉を伝達した。


「爺っちゃん、これは俺の手に負えないぞ。」ジローは、派手な傷を見て萎縮してしまっている。まあ、無理もない。だが医療は、何より知識と経験がものを言うのだ。ここは、数多くの治療をこなしてきた私の技術を、この孫に伝える機会(チャンス)だな。

(続く)

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